あなたを抉る現実

・ファンタジー
・バイオレンス勇者×ビビリ魔王






俺は呼吸をするのも忘れ、突然視界の先に現れた男に恐怖を感じていた。


すぐそこには、金髪碧眼の綺麗な顔立ちの青年。
類稀な美貌を持っていること以外、一見、齢18程度の普通の青年にしか見えない。

しかし、突然現れたその青年に広間内は大騒ぎになった。


「また貴様か!!」


武器を引き抜き、今にも襲い掛かろうとする配下たち。
俺は慌てて制止の声をかける。彼らが『また』と言った通り、彼がここに現れたのは初めてではなかった。
一瞬で静まり返る広間。

立ち上がった俺を見て、おずおずと自分の持ち場に戻っていく配下たち。
俺は無意識のうちに生唾を飲み込んでいた。


「ありがとう。」


俺の行動に、軽く頭を傾ける彼。
さらに俺に近づこうとしてるのかコツ、コツ、と静かな大広間に彼の足音が響く。

そして、


「会いたかったよ、魔王様。」


彼は俺を見てにっこりと微笑んだ。
その綺麗な顔を赤黒い血で汚しながら。


・・・最悪だ。


「俺は別に会いたくない」

「…またそんなこと言って」

「ウワッ近寄るなっ!」


俺の苦手な血がベットリとついている手が俺に伸びてきて、俺は情けなくも悲鳴をあげた。座っていたやたらデカい椅子の背もたれに抱き付くようにしてその手から逃げる。

男はそんな俺を見てきょとん、とした顔をしたあとに嫌な笑顔を浮かべてきた。にやりとも、ニタリとも違う。うっそりと、が正しいだろう。


「本当可愛いんだから。67代目の魔王様は。」


不気味とも無邪気ともとれる笑顔は、俺をビビらせるのには十分だった。
恐ろしさを余計に際立たせているのは、この綺麗な顔面についている赤黒い血液だろう。

人間の齢でいったら18歳ほどの見た目なのに中身の残虐さと言ったら魔王の俺ですら平伏したくなるほどのもの。ぜったい平伏さないけど。

憎いし、怖いし、眩しいし。
俺はこの人とは絶対相容れない。
立場的な問題だけではなく。


「また、俺の…配下に手をかけたのか」


彼の右手に握られている聖剣を忌々しく思いながら睨みつける。この剣。この剣にいつも俺のお城の子達が傷ついていく。

この男は魔界にいてはいけない人間側の男だ。それなのに度々俺らの世界にやってくる。突然やってきて、俺を守ろうとして彼の前を阻む俺の部下を容赦なく切り倒して俺の前に現れるのだ。憎たらしい天界から授けられた圧倒的な力を持って。


「でも殺してないよ。殺すと魔王様悲しむから。」


俺の視線を追うようにして、彼も自らの剣に視線をやった。そのままピシャッと血を払う所作をして床にその血が散らばる。

俺はそれに顔をしかめながら、ため息をついた。
殺してはないけれど、傷つけてるんだろう。『それなら問題ないでしょ』といった感じの口振りが憎たらしい。だいたい、俺の子たちを殺していたらただじゃおかない。


「どうしてこんな事するんだ。俺らはもうお互い敵対しない決まりじゃないか」

「敵対なんてしてないじゃん。俺はこうして一人で来てるわけだし。」

「じゃあ何しに来てるんだ!」


所謂彼は『勇者』というやつだった。
彼の身体は不死身らしく、ずっとずっと何代も前から魔王と敵対している。彼の目的は『魔王を倒すこと』で、先代ともそれで戦っていた。

