海より深い水溜まり
綺麗系ツンデレ×無関心平凡




白雪姫というあだ名で呼ばれてる人がこの学校にいる。

あだ名の理由は、肌の色が白く、艶のある黒髪で、とにかく綺麗な人だから。
学年は一つ上。彼はいつも多くの生徒に囲まれている。

俺はごく普通の一般生徒だから、普段彼とは関わりがないが、部活は一緒のため喋ることはある。クラスの友達から『白雪姫先輩と話せるなんて羨ましい』と言われるが、別にそんな仲良くないし、その人の事よく知らないしなあ、程度にしか思わない。

そもそもその白雪姫は男だ。
この学園は男子校の閉鎖空間だから、男にそういう目を向ける人が多い。
だから、彼は『白雪姫』なんてあだ名をつけられてしまってるんだろう。
ちょっと、同情してしまう。


「なあ、ハンドブレンダー使いてえんだけど」


高圧的な声。
その声に顔をあげると、例の白雪姫がいた。
今日も麗しい顔にしかめっ面を浮かべている。俺はモブBくらいの立ち位置だから、愛想などは一度も振られたことがないためいつもこんな感じ。彼の笑顔を知らないが、口が悪いのは知ってる。


「・・・。」


次いで、俺が今使っているハンドブレンダーを見る。
ここは料理部で、俺は今その器具をつかってポタージュ用に野菜を潰していた。

俺、今絶賛使用中なのに。


「今じゃないとだめですか…?」


まだ野菜は潰しきれてないし、貸すなら一度洗わないといけない。
というかあと2つくらいあった気が…。それも今誰かに使われてるということだろうか。


「今がいい」

「・・・。」


その言葉にチラと彼を見上げる。
白雪姫、と呼ばれる割に彼は小柄ではない。ただ、顔が女顔なだけ。身長だって俺より10cm以上高い。

周りからチヤホヤされ慣れてるのか、それとも元々そういう性格なのか。命令すれば許されると思っている節も時々感じられる。俺からしたら、先輩だから断りづらいのもあってどうしたものかと悩む。


「豊栖〜いいじゃん、姫が望んでるんだから」

「姫言うな殺すぞ」


俺が黙っていたら第三者が口を出してきた。白雪姫のひっつき虫の先輩A。仲がいいかは不明。豊栖は俺の名前。

先輩2人相手ってなるとなぁ・・・断りづらい。
周りの視線もすごいし。
でも、


「…今渡すと中途半端になるので、終わったら、洗って渡しますね」


やっぱり面倒くささが勝った。
先輩の反感を買うよりも、今作業中断する方が面倒くさい。

せめてもの笑顔を浮かべて「すみません」と謝罪する。
俺はすぐ自分の手元に視線を戻し、作業続行。
視界の端に、何かを言いかけた彼が写ったが別の生徒が俺と彼の間に割って入ってきた


「もしよかったら俺のどうぞ!」


どうやら慌てて白雪姫先輩に渡しに来たらしい。
おかげで俺が急ぐ必要がなくなった。
モブCに感謝。


「ありがとう」


モブCに御礼を言っておく。
が、彼は別に俺からの御礼は期待してなかったのか、
「お?あ、うん、」ぐらいで終わった。
白雪姫は特に御礼言ってない。通常運転。なんならちょっと不満気だ。

貸してもらっておいて凄い態度だなぁ、と思うけれどそれでも許されてしまうのが白雪姫先輩。圧倒的顔面力。Sランク。

俺も顔面がよかったら、何でもお願いを聞いてもらえる人間になれるのか、と思うけれど・・・。

俺の元から去っていく白雪姫先輩の後姿にチラリと視線を送る。
いつも人に絡まれ、話しかけられ、一人の時間がなさそうな白雪姫先輩。
彼がそれで満足げならそれでもいいのだけれど、いつも眉間に皺を寄せているあたり嬉しくはないのだろう。

・・・そんな学校生活は嫌だなあ。

やっぱり、ちょっと同情してしまう。


ーーーー・・・


別の日の昼休み。

昼食を終えた後は、今日の部活で何を作るかのレシピ探しに没頭することが多い。
部活中スマホを見ても許されるのであればスマホを使いたいけど、謎に厳しいうちの学校はそれがNGのため、料理本を直に持っていく事にしている。

今日もそれに倣い、図書室へと足を運ぶ。
いつも静かな空間であるそこは、人もあまり居ない。

今日は何にしようかなぁ…。

そんな事を思いながら、図書室入口付近の新刊ゾーンをウロウロする。
僅かではあるが、時々料理雑誌が入荷されてるからという理由で立ち止まっていたが、失敗したと思った。


「くッッッ!!」


突然、バンッッ!!という大きな音と共に開けられた図書室の扉。
俺も、司書さんもその音の大きさにビクッと肩を跳ねさせながら、そちらを見る。

大きく肩を揺らしながら呼吸をしている男性生徒。一瞬視界に入っただけでもその端整な顔つき具合に誰なのか判別できてしまう。

いつでもどこでも注目の的になってしまう白雪姫が、そこにいた。


え・・・。
なに・・・?


