君の隣が毒になろうと
潔癖美形xアル中




俺は自他ともに認めるダメ人間だ。
とにかく弱い。何か嫌な事があったらすぐにお酒に逃げる。

本当に、情けないくらい。


「あしたはしごとあしたはしごともういやだおれはしにたい」


俺の行きつけの居酒屋で。
俺は一升瓶を大事に大事に抱きかかえながら、ベロベロに酔っていた。

毎度ながらの口癖をひたすら呪文のように唱えて仲の良い店員さんに話しかける。
大学生のタカヤくん。一年以上俺の面倒を見てくれてるタカヤくんは慣れたもので「はいはい、明日も頑張って生きてください」と流しながらも優しい声をかけてくれる。頑張る気が起きないから俺は生きたくないって言うのによお


「奈央さん、今日はそれでお酒最後にしないとだめですよ」

「んえぇ、いやだぁ…ほらみて、これしかないよ」

「普通の人ならそれだけあれば充分だから。・・・そんな可愛い顔したってだめだですからね!」


タカヤくんをじっと見上げてみたけれど「だめ!」と言われてしまい、俺はしゅんとする。俺に残ったのはこの子だけか…大事にするからね…

とか思いながら両手で瓶を持ち上げながら直飲みする。
首を横に振りながらため息ついてるタカヤくん。いつもながらの光景。


「おれだってね、むかしはね、こんな酒浸りなちゃらんぽらんじゃなかったんだよ、むしろお酒苦手なかわいらしい大学生でさあ、」

「想像できないですけどね」

「うるさいよ〜〜〜」


そしてまたグビグビ。
酒をたくさん飲むのはいいけど、身体はまだやっぱり拒否反応を起こすので普通に吐く。げろげろおろろ。でも迷惑かけないようにちゃんとトイレで上手に吐いてるよ。トイレで吐いてる時点でクソ迷惑だけど。人間失格。


「そろそろお迎え呼びました?そんなんじゃ帰れないですよ」

「ん〜〜、さっき『迎えきてえ』って電話したんだけど、ガチャギリされたぁ…タカヤくん送ってってよ」

「いやですよ、奈央さん歩かないしすぐ寝るじゃないですか」


ということはタカヤくん、前に俺を送ってってくれたのか。えぇ〜記憶にねえぞ。いや、ある・・・?いや、ないな・・・まじで記憶ねえ・・・いつものことか。

断固拒否するタカヤくんに俺は曖昧に笑みを零す。タカヤくんは俺の顔をちらちら見た後「どうしてもって言うなら送ってきますけど」と言ってくれた。何だよこの子可愛すぎか〜?


「んじゃあタカヤくんに送ってもらえるからおれは安心して潰れていいわけだね!ということであと一瓶あけるから待っててね!」

「なんでそうなるんですか!ボトルキープしておくんで、これ以上飲まないでください!」


タカヤくんがなんか怒ってるけれど俺は無視して残りをさっさと飲み干す。くああ、脊髄にまで染み渡る〜〜〜!顔が!燃える!

このまま記憶障害でも起きて今までの嫌な事全部忘れたらいいのに!

それか気持ちいいままおれをころしてくれ!






「帰るよ」


あまり優しくない静かな声が、すぐ耳元で聞こえた。
俺は眠りから一気に居酒屋独特の喧騒の音に意識が持ってかれる。

あれ
おれ、まだここにいたの


目をゆっくり開く。
俺はどうやらカウンターテーブルに突っ伏すような形で寝ていたらしく、目の前には誰かの右手。爪が綺麗に切り揃えられている。


「タカヤくん・・・・・・・・・?」

「店員にまで迷惑かけてんじゃねーよ、クソアル中。」


口が悪い。タカヤくんではないな、とすぐにわかった。声で判断できないのもぶっ飛んでると思うけど。


「だれだおまえ〜〜」


ムクリと頭を起こすけれど首が据わってない赤ちゃんみたいにグラグラ頭が揺れてそれだけどころではなかった。おえ、きもちわるい。喉まで来てる。やばい。


「ここで吐いたら殺す」

「おまえハシモトだなさては」


口を押さえてからどうにか焦点の合わない目で男を見上げると、やっぱり橋本がいた。すぐに殺すとか死ねっていうのは橋本しかいない。
そしてすごく神経質。まあ他人のゲロは誰でもいやかもしれないけど、こいつの近くで吐こうものならまじで半殺しにあう。そんなんだから彼女出来ないんだよ。せっかくの美形が台無しだ。


「タカヤくんは、」

「…なんで。」

「・・・あれ、なんでだっけ?」


なんか、タカヤくんを待ってた気がしたんだけどなんでだか思い出せない。
頭をぐらぐら動かすけど思考が鈍くてどうにも考えられないから考えるのやめた。
俺は橋本の薄い胸に顔を擦りつける。酔っ払いってどうしてこうも、人肌恋しくなるんだろうね。

橋本の服はいつも無臭だ。
俺の嗅覚が鈍ってるからなのかわからないけど、匂いがしない。

俺は酔っ払いだからそんなことにすら笑ってしまって、橋本は「うざ」と吐き捨てた。


「ん?てかなんで橋本がいるんだ?」

「本当ぶちのめされたいの?おまえ、15回くらい電話かけてきたんだよ俺に」

「えぇ〜、こわ」


確かに、左手にスマホが握られてる。
んー、電話したようなしてないような?