何故か俺の代になって、突然彼は平和協定とかいうやつを結んできたけれど。
理由はわからない。

そんでもって、お互いもう手を出さないはずなのに彼はこうしてここに来る。
声を荒げた俺に、勇者は疎ましそうに目を細めた。


「何って、お前に会うためだよ。お前が俺に会いに来てくれないから俺がわざわざ来てあげてるの。」


未だに俺に切りかかってくるお馬鹿ちゃんもいるから大変なんだよねえ、と言いながら彼は剣を鞘に戻した。

剣が動いたからビクッと身体を揺らしていた俺。
配下を馬鹿にされたというのに、俺はみっともなく顔の前に腕をクロスにしてガードしている。


「なにビビってるの…今の聞いてた?」

「えっ、あ?聞いてない。」

「本当ポンコツだなぁ」


勇者はハッと鼻で笑った。
…俺がまじでショック受けること言うなよ

彼の言う通り俺は歴代で一番ポンコツだった。
ビビリだし、血は苦手だし、ぼんやりしてるし、統率力もない。

だからこそ俺は、こんな俺にも慕ってくれる部下が大好きだし大事だ。

この人はそれをわかってくれない。


「人間、それ以上図に乗るなよ」


突然、俺と勇者の間に赤髪の男が割って入ってきた。
勇者の喉仏に剣先をあて、禍々しいオーラを放ってる彼。

俺の側近である彼は勇者の言葉に相当腹が立ったらしく、バキバキと足元の床が悲鳴をあげるくらい魔力を解放していた。俺も吃驚する。


「リティエム、いいから。」

「いいえ我慢なりません。」

「俺もう人間じゃないんだけどね」

「いくら不死身と言えどその再生能力が追い付かないほど刻削し続けてしまえばいい話だ。」


リティエムの言葉に勇者は笑った。
ふははっ、と高らかに笑う彼に、うわ、怖。と思う。


「俺の血を何滴見れるかもわからないのによく言えるね?」


そう言って喉仏に当てられている剣を素手で握る勇者。
ポタリ、ポタリと彼の手から流れる血が剣の柄から零れ落ちる。

う、痛そう…。

見てられなくて俺はリティウムに「やめて」と声をかけた。


「ですが」

「赤髪くんおめでとう。3滴も俺の血を流せたよ。」

「・・・。」


どうして、彼はリティエムを煽るような発言をするんだろう。
今ここで二人が戦い始めたら周りのこの部屋どころか周りの子達も危ない。

空気が一気に冷たくなったのを肌で感じながら「リティエム、俺のところ来て」と彼を呼んだ。…正直なところ、ずっと魔界の王と敵対し続けていた勇者は力量も場数の量も違う。リティエムはもちろん強いけれど、不死身の彼を倒せるとは思えない。

従順な彼は、剣を下ろし俺のところに来てくれた。
俺の足元に跪いて黙ったまま頭を下げている

はあ、俺が不甲斐ないばかりに。

優秀な配下まで馬鹿にされてしまう


「ありがとうリティ。」

「なにそれ、まるで俺が悪者みたい。」

「この世界にいる限り、お前はそうだよ」


人間からしてみたら彼は聖者だけれど、俺らからしたら悪徒だ。しかもたちが悪い


「暇つぶしに来たなら、もう帰って。どうぞ。」


彼に傷つけられた子達が心配だ。
椅子から立ち上がってリティエムに「怪我した子達の様子を報告して」と伝える。キッチリとした返事と共に姿を消したリティエムにふぅ、とため息をついた。一方的に傷つけられるのは腹が立つ。けれどここで手を出したらまた戦争の時代に逆戻りだ。それは防ぎたい。


「うわっっ」


ふと顔をあげるとすぐ目の前に不満そうな顔の美青年がいた。やはり、少し幼さの残る顔立ち。普通にしていたら、ただの人間にしか見えないのに。

そんな彼はいつの間にか剣を引き抜いて、それを杖代わりのようにして立っていた。
音もなく近づいてくるなよ…


「邪険にされるの好きじゃないんだよね」

「は?」

「お前が俺にそういう態度とるたびに部下を一匹殺してみようか。」


返り血と自分の血で汚れた左手を唇に当てる彼。
艶めかしい舌でそれを舐めとりながら、俺を見る。


「そうする前にお前を殺すぞ」


気がつけば、俺もリティエムに何も言えないくらい彼の挑発に乗っていた。
もはや、ほぼ本能的にと言っていい。

勇者の一言に頭に血が上る。心臓が大きく脈打つ。
俺の配下を殺すなんて、生きて帰れると思うな。


「いたいよ、メルヴィア」


その声にハッとした。
いつの間にか剣を抜いていたらしく、勇者の心臓を突き刺していた俺

彼は心臓を刺されているのに、笑っている。
苦痛など感じさせない、むしろ嬉しそうに俺を見ている。

気味が悪い男だ。


「メルもやっぱり魔王様なんだね、」


剣に心臓を貫かれたまま彼は俺に近づいてきた。ズチュ、と嫌な音がする。
俺と同じ目線か、少し低いか、拳一つ分の距離で彼は俺の目をじっと見てきた。碧色の綺麗な目だ。赤色の俺の目とは違う。


「…ごめん、」


ああ、だから嫌なんだこの人に会うのは。ポタポタと剣を伝ってくる赤を見ながら顔を歪める。

本能が『こいつを殺せ』と俺の理性を一瞬で消してしまうから。
俺の本能が一瞬で、むき出しになる。


「可愛い可愛い、いいんだよ、俺は死なないから。」

「俺の子達に命の危険が及ぶのなら本当に君を殺しちゃうよ、アルバ」

「じゃあ俺をずっと見てないとだね」


その綺麗な目に俺を閉じ込めないと、と言いながら血だらけの手で俺の顔を包んできた。ぬるりとした気持ちの悪い感触と血なまぐさい鉄の匂い。

最悪だ、と彼がこの城に訪れてきたときと同じような気持ちになった。
きっとわざと今俺の頬を汚している。グイ、と頬に指圧を感じて地味な痛みに手を払った。

嫌がらせをする天才なんじゃないかな。


「剣抜かないでよ、離れたくないんだから」


剣を抜こうとしたら、彼がまた素手で剣を握った。けれど、止めるのが遅すぎた。
スパッ、と切れてしまった彼の掌に顔をしかめる。痛そう。心臓刺しといてあれだけど。

というかさっき、『痛い』って言ってたよね。
痛みは感じるのに、よく今のこの状態を耐えられるな。


「だってほら見て、メルってば滅多に俺に剣を向けてくれないじゃない。ね、興奮するでしょ?」


…何言ってるんだこの人。
面倒になって剣から手を離した。手を離したことによって柄の方に重心が下がり、より傷を縦に広げることになる。「あっ、痛いっ、やっぱ抜いて」と間抜けな事を言い始めた。


