お前に惚れないと神に誓う
美形ノンケ同僚×ノンケ嫌いゲイ




俺は生粋のゲイだ。気づいたら男が好きだった。思い起こせば幼稚園の頃からで、初恋は男の先生だったと思う。

テレビや漫画の世界で結ばれるのは男と女。凸と凹の関係。凸同士で結ばれるのは異端で、俺が男を好きなのはおかしいのだと子供の頃に誰かに教えられずとも気付いていた。

時は流れ社会人にまで成長した俺は、そういう同属のコミュニティがあるのだと知り遊び呆けることになる。今までの欲求がすべて解放爆発し、あらゆる男と寝た。同属同士だから分かり合えたし、楽だった。この中であれば異端にならずに済む。

今後もずっと人類が各々の性的対象の輪の中で領域を踏み荒らさなければ良いと思う。俺は傷つきたくないから絶対に異性が性的対象の男とは関係を持たなかった。頼むから火遊びをしに来ないでくれと願っていたし、そうしないと誓っていた。

なのに。

誓ってたのに、どうしてこうなった。

見慣れない綺麗な部屋と、酷い頭痛。下着姿の俺。
あちこちに使用済みのゴムと丸まったティッシュが散乱しており、昨夜の惨状を知る。

そして俺に吐き気を催すほどのショックを与えたのは、なにより隣で眠る男の存在だった。
透き通った肌に長い睫毛、形の良い薄い唇。眠っていてもわかるほどの黒髪美形。いつも真ん中で分かれている前髪は下ろされ、目元をかすかに隠していた。

あいつの激似さんか?と思うがこんなイケメン他にいない。

すると同時に吐き気が込み上げてきた。

「……オエッ、しぬ……!」

どうやら吐き気はショックからきたものだけではないらしい。

二日酔いの俺は今にも吐きだしそうなのをどうにかベッドから抜け出しトイレを探す。なるべく男を起こさないように走るが、限界だった。

吐く!!!!!

盛大な音で扉を開け半ば倒れ込みながらトイレの中に吐き出す。ああ、くそ、二度と酒なんて飲まない。つかなんでこんなことに。

すぐにこの家を出ていかなければ。

ピカピカのトイレに俺の吐瀉物を流してしまったのは申し訳ないが、男が起きるまでに猶予がないと思い口をさっさと濯いだ後、玄関に直行した。

が、裸のことを思い出し踵を返す羽目になる俺。くそ!!猥褻罪で捕まった方が心は軽いがまだ社会的に死にたくない!!

すると奇跡的に廊下の端に俺の服たちが転がっているのを発見。昨夜どれだけ盛っていたのかが想起される。家に到着して早々まずTシャツを脱ぎ捨てて、数歩先にはスラックスを脱ぎ捨てた形跡が残っており頭を抱えた。性欲モンスターすぎる。

いやもう考えている時間はない。スラックスに足を通し、足をもつれさせながら玄関先にTシャツを拾いにいく。そしてスニーカーを履こうしたところで、廊下の扉がガチャと開いた。

そこには、スウェット姿の寝起きにもかかわらずどこぞのモデルのような男がいた。

ゲロどころか心臓が口から出るんじゃないかと思うほどの衝撃。代わりに叫び声が口から漏れた。

「ぎゃあっっ!!!」

「うわっ、なに?」

俺の声に驚いた表情をする男。人を散々魅了するアーモンドアイを見開いて俺を凝視した。

やばい!!!
バレた!!!

俺はスニーカーを履き終える前に外に駆け出した。が、靴どころかズボンもきちんと履いてない俺は速攻足が絡まり情けなくも転ける始末。

「ぎゃっ!」とまた情けない声をあげながら、ビタンッ!と床にこんにちはをした。上はまだ素っ裸な俺の体に冷えた風が当たる。

死にたい。

「三条大丈夫…?」

情けない格好でうずくまる俺に男は駆け寄ってきた。俺の背中に手を回し起こすのを手伝ってくれようとしてる。三条、俺の名前。俺はひたすらパニックで大丈夫じゃない大丈夫を繰り返していた。

「だ、だっだでだだだだいじょうぶだいじょぶあはははは」

もはや言葉になっていない。いっそ殺してくれ!と叫びそうになりながらもどうにかここから逃げ出したかった。しかし男はそうするつもりは一切ないらしく、俺を抱き寄せシャツと靴を拾い部屋に戻る始末。