「橋本も飲む?おれおごってあげる〜!」

「帰るつってんだろ」


橋本が俺の荷物を持った。そして、有無を言わさずにコートを俺に被せてくる。熱いからいらないのに〜、てか飲まないの〜?俺もっともっと飲めるんだけどなぁ、ついさっきまで気失ってたけど。


「あ、タカヤく〜〜ん、今日もありがと〜〜〜」


橋本に腕を掴まれてふらふら歩いてる途中、タカヤくんを発見した。
タカヤくんは笑顔でこちらをみたけれど、隣に目をやった瞬間笑顔が固まる。あららなにかしら。

俺は特に気にせずとにかく手を大きく振ってタカヤくんに別れを告げる。
うーん、やっぱり俺タカヤくんと何か約束してた気がするなぁ…なんだったかなぁ…


「外出て待ってて」

「んえ?なんで」

「邪魔だから」


ひどいやつだな!たしかにいま、橋本の腕に身体預けてる状態だけど。じゃないと立ってらんないし。

というかお会計するならおれのさいふださなきゃ、とおもって橋本が持ってる俺の荷物をゴソゴソするけれど「邪魔」と再度睨まれて俺はしぶしぶ外にでることに。

あとでおかねかえさなきゃ、
メモしとかないと、おれわすれちゃうから・・・。

レジ横にあったペンを拝借して「かね」と手の甲に書いたあと、壁伝いによろよろとどうにか外へと向かおうとする。けれど身体が思うように動けなくて蹲った。こんなんならカタツムリの方がずっと歩くのが早い。俺はカタツムリ以下なのか。やべ、悲しくなってきた。アルコールをもっと俺に注いでくれ。


「俺はカタツムリ以下だ〜〜〜!」


本当に俺イカれてんな

わかってるけれど、声に出したら涙が止まらなくて膝に顔を押し当てながら叫んだ。
ほんとうになんでいきてるんだ俺、いや、そもそもなんでこんなことかんがえてるかっていうと、明日の仕事が嫌すぎてだ。明日の仕事が嫌な理由は、あいたくないひとがいるから。あいたくない、しごとやめたい、でもしごとやめたらあいつに、俺のこと意識してんの?とかばかにされそうで、くやしくてくやしくてやめられない

そもそもあいつがきえればいいんだ、
そうすればおれはきっと、この異常なまでのアルコール依存症を解消できる
会社側も「最近こいつなんかやばくね?」みたいな感じになってるけどな!ウルセー!俺はやばいやつなんだよ!人間以上カタツムリ以下!あれ?俺って人間以上なの?


「くそ、みんなしね、みんな、というか、ちきゅうほろびろ」

「他人まで巻き込まないでくれない?」


あ、橋本だ。
もうお会計済ませてくれたのかな、サンキュー愛してるよ。


「きたないな、泣いてんじゃねーよ」


俺の顔を見て、橋本が酷く不愉快そうな顔をした。そう言いながらも橋本の手が俺の脇の下に差し込まれる。俺を立たせようとしてるんだろう。嫌だね、俺は立たないぞ、家に帰りたくないもん、ひとりになりたくない。