「ねえメル、どうせこの後することないなら二人きりで話さない?」

「君に傷つけられた子の治療に専念する。」

「はあ〜?本気で言ってる?それでも魔王なの。そんな駒一つを労わる必要なんてなくない?」


うるさいなあ…。
俺はこういう性格なんだよ、と思いながらわざと剣を雑に引き抜いた。案の定「いってえ」と呻くアルバ。むかつく。


「俺と話したいなら今度から俺の子達を傷つけないことだな。そうすれば時間をとってあげるよ、酒ぐらいなら用意する。」


嘘だけど。
というかこの人もどこまで本気で言ってるのかわからないし。

明らかにアルバは俺を気に入っているようだけれど、彼の魂胆がわからない。
いつも飄々として笑っているから、本音の彼が見えない。

彼の血で汚れた剣を自分の袖で拭う。
本当…はあ、なんだかなあ。
俺絶対魔王って柄じゃないよなあ、わかってるんだけど、やめると言ってやめられる立場じゃないから。次世代の魔王様はまだ眠ってるし。でも起きたら、また戦争の時代に戻るのかなあ。


「今の本気で言ってる?」


今の?
ああ、時間を取ってあげる話のことかな


「あ?あ、うん」

「じゃあ今から俺がその子達治せば時間空けてくれるよね、ちょっと待ってて。」


は?


俺が聞き返す前にアルバは俺の前から消えてしまった。

え、な…、は?

俺がその子達治せば?
治しに行ったのか?今。

ストン、と椅子に座りなおして何なんだ、と思う。

いや治癒魔法とかは俺らより絶対アルバの方が得意だろうけれど…

任せていいのか?
リティエム呼ぶか?

いや、俺が行けばいいのか…。

そう思ってどっこいしょ、と立ち上がるとまた突然目の前にアルバが現れて腰が抜けそうになった。


「急に現れないでくれ」


てか首めっちゃ血で汚れてない…?


「おい、それ」

「これは赤髪くんに切りかかられて出た自分の。ちゃんと治してきたよ」

「リティは…」

「生きてはいる。」

「おい!」

「冗談だって、怒ると思ったから剣は使ってないよ、素手は使ったけど」


そう言ってみぞおちを指さすアルバ。
…ふと蹲ってる姿のリティを想像して心配になる

というか戻ってくるの早くない?
本当に治してくれたのかな


「…魔王様」

「リティ!よかった、心配してたんだ」

「俺って信用無いんだね」


跪いて現れたリティにホッとする。

アルバに関しては、俺の子達に平気で切りかかってる姿何度も見てきたから信用なんてもちろんない。


「アルバが治してくれたらしいね」

「ええ。突然現れたかと思えば気味の悪い呪文を使ってましたよ」

「え、治ってるの?」

「…一応、皆いつも通りに。」


それならよかった。
気味の悪い呪文なんていうから何かと…。

アルバをチラリと見ると、ほらね、とでもいうように笑っていた。
血だらけなのが気になる。


「魔王様、そのお顔はどうなされたのですか」

「あぁ、これは別に気にしないで…アルバの血だから」


今の俺も人のこと言えないか。
リティは顔を曇らせる。何かあったのか、とでも考えているんだろう。


「メル、約束だよね」


ああ、忘れていた…。

アルバの言葉にさっき言った事を思い出す。
二人きりで話だっけ。

リティに話したら余計心配させそうな内容だ。


「リティ、今日は俺もう自室に戻ってもいいかな。」

「はい、問題ありませんが…」

「アルバが俺と二人になりたいらしいから客室に連れていくよ。」

「はっ!?」


いつも冷静なリティが声を張り上げた。
突然立ち上がって俺とアルバを交互に見ている。


「な、何故そのようなことに、」

「丁度いい機会だから、俺らの今後の関係性をハッキリさせようかと」


敵対しているわけではないけれど、かといって味方でも友人でもない。
それなのにこの人は気まぐれに俺のところに訪れ城を荒らしていく。

今後のことを話し合うのにいい機会だと思った。


「反対です」

「お前ごときぺーぺーにそんな発言力ねえから」


リティの反対にアルバが笑った。しかもアルバはなんだかうれしそうにしてる。
アルバ、たのむからリティを挑発しないでくれ。

今にも剣を抜きそうになっているリティをどうにか説得するのに30分かかった。

さっさと帰ってくれないかな、アルバ。



あとがき。
()の年齢は人間的な見た目での年齢

魔王:メルヴィン(25)
髪:黒 目:赤 身長:180
魔界の子大好き。アルバ苦手、リティ頼れる。

勇者:アルバ(永遠の18)
髪:金 目:碧 身長:175
メル大好き、リティ邪魔

側近:リティエム(27)
髪:赤 目:茶 身長:185
メル大好き、アルバ死ね

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