絶望すらもきみと


美形バンドマン×独占欲強め幼馴染







「あれ、タトゥー増えてる。」


夜。
ふと、某音楽番組をテレビを通して眺めていたらある事に気づいた。ある人気バンドのボーカルの手首の変化。
一瞬だけ画面にうつったそれは、黒の小さなワンポイントタトゥーだった気がする、どんな柄なのかまでは見えなかったけれど。

今見てるこの番組は、ゲストのアーティストたちと雑談、のちに曲を披露、といったもの。今はその、手首に新しいタトゥーを彫った彼が、進行役の可愛いモデルと楽しそうに雑談をしてる。内容は好きな女性のタイプがどんななのか。俺は興味が無くて、…というか、聞きたくなくて、テレビから視線を外した。

すぐ隣には、つまらなそうにスマホを弄ってる幼馴染の横顔。いつみても綺麗なそれ。少し伏せられている目から覗く睫毛とか、高い鼻筋とか。
シャワーを浴びて乾かしたばかりのキャラメル色の髪がふわふわと柔らかそうで、ふと指を絡めてみた。少し痛んでるけど、指心地がいい。

俺のその仕草に、テレビに飽きたと思ったらしく幼馴染が口を開いた。


「見終わった?」

「……まだだよ、今、ボーカルのイケメンくんがモデルと話して楽しそうにしてるとこ。」

「楽しそうかぁ?」


俺の言葉に、幼馴染は顔をあげた。
テレビの画面の中では、ちょうど、イケメンくんが楽しそうに笑ってるところ。満面の笑み。
その様子に無言になる幼馴染。

…楽しそうじゃないか。


「他の番組にしね?面白くない。」

「まだ、新曲聞いてない。」


このくそつまらない雑談のあと、このバンドの新曲がきける。首を横に振る俺に、幼馴染は嫌そうな顔をするけどまたスマホに視線を落とした。
その時に俺の肩に頬を擦りつけてくる幼馴染。ふわり、とシャンプーの良い匂いがして俺はウッとなる。5日ぶりの、俺の好きな匂い。俺もこいつのシャンプー使おうかなと思うくらいには好きな匂いなのだけれど、こいつが「俺とは別なの使って」と言うから、渋々違うものを使ってる。こいついわく、違うシャンプーの匂いする方が、俺の匂いだから良いのだとか。…よくわからん。


「つかテレビじゃなくて、ライブに行けばいいのに。」


俺がこのバンドをどれだけ好きか知っている幼馴染は、こんな画面越しでなく、直接身に来いと言う。俺がこのバンドを好きになったのは出会った瞬間からで、確か…高校の時からだから、何年もずっと好きなまま。


「高校生の時はライブハウスに見に来てたじゃん」

「…今は、人気のレベルが違うよ。しかも、なんか、存在が遠すぎて」


から、俺はいつもDVDを買って、あと、そのバンドが出ているテレビを欠かさずに見る。録画も。人気が出てきて、ファンが増えてから俺はライブを見に行くのやめた。彼らに少しでも近づこうと手を伸ばしたり、感動で涙を零すファンたち。なんだかそれを見てから俺はライブに行く気が失せてしまった。何故だかは、わかってる。わかっているけれど、口にはしたくない。


「何言ってんの」


おかしそうに、幼馴染は笑った。勝手に感傷的になってる俺が馬鹿らしいのだろう。
むかつく。


「茅野にはわかんないよ。とにかく…俺は、映像で充分なの。あと映像だと顔よく見えるし。」


進行役のモデルさんですらうっとりしてしまうほどの美形具合。俺は男だから、この顔が好きでこのバンドを好きになったわけではないが、彼の心情をそのまま表したような表情を見るのが好きだ。そして、その声も。彼がつくる、曲も詩も、すべて。


「他の客に嫉妬でもしちゃうの?」


太腿に重みを感じてふと下をみると、茅野の頭が乗っていた。俺を見上げる茅野。本当、ずるいくらい整った顔をしている。そして、俺を見つめる緩やかな目。この目を、画面越しで見ても俺は心臓が締めつけられる。


「俺はいつでも、一人のために歌ってるよ。そいつはいつもその場にいてくれないけど。」


そう言って笑いながら、左手を俺の頬に滑らせた。お風呂上りで、温かい手。ついさっきまで、さんざんこの手で身体を触られたのに俺は飽きずにその手の感触に落ち着いてしまう。

頬を撫でられた時、ちらりと手首が見えた。黒のシンプルな十字架のタトゥー。…新しく彫ったやつって十字架だったのか。クリスチャンでもないくせに。


「そういや、新しくタトゥー増やした。どう?」

「さっき俺そう呟いたじゃん」

「あ、そうなの?気づかなかった。」


その時、テレビの茅野たちの映像が切り替わった。スタジオが変わって、ギターを持っている茅野。スッ、と息を吸って、あの柔らかい瞳が、画面越しに俺を見つめる。眩しい。今、何人の人たちがこの瞳に魅入られている事だろう。

さっき、茅野は『一人のために歌ってる』と言ってくれた。それは本当だろうか。

さっきの言葉が時間差で喜びに代わり、じわじわと俺の身体を温めていった。いいのだろうか。俺みたいな、一般人が、こんな眩しい奴を独り占めしても。

…といっても、
誰にも渡す気なんて、ないけど。



時々攻めが受けに対して、夜にひっそりベランダで弾き語りとかしてたらいいなぁ。 return