彼はどこか焦った様子だった。

俺と目が合う白雪姫先輩。
が、何も言わずに俺の横を通り抜け、部屋の奥に走っていく。
気のせいか、彼は汗だくだった。
髪もボサボサだったし、まるで何かから逃げているかのような・・・。


「・・・。」


いや、変に深入りしたところで俺には関係ないし…。
考えるのやめよ。

俺は今あった出来事を全て忘れることにして再度新刊の料理雑誌に目をやる。
すると、


バンッッッ!!


「「・・・。」」


また新たに、息を弾ませた状態の男子生徒が現れた。何故そうもドアを大きな音を立てて開けるのか。
ぜったいこれ、白雪姫先輩関連の男じゃん・・・。と、おそらく司書さんも同じことを思ってるであろうことを考える。

俺は空気になることに徹することにした。
実際いつも空気だし。

が、珍しく今日は空気になることが出来ず。


「おい、豊栖!姫見なかった?」

「・・・・・・・・え・・・」


何故俺の名前を…。

話しかけられたことの嫌悪以上に、自分の名前を知られていることにゾッとする。
がよくよく見てみると、どうやら料理部の先輩ぽかった。

ああ…。
白雪姫先輩の、部活の取り巻きの一人…。

彼の顔を何となくじっくり眺めてみる。
焦ってる様子の彼。髪ボサボサだし。なんか良くないことをやらかしたのだろう。

ふと、この人に白雪姫先輩の居場所を教えることと、黙ったままの方、どちらが、得策かを考える。

うーん…。
白雪姫先輩敵にするほうが、面倒くさそうだなぁ…。

この間3秒くらい。
相手が怪しむ前に口を開く。


「こっちには来てないと思いますけど…。」

「本当か?」

「…どうして俺が嘘つく必要があるんですか?」


首を傾げて彼を見上げる。
彼は少し気まずそうに目をそらしたあと、図書室内を軽く見渡し始めた。
目につくところに白雪姫がいたら嫌だな、と思って俺もあたりを見渡すが、さすがに隠れてるらしい。

どこにも居ない様子を見て諦めたのか、踵を返しまた廊下を走り始めた彼。

何をそんなに急いでるんだろう…。

彼がいなくなった後を確認してから、俺は再度料理本に視線を戻した。

…今日は中華が食べたい気分だから、焼売でも作ろうかなぁ。

そんなことを思いながら、中華料理の雑誌を手に取る。
ぼんやりとそれを眺めていると、背後に気配を感じた。


「おい。」


…この高圧的な声。
うーん、嫌な予感が…。

一応雑誌から顔をあげ、後ろを向く。

すると、やはり予想通り、魅惑の顔を持つ青年がいた。


「…はい…?」


一応先輩なので無視するわけにもいかず返事をする。
彼は相変わらず険しい顔をしていたものの、少し焦りは抜けたようだった。

綺麗な顔をしていると、何度見ても思う。慣れることはない彼の美貌。
ただ”白雪姫”なんて呼ばれるほど可愛げがある感じには思えないし、どちらかといえばもっと鋭い感じの…


「…あ、り…」


蟻・・・?
彼は何かを言いかけ、そして口をあけたまま固まった。
5秒くらいしても黙ったままなので、俺は首を傾げる。
なんなんだ、一体。


「…そういえば、部活の先輩が源本先輩の事探してましたよ。」


ドアの方向を指さしながら彼に一応教えておく。
源本(みなもと)先輩、白雪姫の本当の苗字。下の名前は覚えていない。

すると先輩は何故か驚いた表情を浮かべた。


「お前、俺の名前知ってるのか」


突拍子もないことを言ってきた彼。
え、そこ?

