猫背な君にタイキック
隠れ美形×超鈍感平凡





今日も隣のクラスの片思い相手はとても可愛い。


鈴木美琴ちゃん。名前まで可愛い。
人懐こい笑顔と澄んだ声の持ち主で、仕草も女の子らしく、肩につくくらいの黒髪は艶やかだ。

あとなんといっても顔が俺好みすぎる。一目惚れといっても過言ではない。てか一目惚れだった。あんな、雷が直撃したような感覚、本当に体験できるとは思わなかった。俺は1年と半年くらい、ずっと片思いをしている。喋ったことは、ない。

きっと、可愛いのは今日だけじゃない。昨日は勿論可愛いし、明日も明後日ももっと可愛い。


「可愛い…」


気づけば俺は声を漏らしながら、パンをポロポロと口から溢していた。
愛が止まらん…。なんで隣のクラスなんだ…
俺はこうやってベランダで飯食うふりして眺めることしかできないんだろうか。
永遠に。


「おい、こぼれてる」

「・・うるへえ」


俺の足元に座っていたクラスメートがパンを払いながら俺を見上げてきた。
インキャ仲間の碧(アオイ)くん。今日も無造作な髪型とダサいデカ眼鏡姿。

若干把握可能な顔はマシに見える気もしなくはないが、ボサボサな髪+長い前髪+眼鏡という雰囲気のせいで俺からインキャ扱いを受けている。ランチタイムとか暇な時間を一緒に過ごす仲。


「また美琴?」

「ちゃんつけろや馴れ馴れしいな」

「何がいいのかねえ」


俺の視線の先を追うようにして、ひょっこりと立ち上がった碧。
美琴ちゃんを一通り眺めた後「ゆんちゃんの方が数億倍可愛い」と言っている。
ちなみにゆんちゃん=某アニメのヒロイン。

うるせえぞオタクが。


「現実世界の女に手出せないからって情けないぞ」

「いやいや、ゆんちゃんを知ってしまったら3次元の女とかまじ興味ないね。どれもブスにみえる。」


生意気がすぎないかね君は。
そういうのはイケメンがいうから許されるんだぞ、と言ってやりたくなるがこのやりとりももうウン100回目になるので言わない。哀れな男だ。

俺は再度ひっそりと美琴ちゃんを見る。
はぁーやっぱり可愛い。好き。付き合いたい。


「ところで俺がおススメしたやつ見た?昨日URL送ったやつ」

「どうせユン関連のニジソーサク漫画だろ」

「あ?ちゃん付けろや童貞」

「どっ」


さっきの俺の発言を3倍にして戻してきた。
高校2年だから童貞でもまだおかしい話ではないが誰かに聞かれていないかと周りを見渡す。どどどどうていちゃうわ!(童貞)


「てっめえイキがんなよ…!お前こそインキャ童貞のくせに…!」

「インキャ童貞ですが何か?童貞を恥ずかしがってるようじゃまだまだですね、駿介君」

奴は一周回ってどうでもよくなってるのか恥ずかしげもなく堂々と俺に言ってのけた。…恥ずかしがってる俺が余計哀れじゃん…!堂々とした笑顔に腹が立つ。オタクのくせに!!


「つかその様子だとまだ見てくれてないのか。はよ見ろや、いや、見てください、神作品だから、ね、きっと駿介も堕ちるよ沼に、ね。」

「ウザイ。キモい。」


インキャが腰周りに抱きついてきてゾッとする。そして発言も怖い。
俺別にオタクじゃないから二次元とかよくわかんないしなぁ。ゲームは好きだけど。


「そもそも俺、原作もアニメも未だに見てないし」


碧の首を前から鷲掴み、身体を押し返す。男に抱き付かれて誰が嬉しいんだ。苦しそうな声が聞こえるが無視。


「えっ、げっげんさくはまだしも、アニメまだみてないのっ?」

「いやだから怖いて」


俺に押し返されてるというのに、怯むどころか逆におし戻してきた。
碧の顔面が近くにやってきて俺はゾッとする。こいつ距離感おかしい。
そして、近くで見るとわかる、こいつの小綺麗な顔立ちにもなんかイラつく。