俺はもう屍のような気分だった。
宇宙人に連行される人間だった。

玄関のドアが閉まり、背後からオートロックがかかる音が部屋に響く。逃げ場を失った。

数秒の沈黙の後、先にそれを破ったのは男だった。

「…手当、しよっか」

何のことかと思いきや、転んだ拍子に擦り傷ができたらしい。俺は手首から腕にかけて血が滲んでいた。こんな怪我小学生以来だった。

俺は大人しく静かに頷く。
きっと宇宙人に連行された人間も従順になるに違いない。

スラックスをずるずる引きずって歩いてた俺だがそれも邪魔で脱ぎ捨てた。パンツのみの姿でソファに腰掛ける。

あーあ。
宇宙船の中なんて知りたくなかった。

男の部屋はイメージ通りかなり綺麗で、ベッドにソファ、テーブル、あと窓際に観葉植物が1つ置かれただけの広いシンプルなものだった。テレビすらない。散らかってるのはベッド周りだけ。

そういえばと思い、スラックスのポケットを漁ると煙草とライターが出てきた。俺はあからさまにそれに火をつけ一服する。室内で煙草を吸うなんてブチギレ案件だから男も怒るに違いない。俺を家から追い出してくれ。

しかし期待と反し男は何も言ってこなかった。消毒液と絆創膏を手に持ち俺の横に座る。

「灰皿ないから、これ使って。」

そう言って渡されたのは、元々机の上にあった家の鍵とかを入れる用の小皿。俺はその気遣いに心底苛ついたが、どこまでも嫌な奴になろうと遠慮なくそれを灰皿にした。なんでこいつはどこまでも優しいのか。俺を責め立てるのは唯一、タバコの匂いに反応して稼働を始めた空気清浄機だけだった。

煙草を吸う俺と俺の傷を手当する男。
そしてうるさいゴォオと音を立てる空気清浄機。

地獄ってこのことかな!あはは!

「体、大丈夫?」

俺の手首にティッシュと消毒液を優しく当てながら俺の様子を窺ってきた。俺は煙草の火を眺めながら答える。

「…俺のこと処女かなんかと勘違いしてる?」

体というのは転んだことについてではないことくらい空気で察した。初夜を迎えた翌朝のような気遣いに嫌気がさす。俺の返事に男は黙った。

なんで俺はこいつとセックスしてしまったのか。
この男はノンケだ。俺は自分のルールを破ってしまったことになる。普段の俺だったら絶対、どんなに酔ってても手を出すことをしないのに。

男は会社の同僚だった。
普通のそこらにいるようなビジネスマンではない。外見のせいもあるだろうが、こいつは人を惹きつける魅力を多くもつ特別な人間だった。男女年齢問わず、こいつには皆態度を変える。営業として成績優秀で、物腰も柔らかく気配りもできる。社内にいる女が一度は夢をみたい存在だ。

何をどう間違えれば俺とセックスする羽目になるのか。こいつも人生の汚点を残してしまっとと後悔してるに違いない。

パチン、と音がして我に帰った。
消毒液の蓋がしまった音を皮切りに、煙草を潰す。

「どうもありがとう」

手当と灰皿に。
あと昨晩のことも。

俺はTシャツを頭から被り、スラックスを履こうと立ち上がる。すると、怪我をしていない方の手首を掴まれた。

「うわっ」

スラックスに足を通してたのもあり、また転びそうになる。しかし、男がしっかりと俺を支えてくれたため、また倒れることはなかった。

一体なんなんだ、と思い振り返る。
すると、息を吐く間も無く、唇に圧迫感。

うわ、

「ッ、ちょ…」

咄嗟に抵抗した。素面の状態でキスなんて。
顔を背けて腕で相手の体を押し返す。

何考えてんだこいつ!