「俺だって泣きたくて泣いてるわけじゃない。アルコールが足りない。ずっと気絶してたい、明日なんて来なければいい」

「うるさいよ」


立たされた。
俺を引きずるようにして、外にでる橋本。橋本の右腕が俺の身体に巻き付いてる。

外に出たらめっちゃ涼しかった。
酔っ払いにとったら丁度いい温度。
でも橋本にとったら寒いみたいで、不機嫌そうに「…さっむ」と言ってる。


「仕事やめれば?」


俺を引きずりながら、橋本は言ってきた。そんな簡単な話じゃないのにこいつは簡単に俺に提案してくる。


「しごとやめたらおかねがないよう」

「酔っ払いの癖に現実的なこと考えやがって」

「橋本が養ってくれるの〜〜?」


橋本に養ってもらうのもいいなあ
綺麗好きすぎて俺のことなんてすぐに捨てちゃうだろうけど。なんてったってカタツムリ以下だからね俺。

橋本は俺のことを無視してるのか、俺を無理やりタクシーに詰め込んだ。

そして橋本の住所を口にする。あ、俺橋本の家でお泊りコースだ。明日仕事なのに、どうしよう。



ーーー…



ゴツン。


頭がなにかにぶつかった感じがした。
その衝撃に意識が戻って、俺また気絶してたのかと気づく。

俺は動いてないのに勝手に身体が揺れるということは、誰かが俺を持ち上げてくれているのだろう。かろうじて足を動かすと、「動かないで」と言われた。


「……ここどこ」

「エレベーター」


エレベーター
ああ、橋本のマンションか。

目を開けると、俺の腕は橋本の首に巻き付くようにしてだらんと垂れている。両足が何かに固定されていて、おんぶされてるのか、と再び目を瞑った。


「おれ、重い?」

「くそ重い。」


即答かよ。
橋本の返答にぐへへ、と変な笑みが漏れた。橋本、俺より身長ちょっと高いくらいだもんな。あと、俺より華奢な気がする。ベジタリアンだから。


「明日しごとやだなあ」


橋本が歩くたびに身体が揺れる。
ぶつぶつ愚痴を言う俺に、橋本は黙ったまま。それでいいんだけど。酔っぱらいな俺に冷たい橋本が、俺は好き。でも、どうして橋本はこんな俺を助けてくれるんだろう。

橋本の部屋についたと気づく暇もなく、俺は風呂場の椅子に座らせられた。
目の前の汚れ一つない鏡には、真っ赤な顔をして目が据わっている俺。髪の毛なんてボサボサで、パーカーなんて着てるから風邪をひいた子供みたい。

橋本がいない。
靴も脱がされてる。靴下も脱いどいたほうがいいかな。


「吐きそうになったらこれに吐いて」


橋本がビニール袋付きのゴミ箱を持ちながら現れた。
それを俺の横に置いて、「服脱いで」と言ってきた橋本。なんで?と聞く暇もなく、橋本が俺のパーカーに手をかける。


「はしもと、ねむい」

「…寝たかったらさっさとシャワー浴びな。いつも言ってるでしょ」

「いつもって、いつだよ〜〜初耳だってばあ」


もだもだと橋本に手伝われながら上を脱いでいく。
橋本は面倒くさくなったのか突然チッと舌打ちをした。こわ、何怒ってるの。


その舌打ちはなんですか、と聞こうとしたら、上から大量の雨が。
勿論室内だから雨なんかではないんだけどあまりにも冷たい。
何事かと上を見上げると、橋本がシャワーヘッドを片手に俺に水をぶっかけてた。

えっ!!!?
おれ、まだジーパン履いてるのに!!!


「ほんと、俺、お前が嫌い。」


冷たさのあまり息が上手くできず身体を腕で抱きしめていたら、橋本が俺にそう吐き捨てた。今、嫌い、って言われた気がする。


「えっ、え、はしもと、みず、冷たい」


俺の訴えなんて無視で、橋本は俺を冷たい表情で見下ろしたまま。長い睫毛をもつ眼が僅かに伏せられている。
急に冷水をかけられて身体が吃驚したのか、最悪なことに吐き気まで催し始めた。

おえっ、と嘔吐く俺の頭を掴んでさっきのゴミ箱に顔を突っ込ませる橋本。
しかも、口の中に指まで入れてきた。

その瞬間に俺は嘔吐する。


「この俺がこんな甲斐甲斐しく世話しても忘れんでしょ、本当おめでたい頭してるよね」


何度も嘔吐し、やっと治まってゼエゼエ荒い呼吸を繰り返していたら橋本がそう呟いた。甲斐甲斐しく…?と俺は首を傾げるけれど、喋れない。苦しい。

けれど気づけば、先ほどの鋭い程の冷水はお湯に変わっていた。じんわりと、肌が温かくなっていく。


「なのに昔の男は忘れられずに、酒に溺れて、あげくに俺をそいつの代わりにするお前は、死ねばいい。」

「ブワアッ」


最後に顔面に思い切りシャワーを当てられた。
俺は目やら鼻やら口に水が入って悶絶する。不意打ちひどい。つか、それより、理解が出来ない節が幾つかあるぞ


「昔の男ってなんだよ、誰だよ、おれそんなこと話したことない!そもそも、代わりってなに?なんの話?」

「…ほんと、うざすぎ」


そう言って橋本は笑った。呆れすぎて笑うしかなかったらしく、あはは、という橋本の空笑いが風呂場に反響する。


「自分の身体に聞いてみろよ」


さっきのシャワーよりも冷たい声。
今度は笑うこともなく橋本は風呂場を出て行った。

自分の身体に、聞いてみろ、つったって。


俺は今正常じゃないし、聞いたところでよくわかんないし。


「…酔っ払った俺は過去に何したんだい、俺の身体」


とめどなくお湯が流れる俺の身体。
履きっぱなしの俺のジーンズは重さを増して俺の肌に張り付いている。

もちろん、身体が話してくれることなく、ただシャワーの水音だけが風呂場に響いていた。





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元彼に振られたことでアル中になった受け
記憶飛ぶタイプ。
酔った勢いで橋本と体を重ねてしまったものの、奈央はそれをすっかり忘れている。

(攻めは受けをずっと好き。)


ありがとうございました!