「ネ●フリ登録してないんだっけ。ア●プラは?何かVOD登録してねえの?」

「何も登録してねえなぁ。」

「え・・・?どうやって生活してんの・・・?」


いや普通に生活できるわ。
いちいちツッコむのも面倒なので、顔を押しのけパンを食すのを再開。意外とスベスベな肌。
こいつと喋ってると、昼完食出来ないまま終わる。


「つかそんなに言うならお前んち行くから見せてよ」


考えてみたらまだ一度も遊びに行ってみたことがない。
まあこいつと同じクラスになってまだ半年くらいだからそりゃそうだけど。

…こいつと仲良くなったきっかけってなんだったっけ。

俺は何気なくそう言ったつもりだったけど、こいつからしたら割と衝撃的な誘いだったらしい。

眼鏡越しに、目がまん丸になってるのが見て取れる。目、でか。
何故そんなにびっくりしてんだ。それとも意外と他人に境界線引くタイプだったか?…いや、他人と境界線引くやつが抱き付いてくるわけがねーや。


「まじ…?」

「あ?」

「いや、全然いいけど、え、いつ?」


急に言葉と態度がたどたどしくなった。なんだこいつ。陰キャヲタ全開じゃん。


「お前、友達家に呼んだことないの?」

「えっ?」


口元を掌で覆っている碧。よく見ると、ちょっと顔が緩んでる。
・・・なぜそんな嬉しそうな顔してんだ。


「すげー慌ててんじゃん。もしかして初めて友達呼ぶのかなって。」


俺の指摘に碧は目を泳がせた。
「いや別にそんなんじゃねーけど」ってブツブツ言ってる。


「ついに駿介にユンちゃんの可愛さをプレゼンできるかと思うとテンションが変なる」

「なるほどな、キッショ」


めちゃくちゃ合点がいったわ。
通りで浮足立ってる感じがでてるわけだ。さすが。どこまでも気持ち悪いな。


「じゃあ、今日とかどう?俺暇。」

「今日!?」

「うるさっ」


そんな声張り上げる?
キーンとする耳を押さえつけながら碧を睨む。碧は勢いあまって立ち上がっており、俺の事をすごい顔をしながら見下ろしてた。え、史上最高にキマった目してんじゃん。ヲタ活どころか薬物でもやってるのか?


「いっ、い、いいけど、」

「んじゃ放課後そのまま寄るからよろしく。」


そろそろお昼休みも終わりだと思い、最後にパンを口の中に詰め込む。
こいつんち、どこが最寄りかきいてねーや。家からそう遠くないといいけど。帰るの大変だし。

ふと、教室の中に戻る前に美琴ちゃんを一目見ようと首を伸ばしてみるが、美琴ちゃんはいなかった。移動教室かなぁ。残念に思いながらパン袋をクシャクシャ丸めてると、碧は何か考え事をしてるようだった。

本当、ユン関連になると頭おかしくなるよな。
つかいつも猫背なのにめちゃくちゃ姿勢よくなってるのウケるんだけど。


ーーーー・・・


「おー、学校からちけーじゃん。」


3つ隣の駅で、徒歩5分くらいのところに碧の家はあった。
住宅街に囲まれている、一般的な一軒家。ドアtoドア30分くらい?羨ましい。


「鈴木家の両親は今日いるの?」

「あー、共働きだから夜に帰ってくると思う。」


表札の【鈴木】を目で追いながら、碧が家の鍵を開けるのを待つ。
何人家族なんだろう。そういや、こいつの兄弟構成とか聞いたことないかもしれない。
雰囲気、弟とかいそう。


「散らかってても文句言うなよ」

「言わねーよ。お邪魔しまーす」


誰もいないとわかっているが、挨拶をする。
人の家の匂い。碧も同じ匂いするかと言われたら正直わからん。

というか普通に綺麗。
ご両親共働きなのにすごいなー、と思いながら玄関を見渡していると、女性ものの靴が複数置いてあった。母親のものにしては、年代的に違う感じがする。


「女の兄弟いるの?」


碧の視線を背中に感じながら靴を脱ぐ。弟という予想は外れた。


「え?」

「あ?」


俺の質問に碧はキョトンとした顔を浮かべた。
なんだその顔は。
兄弟構成聞くことっておかしいことか?