「何だ?まだ足りないのかお盛んだな」

笑いながら嫌味ったらしくそう吐き捨てた。男は眉間に皺をみせ、会社では一切見せないような険しい表情を浮かべている。

「これを思い出になんかにしたくない」

苦しそうな切羽詰まった男の声。嫌がる俺を無視して強引に俺を引き戻そうとする。思い出?こんなことを?一体何を言っているんだ。

「記憶を消せば良い、何もなかった、それでいいだろ。大人なんだし」

「そんなの嫌だ」

「はあ?」

まるで子供みたいな我儘に呆気を取られた。こいつはこんな、ワンナイトを引きずるような男じゃない。もっと賢く、柔和で落ち着いていて、判断を間違えない男のはずだ。

理解ができなくて「やめろ!」と思わず声を荒げた。俺に触るな、という思いを込めて男の手を叩き落とす。

「一回ヤったくらいで、何様のつもりだ?手当してくれたことには感謝するけど、もういいだろ。」

こいつにとっても、忘れることが1番のはずだ。なのに何をそんなに執着してるんだ?輪の外の人間に興味があるんだろうか。

俺の拒否に男はまた苦しそうな顔をした。そんな表情をする意味がやっぱりわからなくて、顔を背ける。昨日、俺は何かこいつにしたんだろうか。

俺が再度スラックスを履いてる間、男は大人しく立っていた。視線を強く感じ、気まずくなる。

「……。悪かったよ、昨日は悪酔いしてた。お前にこうして迷惑をかけたことは謝る。」

「別に、謝らなくて良いよ。俺が誘ったんだし。」

「お前が?」

記憶が欠けている俺はその意外な内容に驚いた。小さく頷く男。こいつから誘った、となるとやっぱり男の体を経験したかったのかなと思う。

俺の記憶的には昨日は行きつけのゲイバーにいた。セフレに別の彼氏ができたことに嘆き、酒を浴びるように飲んでいた。こいつと出会うタイミングっていつだったんだろう。

「…もうゲイ相手ににそういう事しない方がいいよ。今まで通りただの同僚に戻ろう」

「…どうして?そんなに冷たい態度とるなら、こうなる前にはっきり拒絶して欲しかった。期待を持たせないでほしかった。」

期待?
その言葉の意味を考える。何の期待だろう。
黙る俺に男は続ける。

「昨日俺に言ってくれた言葉は、その場を盛り上げるための嘘?」

「………………ごめん。悪いけど…」

何も覚えてないんだ、と俺は素直に謝った。
俺は何か良くないことを言ったらしかった。男は少なくともショックを受けたようで、俺から目を逸らす。

その隙をみて、俺は玄関へと足を進めた。今度は落ち着いてゆっくりとスニーカーを履く。靴下はどっかいった。

「俺みたいなクズ、さっさと忘れるに限るぞ。それじゃ。」

聞こえてるかはわからないが、そう言い残し部屋を出た。ようやく解放された気がして盛大にため息をつく。

あーあよりにもよってなんであいつだったんだ…
確かに顔は今まで会った男の中で1番いいし、優しい。けどノンケで同僚て。終わってる。

俺らはどんなセックスをしたんだろうか。
あの散らかしようじゃかなり盛り上がったんだろう。3回はヤってそうな感じだった。

しかも俺は何かあいつを勘違いさせることも言いまくったんだろう。よがってる時の悪い癖だ。それを間に受けるあいつもあいつだが。

あー、いい思い出にできれば良かったけど、出来る気はしないな。

早く忘れよ。

****

「あらっサンちゃん一昨日ぶりじゃない!」

馴染みのゲイバーにいくとママがいつも通りのテンションで出迎えてくれた。
一昨日。あいつとヤっちゃった日。

「月曜なのに珍しいわね!」

「ん〜財布無くしちゃったから探しついでに。」

会社帰りにそのままこっちに寄った。このバーに直線連絡すればいい話だが少し飲みたかった。

「財布は見かけてないわねえ…この間からないの?」

「そうなんだよ。あーやらかした。」

スマホがあればある程度問題がないが色々再発行しなきゃいけないと思うと憂鬱だ…

「そういえば、お持ち帰りしたあのイケメンには連絡したの?」

その話題に思わず固まる俺。
え、あいつここにいたの?

「イケメンてどのイケメン…?」

「お馬鹿!1人しかいないじゃないのよ!黒髪の爽やかセクシーイケメンお兄さんよ!」

全然特徴わかんないじゃん…
俺は呆れながらも、1人のことを思い浮かべる。ママが興奮するほどのイケメンなんて1人しか思いつかない。

でもなんであいつがこんなバーにいたんだ?
というか、なんでそんなことも記憶にないんだ。

あいつがここにいたことも衝撃だったが、ママがさらに追撃してきた発言に思わず咽せそうになる俺。

「サンちゃんもデレデレになって口説きに行ってたじゃない。ほんとお尻が軽いんだから」

「は、はあ!?俺が!?」

「いつものことでしょ。あの日は特に悪酔いが酷かったけど」

俺の心境なんて露知らず、ママは恐ろしいことを言う。お、俺が、あいつを口説いていただと?
どんな恐ろしい間違いだ!?