さっきの先輩の話よりも、何故か彼の名前のところに食いつかれた。
もしかして学校で白雪姫って言われすぎて、全校生徒から名前を忘れられてるとか?んな馬鹿な。


「…知らない人はいないと思いますけど…。」


みんな白雪姫って呼ぶだけで。

考えてみたら2人きりで話すのは初めてだから、なんとなく変な感じがする。いつも誰か別の人がいたし。

俺の回答に彼はまた口を閉じてしまった。
何か、間違ったことを言ってしまっただろうか。

俺は人と関わるのが得意ではないから、彼が何故俺に話しかけてきたのかわからず、ぎこちなく瞬きをする。何の時間なんだ、これ。

何を、話せば・・・。


「あの…いつも、思ってたんですが…」


話下手ながら、どうにか話題作りをしようと言葉を絞り出す。


「大変そうですね。色々。」


言ってから、やっぱり話題間違ったなあ〜なんて呑気に思う。
大変、なんて俺が思ってるだけであって、本人からしたら満更でもないことかもしれないし。


「・・・。」


案の定彼はうつむいてしまった。綺麗な黒髪がさらりと重力で下の方向に流れる。
そのうえ、何故か俺の両肩に手を乗せてきたもんだから、心臓がギュッと縮こまった。

顔が見えない。
さすがに、怖い。


「・・・んな・・・じゃ・・・」

「え?」

「そんな一言で済むレベルじゃねー!!クソ大変だよ!」


彼は顔を俺に向けたと同時に大きな声で訴えてきた。
近距離だというのに、ありえないボリューム。耳が死ぬ。

というか、それどころじゃない。え、なんか、目、涙、


「なんなんだよ、俺が女顔だからって、クソッ、全員死ね、」

「ちょ、っと・・・、声のボリュームが・・・」


糸が切れたように、色々吐き捨てる彼
俺が知っている彼とは異なるその様子に、さすがに動揺するが、ここは図書室だ。

彼の口を右手で抑え、左手で彼の腕を掴む。
そのまま廊下に連れ出すことにした。

何だこの状況。


「すみません、えーと、何でしたっけ…」


彼が大きな声を出して泣き始めたことに驚きすぎて、内容全部とんだ
なんか、全員死ねとかなんとか。

焦りを静めるために小さく息を吐いてから彼を見上げると、彼はやはり目が真っ赤だった。

うわ…(引)


「俺のせいですか?すみません…」


今にも泣きそうな先輩に引きながらもとりあえず謝る。俺が何をしたんだ、って言いたくもなるが、こういうのはとりあえず謝ったほうが良いってどっかの誰かが言ってた。

先輩にティッシュを渡すと、荒々しくそれを奪われた。
ジャイアンなのでは?


「俺は、お前みたいなチビに泣かされるくらい貧弱に見えるのか?」

「…。どうなんですかね。」


俺ってチビなのか?と思うが、先輩より小さいからそう言われても仕方ない、と我慢する。
とりあえず原因俺じゃない、と。良かった。


「俺は先輩の事、貧弱だと思ったことはありませんが、ここの生徒は謎のフィルターがかかってるので…。正直、馬鹿らしいなあって思ってますけど」

一応フォローを入れておく。
さっきの発言といい、先輩は自分が女扱いされているのが心底ストレスだったようだ。

こんな、モブBレベルの後輩に吐き出すレベルには。


「・・・豊栖って、一人だけ毛色が違うよな。外部生?」

「…そうですけど…」


高校からこの学校だから、最初は文化の違いに驚いたが、何とか慣れつつある。
でもやはりノリについていけず浮いてしまう部分もあるので、一人でいることが多い。


「やっぱり変ですかね、気分害されたら、すみません」

「いや、全然変じゃねえよ!そのままで良い……と…、思う」


先輩は食い気味に俺にそう言ってくれた。
途中から自分の勢いに気づいたのか、若干恥ずかしそうにしてる。

…先輩、同性愛者の人が苦手なのかな。
だからそれを一歩引いたところから見てる俺に親近感沸いてるとか?

それはそれで困るけど…。


「というか、先輩、俺の名前知ってたんですね。」


ふと、自分の名前を言われたことを思い出し、何も考えずにそう告げる。
いつものあの感じだと他人に興味なさそうだから、俺の名前なんて絶対知らないと思ってた。

が、予想とは異なっていたらしく。
彼は俺の指摘にピタッ、と固まった後、何故か慌て始めた。


「し、知っ…てるに決まってんだろ!お前、一応、部活の後輩だし!」

「声でか…」


先輩はまた声を荒げてきた。
これ触れちゃだめなところだった?

おまけに今度は顔が真っ赤になっている。肌が色白な分、林檎みたいに綺麗に染まっている。

なぜそんなに慌てる必要があるんだってくらい急激にそわそわしてしまってる先輩にちょっと怖くなった。挙動不審がすぎないか。


「あー……ありがとうございます。嬉しいです、名前覚えて頂いていて…」


とりあえず波風立てないよう、適当に御礼を言っておいた。
謝罪と御礼をいっておけばとりあえず大丈夫って誰かが略


「あ、俺図書室で本借りなきゃなので。また部活で。」


また俺が何も考えずに発言した内容が彼の地雷に触れたら嫌なので、さっさとその場を去ることにする。

わざとらしく時計を見て「あと5分でチャイム鳴っちゃいますよ」と先輩にも言うことで、この会話を強制終了。先輩はまだ何か俺に言いたげだったが、それを聞く前に図書室に滑り込むことに成功した。


「・・・・。」


すごく、疲れた。

扉を閉めたところで、ドッと疲れが沸いた俺。
こんなに気を遣ったことも、こんなに喋ったことも、久しぶりな気がする。

先輩を助けたことがそもそもの原因?
いや、本当に・・・・。

もうあまり関わりたくないなぁ。