碧の表情に「?」となるが、碧は首を傾げている。


「え、言ってないっけ」


碧はそう言ったのち眉間に皺を寄せ始めた。『面倒くさいことになったぞ』と表情から読み取れる。なにがだ。なぜ兄弟聞いただけで俺がそんな顔を向けられねばならない。

碧はふい、と背を向け、階段を上り始めた。
部屋2階か。


「…妹がいる。双子の。」

「えっっ双子!?」


ふと教えてくれた新情報に度肝を抜く。
おいおいおいおいなんだその新情報は。お前のユンちゃんの話よりもずっと楽しそうじゃんそれ。


「ねえ、マジで俺これ言ってない?双子なの知らなかったの?」


俺のリアクションに碧が何故か焦り始めた。
双子だと何かまずいことでもあるのだろうか。


「いや知らねーけど…うわ、つかお前の部屋やば」


碧の部屋はさすがインキャオタクって感じの部屋だった。
ポスターに大量のマンガ、バカデカいテレビにゲーム機、そしてパソコン。
わーはは!予想通りの部屋だ!

俺はすっかり碧の双子話が頭から抜け落ち、パソコン前のイスに腰かける。座り心地よすぎだろなんだこのイス。ゲーマー用か?


「お、ユンちゃんじゃん。恥ずかしくないんかこんなの親にみられて」

「ぶっとばすぞ」


ベッドの脇の壁にはでかでかとユンちゃんのポスターが貼ってあった。こっちを見てウインクしてる。こういうの見て、興奮するのかな。

碧は俺に向かって暴言を吐き捨てたが大して気にしてない様子でジャケットを脱ぎ始めた。俺も真似してジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めるとハンガーを渡される。


「お、サンキ・・・・・・・」


ハンガーを受け取ろうとしたタイミングで。
碧の顔をみて、声が止まった。

俺はその時声だけじゃなく動きもピッタリと止まってたらしい。


「あ?」


ハンガーをなかなか受け取ろうとしない俺を不審に思った碧は眉をひそめた。
いやいやいや、えっ?

お前、顔、


「かお、そんな、・・・ええー・・・?」


俺は気の抜けた声しかでなかった。
というのも、碧は眼鏡を外していた。おまけに前髪も少し上げており、そのせいでいつものヤボったい顔が何百倍もまともになっている。その顔に度肝をぬいてしまった。

割と小綺麗な顔をしているのは、なんとなくわかってたけど。
外したらまさかここまでとは。

目の前にはとにかく別人の、それこそモデルみたいな美貌をもつ青年がいた。


「え?いまさらじゃない俺がイケメンってことに驚くの」


碧は俺に顔をガン見されていても気にしてないようだった。
それよりも自分がイケメンであることに気づいてる発言がうざすぎる。

碧は俺の手からジャケットとネクタイを奪い、ハンガーにかけてくれていた。
女子力高いかよ。


「体育の時とか普通に外してるじゃん。着替えの時とか」

「いや、見てねえよそんなときお前の顔」

「俺にもっと興味持てや」


ジャージを投げられた。お、貸してくれんのか。
いや興味持てって言われたところでな。お前だって俺に興味ねーだろうが。

ふとこれまでの碧の発言行動を思い出してみる。
考えてみれば今日も「3次元の女はみんなブスに見える」発言をしていたが、なるほど…この顔だったらそんな大口叩けちゃうな…。カーッ腹立たしい!


「なんだよ結局お前も普通にしてれば女の子たちと仲良くなれちゃう組かぁ〜死ね」


シャツを脱ぎ捨て貸してもらったジャージに腕を通す。一年半くらい片思いしてる俺なんて哀れで仕方ねえだろうよ。碧のこの顔だったら美琴ちゃんともすぐ仲良くなれるだろう。

絶対本人にいいたくはないが、碧の顔は街中で歩いていてもほとんどの人が目を引くほどの顔立ちだった。

…羨ましい…


「俺女はまじでユンちゃんしか興味ねえから」

「ブレねえな…」


俺が厭味ったらしく言ったにもかかわらず、碧はスパッとそう言ってのけた。
そんなこと言ってたらお前一生童貞だけどいいのか?
宝の持ち腐れすぎだろ…。それとも敢えてそう言う格好してるとか?

VODを起動する準備をしてるのか、リモコンをいじってる碧を盗み見る。
相変わらず髪は邪魔そうだが、これ、普通の髪型だったらバケモンじみた美形高校生が誕生してしまうのでは?