「ずっとひたすら顔の良さを褒めてたわよ、なんか同僚に似てるとかって…」

いや同僚だからな…

「今彼氏いないなら付き合ってほしいっても言ってた」

嘘だろ。

「試しに一回だけでも、って抱きついて甘ったるい顔してたわね。」

「・・・」

殺してくれ。
恐ろしすぎる事実に項垂れた。

ってことはなんだ?俺はゲイバーにいる男=ノンケじゃない=同僚じゃないと勘違いし、ヤらせてくれ(付き合って)って懇願してたわけか?は?もうあいつにどんな顔して会えばいいんだ?そりゃあんな反応するよな?自分に気があると思ってたのに「何様だ?」なんて俺が何様やねんて話しだよな。つかそれでヤレるあいつもあいつだ。どうなってやがる。

は〜〜〜死。恥知らず、ゴミ、生きてる価値ない。

「………男の方はどんな様子だった?」

俺は絶望に片足をつっこむどころか頭のてっぺんまで浸かっており息絶え絶えの状態でママに聞いた。
てかなんであいつはここにいたんだ?それも謎すぎる。悪酔いした俺が連れてきたとか…ない…よな……?

その可能性も否めないため、頭を抱える。
一体どんな気持ちで俺からのキモいアプローチに耐えてたんだ…

ママはその時の様子を思い出そうと顎に指を当てた。

「そうねえ…ずっと困惑した様子だったけど…最後はイケメンの方がサンちゃんを連れて帰ったから絶対脈アリよ!あとサンちゃんのところに声掛けにいってた男どもを全部追い返してたし!あの顔面じゃ誰も勝てないわ」

そんな生き生きとウインクされてもなあ……
対極的にテンションが下がってる俺を見てママはどうしたのよぉと聞いてきた。

「セックス失敗したの?」

それだったら、まだ良かった。

「全部失敗…」

俺は消えそうなほどのか細い声で後悔した。

***

バーから出たタイミングで仕事用のスマホの電話が鳴った。時間は23時ちょい前ごろ。

この時間に鳴る電話ってなんだ?何か問題が発生したのかと恐る恐る画面を見ると、あの男からだった。

…仕事の問題の方がずっと良かった…

数秒画面を眺めていたが思い切って出ることに。


「…はい。」

「あ、三条?ごめんね遅くに…今大丈夫?」

「うん」

男はまだ会社にいたのだろう、会社のエレベーター音が電話越しに聞こえてきた。

「本当は会社で渡したかったんだけど、財布俺の家に忘れてたみたいで…」

その言葉に顔を掌で覆った。こいつの家に忘れてたのか…まあ薄々そんな気もしてたけど…

「あー…俺のデスクの引き出しにでも入れて置いてくれれば」

「でも今週残りはずっとリモートだろ?渡しに行くよ。」

何で俺の予定を把握してんだと思いつつ、会いたくねえとまず思った。ママの話を聞いた限り圧倒的に俺が悪いが、だからといって謝らない方がいいと思ってる。悪い印象のままいた方が俺としてはいい。

「いやわざわざ来てもらうのが申し訳ないから」

「全然平気。俺が会って話したいんだけど時間貰えない?」

あまりにストレートな発言に、思わず口籠もってしまった。恥ずかしげもなくよくそんな事言えるなと驚くがこいつはそういう男なのだと思い出す。どう断ろうか考えたいたら「三条?」と名前を呼ばれ、不意に気を許してしまった。

「……わかった。俺が会社に戻る。ラウンジ集合でいいか?」

どうせ会わなきゃいけないなら人目があった方がまだいいだろうと思い、会社に戻ることにする。男は了承し、そのまま切電した。

会いたくねえ…事実を知ったら余計にだ。
絶対悪酔いしてた時の俺、キャラ違かったし…。

会社のラウンジに向かうと、時間も時間なため人は全くおらず1人パソコンに向かって仕事をしてる男がいた。遠目からでもわかる美形具合。…本当、なんで俺なんかと。

「三条」

俺に気づいたらしい男は、こちらに片手をあげた。優しい微笑みにグッと心臓が鷲掴みにされた気分になる。顔が良すぎんだよ!クソが!