つか。


「テメー足も長すぎねえか?死ねや」

「あー?お前が短足なんだろー・・・が・・・」


俺がスラックスを脱ぎ捨て、パンイチで碧のジャージを体に当ててた時。
履く前からわかる、あきらかな丈の差にイライラする。ジャージって大体同じサイズになんじゃねえの?もしかしてこいつMじゃなくてLサイズか?


「?」


今度は碧の動きが止まっていた。
テレビではなく俺の足元を凝視してる。

・・・足?

碧の視線を追いかけると俺の生足。

ああ?


「おい何ガン見してんだよ変態」

「・・・お前太腿までツルッツルじゃん。女か?」


カッチーン

うっぜー!!気にしてんのに!
碧に鼻で笑われ、今すぐ殴ってやりたい気持ちに襲われるがさっさと足を隠すようにしてジャージを履く。くそっやっぱダボつく。俺気にしたことなかったけど、こいつ意外と体格いいのか…?猫背だしわかんなかった…。

ふと碧の横顔を見てみると、うっすら頬が染まってるように見えた。
なんか熱そう。なんだ?ユンちゃんが画面上に写ることにテンションあがってんだろうか?

余っている袖を捲っていると、碧がこちらを見た。
一瞬ドキリとする。


「スラックス、椅子んとこにかけときな。皺になる」

「お、ああ。」

「そこら辺適当に座っていいから」


そういいながら自分はベッドの上に腰かけた碧。
あ?自分ばっか一番楽なとこ座りやがったな。(こいつの部屋)


「おい!画面を見ろ!ユンちゃんだ!」


気づけばアニメの再生をしたらしい。
急にキモくなるじゃん。

画面上に淡い紫色の髪をした女子高校生が写ってる。こんな髪色の女子高生は存在しないとツッコミたくなる。が、そんなこといったら半殺しに合いそうな気がするので黙っておく。

この話どんなんだっけ…。普通にラブコメ…?
主人公の男子高校生がすごいハーレムになる話だった気が。


「どこが好きなん。」

「え?全部。」


愚問だったらしい。即答だった。
つか前も聞いた気がする。


「・・・おい。邪魔。」

「いいだろ別に。詰めろや」


寝心地が良さそうなベッドに横たわることにした。
俺が隣にきたことに、碧は顔をしかめる。とにかく嫌そう。なんだお前、いつもお前から抱き付いてきたりするくせに。


「全部で何話?」

「・・・1クール12話が2シーズンまででてる」


…ナゲェ〜〜〜!
絶対3話目で寝る自信がある。

碧が座っている後ろに寝転がる形で横になる。
ベッドに乗ったからか、それとも碧のジャージを着てるからか、なんか良い匂いする。

こいつこんな匂いなんか。
え〜ずるくない匂いまで良いってさあ!


「おい、ちゃんと見てんのかてめえ」

「えっ見てる見てる。わー可愛い。」

「見てねえな?」


アニメを一時停止にしてまで俺の顔を確認してくる碧。
俺を見下ろす形になるから、余計に顔がガッツリ見える。

・・・。
ズルい!


「世の中不公平だなぁって思ったらなんか見る気も失せてきたよ・・・」


碧の顔を見上げながらぼんやりと呟く。
こんな良い顔してたことに初めて気づくとは。

碧の顔に手を伸ばし、垂れ落ちている前髪を横に流していると碧が眉を寄せた。


「…なんだよ、」

「綺麗な顔してんなーって。つかすっごく見たことのある顔してるんだけど、芸能人の誰かに似てる?」


さっきから思ってたことだが、既視感がある。
このきめ細かい肌、形のいい唇、綺麗な目、長い睫毛

なんだろうな、だれかに…

思い出しながら俺は無意識のうちに碧の顔に指を滑らせていた。おでこ、目元、頬、唇。

ふと我に返った時には、碧の顔が赤く染まっていて。何かに耐えるようにして、唇を噛んでいる。

えっ


「あ、ごめん、くすぐったかった?」


パッと手を離す。
そんな色っぽい顔されるとさすがの俺も焦ってしまう。

俺の質問に何も返してこない碧。怒ってるのか?
普段見ることのない碧の表情に焦ってしまう。あれか。ユンちゃんを見に来たというのに、見る気もないままゴロゴロしてることが気に障ったのか?すげーあり得る。


「…おい、」


碧、と声をかけた時だった。
宙を浮いたままの俺の手首をギュッと握ってきた碧。
そのままベッドに押し戻され、俺の頭の横にポス、と俺の手が落下する。


・・・ん?


なんか知らんが、妙な雰囲気になってるのは間違いないと、色んなものに疎い俺でも察した。なんといっても碧の目だ。いつも眼鏡越しで表情が読み取れないのに今日ははっきり見えるからだろうか。

明らかに、俺に対する、視線の向け方がいつもと違う。

えっ
なに?


「なあ、駿介。」

「えっ、はいっ」


俺が内心ビビっていたら、碧がようやく口を開いた。
相変わらず綺麗な目を俺に向けたまま、若干目を潤ませた状態で俺を見つめている。

なんだよその色っぽすぎる顔は。そして、何故、手を握られている?
さすがの俺でも、どきどきはするのですが。

俺が戸惑いつつも聞き返すと、碧は意味の分からないことを聞いてきた。


「美琴のどこが好きなの」

「み、美琴ちゃん??」


突拍子もない質問に声が裏返った。
どうしてここで美琴ちゃんが出てくるんだ。


「どうして、今それを聞くんだよ・・」


握られたままの手首にチラッチラと視線を送りながら聞き返す。

聞き返しながらも、「えっと…顔は勿論だし、声とか、笑顔とか…」と答えておいた。
まじで、何故に?


「顔ね。一目惚れって言ってたもんな。」

「言ったことあったっけ?そうだけど…」


今でも思い出せる、入学式の日。
校門で入学祝いの写真を撮ろうと、母親らしき人と腕を組んでいた。笑顔ではしゃぎながら、桜の花弁が舞い散る中。俺はその姿を見て、一瞬で身体全身に電撃が走ったのだ。ビリビリと。


「俺の顔、美琴を思い出しながらじっくり見てみな。」

「はあ・・・?」


碧はさっきから変なことを言ってくる。
なんでそんなことしなきゃいけないと思いながらも、断る理由もないから、顔をじっくり見ることにした。

近すぎて良く見えないから、空いてる手で、彼の胸板を押し返す。

顔…。なぜ美琴ちゃん…?
何が関係してるんだよ…。


碧の顔は見れば見るほど、整っているなと思った。
形の綺麗な眉、スッと通った鼻筋、二重だけど重すぎる感じではない切れ長の目。

んん?

なんとなく見かけたことのある顔だと思ったから、芸能人に似てるのかと思ったけれど。

違う。
こいつの顔、
こいつ、は、


「双子の相手って、もしかして…」


俺は脳裏に、楽しそうに笑う美琴ちゃんの顔が思い浮かんだ。

目の前の男は、楽しそうなんて全く微塵も感じなさそうな表情をしているが、顔のパーツ一つ一つ見ると、本当に似ている。

まじで?


「おいっ!!!なんで教えなかったんだよ!!!」

「知ってると思ったんだよ!だから俺と仲良くなったのかと思ってたし!」

「しらねーよ!知ってたら尚更お前と仲良くなんてならないわ!!」


さっきの静かな雰囲気とは異なり、いつものペースに戻った俺ら。
すぐちかくにあった枕を碧の顔に投げつけると碧も投げ返してきた。

えってことは俺、片思い相手の実の兄弟にずっと気持ち悪いことを言い続けてたってこと?待ってめちゃくちゃ恥ずかしいじゃんそれ。ありえないじゃん、こいつよく聞けたなまじごめん。


「お前、美琴の顔が好きなんだろ」

「ああ?そうだよ、悪かったな妹の事を性的な目で見てて」

「じゃあ、俺の顔はどうなんだよ。俺も、その対象になれんだろ」

「・・・はい?」


今日の碧は、馬鹿になっているのかもしれないと思った。
そうじゃないと、こんな意味の分からないことを連続で言い続け、最終的には勘違いさせそうな事を俺に聞いてきている。