「わざわざありがとう」

「いや、こちらこそ。財布忘れた俺が悪いし…」

気まずさからの緊張が尋常じゃない。あ〜クソ…やっぱり会うのやめとけばよかった。なんでOKしたんだろう。

財布を受け取ってさっさと帰ろうと思い、手を差し出す。広いラウンジに俺ら2人だけ。会社を選んだ意味がない。

男は俺の手を一瞥したあと、何故か「はい」と言ってアイスコーヒーを手渡してきた。想像していたものと違うものを渡され、一瞬固まる。

そして間髪いれずに男はとんでもないことを聞いてきた。

「ねえ、三条って男が好きなの?」

「っゴホッ、…はい?」

初手こんな質問が来るとは思わないだろ。
つかなんでそんなわかりきった事

「…じゃないとお前とヤらないだろ。」

「俺は同性愛者じゃないけどお前としたよ」

「・・・」

何がいいたいんだ。こいつがノンケだってことはずっと前から知っている。
男の探るような発言に眉間に力が入るのがわかった。

「なんでかわかる?三条が好きだから。異性以上に。だから一昨日、お前から付き合ってって言われた時本当に嬉しかった。」

その言葉に思わずアイスコーヒーを握り潰しそうになった。いや、なんなら少し凹んでコーヒーが溢れた。手の甲がコーヒーで濡れた感触がしたものの、身動きが取れなくなる。

「な、なに…。」

「覚えてないんだよね、三条がずっと俺に好きって言ってくれてたの。猫みたいに甘い声で俺に縋ったの。」

男は俺の手に優しくハンカチを当ててきた。温かい手。コロンの香り。頭に血が上る感覚に眩暈がした。

ちょっと待て…
俺を羞恥で殺す気か?

というか俺を好きって言ったか?

「一昨日の俺といつもの俺、何が違うの?何がだめだった?どうすればまた俺に好きって言ってくれるの。」

男の質問に何も答えられない俺。
男はきっと俺をあの穏やかな目でずっと見つめているの違いないが顔を上げるのが怖かった。

こんな甘い言葉を吐かれ続けたら、間違いなくこの男に落ちてしまう。俺の固い意志をじんわり溶かしてしまう。

…けど、思い上がってはいけない。
きっとこいつは今まで異性と遊びすぎて違う味を試したかっただけだ。そこで丁度いい俺登場かつこいつにメロメロと来たもんだ。酔っ払ってたといえ。

で、たぶん俺とのセックスが良かったから、関係を持とうとしてるに違いない。

きっと!

「おい落ち着けよ。そもそもお前は女が好きなんだろ。偶然俺に誘われて男とセックスできたことで俺を好きだって勘違いしてるだけ」

手に持っているアイスコーヒーをガン見しながらそう伝えた。男の顔は見たくない。これ以上踏み込んだら確実にまずい。

「だから…ッ、!?」

言葉を続ける前より早くバシャッと盛大な音を立ててアイスコーヒーが手から滑り落ちた。

俺は男に両手首を掴まれ、キスをされていて。

驚いて口を開けたのをいい事に舌まで入ってきた。ゾクリと背筋に走る甘い刺激に全身が溶けてしまいそうになる。

なんでこいつまたっ…!

咄嗟に殴ろうと手を上げようとするが、手首を固定されてて動かせない。思い切り舌を噛んだところでようやく男が離れてくれた。

血の滲む味。
男は自らの口に手を当てて俺を見る。

「ずっと前から好きだった。一昨日のことはきっかけの一つに過ぎない」

「俺は好きじゃない!あとお前のそんな言葉信じない!」

俺は子供のように喚いた。頼むからこれ以上俺の領域に踏み込んでこないでくれと願う。女を好きな男に惚れて幸せになれるわけがない。

こんないい男の場合は特に。
いつか俺を捨てて良い女と結婚するんだ。

「じゃあ信じてもらえるまで頑張る」

「はあ?」

「この顔が好きだって三条は言ってくれた。だからもう一回好きになってもらえるよう頑張るから。」


男は真摯に俺を見つめていた。
その目が俺の全てを見透かしそうなくらい澄んでいて、逃げるようにして視線を下に向ける。

コーヒーで濡れている床
じわじわと俺のスニーカーに侵食していくかのようにひしゃげたプラスチックの蓋からコーヒーが流れ続けている。

勘弁してくれよ

その言葉を口に出したかは覚えていない。
ただ俺はずっと頭の中で一つの事を繰り返していた

俺は絶対にノンケを好きにならない

これはもう誓ったことなんだ。自分を守るための掟。

だから、俺のことなんて、
ほっといてくれ。