何の話か、と枕を投げるのをやめて、上半身を起こす。
今の話じゃ、まるで、


「お前、自分が言ってる意味、理解してる・・?」


念のため、うつむいている碧の顔を手で上げ直すと、頬を染め切った碧がいた。
後悔しているのか、唇をぐっと閉じながら綺麗な目を潤ませ、睨むように俺の目を見た。

その顔をみて、しまった、と思う。

こいつ、本気で言ってるんだ。
パッと手を離すと、そのまま項垂れる碧。


「・・・えっ・・・」


途端に俺も身体が熱くなった。
碧の熱が伝染したのだろうか。身体がガッチガチに固まるのがわかる。

ちょっと…整理すると…
さっきの一言じゃ、俺の思い違いかもしれないけど、この反応を見ると、こいつは俺に、そういう対象になることを望んでる。てことは…


「え、ゲイなん?」

「ころすぞ」

「すみません」


いつもの碧が出てきた。
まあ、ゲイだったらユンちゃんは好きにならないか。

困った、と思いながら項垂れたままの碧を見下ろす。
赤く染まり切ったうなじが黒髪から覗いていて、相当だなと同情してしまう。


「俺だってなんでお前ごときに惚れたのかわかんねーよ…」

「ごとき言うなよ…」


項垂れたままの碧が、弱弱しい声で俺にそう呟いた。
いつもの、口が悪くて、堂々としてる碧からは想像できない姿。
俺はどうすれば良いかわからず、かといってジッとしてるのもつらくて、何となく碧の髪の毛に触れる。


「おい。やめろ馬鹿」


碧が嫌そうな顔で顔をあげた。
手首をガシッと掴まれる。


「お前今の状況わかってんのか?それともどこまでも鈍感なのか」

「わ、わかってるわさすがに。お前が、俺に相当惚れてるってことは、わかった…」

「キモくねーの?普通だったら逃げ出すと思うんだけど。」


そうなのか?
碧に指摘され、俺はどっかズレてるんだと気づく。

そりゃそうか…友達に、しかも同性に告白をされたら普通気まずくなるか…
俺、何呑気に碧の髪触ってんだろ。


「俺告白されなさすぎて、実感がわかねーっつーか…。」

「…ああ、そう。」


今すげえ憐れな目で見られた気がする。


「駿介、俺の顔好きなんだろ。」

「えっ」

「俺に見られて顔を赤くするくらいには。」


確かに、こいつの顔は好きだ。だって、好きな人と同じ顔なんだから。
でもその性別の壁が一番デカい気がするんだが…。
と、思うが、碧にじっと見つめられ心臓がギュッとなるのも確かだ。


ゴクリと唾を飲み込む。
俺がグラグラと揺れ動いてるのがわかってるのか、碧はフッと笑いながらさらに追い打ちをかけてきた。


「さすがに女にはなれねえけど、それ以外だったらお前の望みの恋人になってやれるよ。優しくしろって言うなら死ぬほど優しくなってやるし、理想の恋人になってやる」


ギシリ、とベッドが軋んだ。
その音がなった理由は、碧が俺に近づいたから。

すぐ至近距離に碧の顔。
片方の手を俺の足の上において、俺の顔を覗き込むような態勢になっている。

さっきまで、あんなに項垂れてたのに、開き直ったのだろうか。
急にぐいぐい来られて俺はパニックで死にそうになる。


「や、優しいお前は逆に怖い」


こんな時まで俺はふざけたことしか言えない奴だった。
というか正直まじで考えが追い付かない。

こいつが俺の事を好きなことも、
俺がこいつに対してどう思っているかも。
考えたことなかった。


「じゃあどうすればお前は俺に惚れてくれる?どうすれば美琴に勝てる」

「知らねーよ!逆に俺のどこがいいんだよお前は!」


つか今まで一度もそんな素振り見せたことなかったじゃねーか。
それとも俺が気づかなかっただけ?
今までずっとユンちゃんの話しかしなかった癖に。


「お前が俺の事好きになってくれたら、教える。」

「え、・・・・ンッ」


聞き返そうと顔を上げた途端、唇に圧迫感。そして柔らかい感触。
しっかりと俺の唇を捉えていたキスに、時が止まる。


・・・・あ?

今、キス・・・。


「ばーか」


隙あり、とでも言うように碧が俺にそう言い放った。
俺の好きな子と同じ顔なのに、その子が見せないような生意気な顔をしている。

なああ〜〜〜〜っ!??
ぐああああ!!!

「オッ、オタクのくせにっ、なんでそんなっ」


俺はキスをされて滅茶苦茶パニックになってた。
何故こいつは学校で陰キャオタクの癖にこんな大胆なんだ?

てか、俺ファーストキスだったのに!


「お前俺のこと嘗めすぎだろ…。中学の時どんだけモテてたと思ってんの。この陰キャラは楽だからそうしてるだけで」

「は!?」

「昔からアニメ好きだったし、ゆんちゃんのこと好きだけどオタクが全員根暗って思うのはお前の勘違いだわ」


まさかのCOに俺は衝撃を受ける。
こ、こいつ、わざと根暗を演じていると?


「ちょっと待て、頭の整理が…なんだ今のキス、つか、いや色々、意味わかんねー」

「どうせ初恋は美琴なんだからファーストキスは俺にくれよ」

「事後報告すぎんだろ・・・!!」


そんでもってファーストキスだったってこともまんまとバレとる。
腹が立ったので、碧の頭をパンッと叩いて「美琴ちゃんと張り合えると思うなボケが!」と声を荒げる


「張り合ってねーよ。美琴より俺の方がぜってー良いって言いたいだけで。」

「どこがだよ・・・ユンちゃん狂いって印象しかねーんだけど俺」

「・・・。」


急に碧がスンッてなった。
俺のツッコミに思うところがあったんだろう。『確かに』って顔してる。
今日初めてこんなにもイケメンだったって事と美琴ちゃんと双子だってこと知ったけれども。今までのことを思い返すとユンちゃんが多い気がする。


「おい、何か言い返せや」

「うるせーな、ごもっともすぎて何も言えねーんだよ」


そこはなんかあるだろ。つか自覚あるんかい。
そりゃあこいつがまあまあ優しいやつだって事は知っている。
が、美琴ちゃんを超えれるかって言われたら、超えられるとは思わない。性別の壁、あと無断でキスするようなデリカシーの無さとか


「…ちなみにさ」

「んー?」

「俺とユンちゃんどっちかしか選べないってなったらどっち選ぶの」


試すわけではないが、ふと気になってみたから聞いてみた。
また項垂れかけていた碧だったが、俺の質問に、ググッと眉間に皺が寄る。

顔こっわ。

ふと、そこで再度こいつの部屋の中を見渡してみる。
ポスターにフィギュアも数体。勿論俺とユンちゃんの共通点なんて一つもない。なんで俺の事なんか好きになったんだろうか。

こいつに聞いといてなんだが、俺は他人事のような気持ちでいた。
また少しずつ顔が火照っていく碧。

積極的なのか、照れ屋なのかどっちなんだお前。
するとふと目がバッチリ合った。形の良い唇が小さく動く。


「・・・・・・お前。」


予想していなかった回答。
いつもの碧なら絶対『なんでてめーがユンちゃんと同じ土俵に立てると思うんだ』くらいは余裕で言うはずなのに。


えっ
えぇ〜〜・・・


「なんで聞いてきたお前が顔真っ赤になってんだよ」


俺はどうやら顔が真っ赤になってるらしい。
確かに、滅茶苦茶熱いが。は?てかズルくね?こっちはいつもユンちゃんの話を聞いてんだぞ。それなのに、俺を選ぶというのか。


「・・・」


何を思ったのか、俺をじーっと見つめてくる碧。
なんだそのまんざらでもなさそうな顔は。


「…まあ、そういう訳ですから、俺に興味をもて。気が向いたら付き合ってよ。」


軽すぎだろ、なんだそれ。
つか気が向いたらでいいのか。
このまま俺が美琴ちゃん好きな可能性もあるのに。

俺男いけるとも言ってないし。キスしたけど。


俺が黙ったままでいると、碧は俺にまたキスをしてきた。
チュッ、と可愛らしい音がして、目の前にはやっぱり笑ってる碧。


「オイイイイイッ」

「間抜けな奴め。よし、続き見るぞ」

「誰が見るか馬鹿野郎が!!」


胸倉を掴んで精一杯怒鳴るが碧は笑ってるだけ。
えっ、なに今後俺こいつから唇を守らないといけないってこと?

怒りに震える俺を差し置き、またあのアニメを再生する碧。
俺はアニメを見る気になれずクッションに顔を埋める。っざっけんな!

さっき俺、『優しいお前は怖い』とか言ったけど撤回する。

優しくなってくれ。