とじられた朝
元彼×逃げられない受け






「うわ。」


朝、偶然目に入ったテレビの占い。
曰く、俺の星座は今日最下位らしい。

残念 12位 と 横に書かれている俺の星座。

別に占いなんて信じていないし、いちいち真に受けるのも馬鹿らしいと思う。から、なんとなく眺めていた。

占い結果は『久しぶりの出会いに注意』とかいう出会い系の注意勧告か?とききたくなるようなもの。

占いは信じていないけれど、天気予報みたいなものなので『注意しろ』と言われたものにはなんとく意識するようになる。つまり今日の俺の天気は土砂降りレベル。どうやって回避しろと。


けれど夜には、そんな占いの事なんてすっかり忘れて普通に帰宅。
むしろ、家を出るときには忘れていたような気がする。
それぐらいに留めていた。


それなのに、
帰宅してあるモノを見た瞬間、その占い結果を思い出す羽目に。


"久しぶりの出会いに注意"
俺の今日の天気は土砂降り雨の日。


その言葉が、朝の女性アナウンサーの声と共に蘇る。



「お兄ちゃん、紹介するね」


そう言って妹が少し気恥ずかしそうに、俺を見た。
俺とそっくりな顔の一つ下の妹。それが頬を染め、女の顔に。

緊張からか無意識のうちに、喉仏を鳴らしていた。けれど、俺にしか聞こえない。

ゴクリ、と確かに鳴ったはずのそれは、妹の隣にいた男の声にかき消される。


「こんばんは。妹さんとお付き合いさせてもらってる佐々木です。」


妹に紹介して貰った人物は、簡単な自己紹介をしながら目元を緩めた。

黒髪で、少し癖のある長い前髪を横に流している彼。くっきりとした二重の目の下には、泣きボクロが一つ。微笑んだことにより、それが僅かに歪む。

こんな美丈夫、滅多にいないだろう。
少なくとも俺は、この男以上の顔の持ち主をテレビ以外で見たことがなかった。


その男の顔を見て、数秒、固まる。
が、妹の存在を思い出して、俺は慌てて口を開いた。


「あ・・・、兄の、…篠山です。どうも」


心臓が胸の中でパンパンに膨らんで、呼吸がしづらくなる。
なんとか、堪った息を吐き出すようないっぱいいっぱいの自己紹介。

俺の震えきったそれに、男は少し頭を傾けた。


「あ、篠山…、圭祐です。」


慌てて名前を付け足す。
名字だけだと妹と同じで彼が頭を傾げたのだと思ったから。

そんなこと、無意味だいうのに。
自己紹介なんて。

必要ない。


「佐々木さんはお兄ちゃんと同い年だよ。」


俺の緊張なんて露知らず、妹はその佐々木という男に甘い視線を向けながらさらに紹介を重ねた。俺と同い年。25。

「そうなんだ」と、わざとらしく相槌を打つ彼。妹に笑いかけながら妹を見下ろす。急に二人の世界になって俺は非常に居づらくなった。

もともとこの部屋は、妹とルームシェアをして住んでる2LDKのもの。
だから妹がいつ彼氏を連れてきてもおかしくない。

でも、事前に知らせて欲しかった。
そうすれば俺は、今日、このマンションに戻ってこなかったのに。


「狭い部屋ですが、どうぞごゆっくり。」


頭を軽く下げて、俺はすぐに自室へと向かった。
妹に悪いと思うけれど、余裕がない。

呑気な妹のことだから『仕事で疲れてるのかな?』とでも解釈するだろう。


男の方はどうだか知らないが。




ーーー




時折聞こえてくる妹の笑い声。
今は夜の10時。俺は部屋から一歩も出ていない。

妹に「ご飯一緒にどう?」と聞かれたけれど、遠慮した。コンビニ弁当を買っておいて良かったと心の底から思う。

何の話をしているかはわからないけれど、別に聞きたいとも思わない。
テレビの音量を少しだけ大きくして、ベッドの上に横たわりながら大きくため息をついた。


あの男。
佐々木という男。


あいつの、あの、人を見下すような笑顔が嫌だ。
それをうまく隠してるところも、他人にそう思わせないところも。

妹は、あんな男の、どこがいいのか。
あんな、顔だけの男。



「お兄ちゃん」

「うわっ」


突然ドアが開いて飛び起きた。
妹がドアの隙間からひょっこりと顔を出している。


ノ、ノックしろっていつも言ってるのに!



「お前、突然入ってくるなって何度いえば…」

「ごめんごめん、ねえ、お風呂どうする?先に入る?」

「お風呂?…あー、お前ら先に入りなよ。俺後ででいいや。」


つか待てよ。
お風呂、って。彼氏をこの家に泊める気なのかよ。

いや、いいけどさあ…。
それとも俺が気を利かせてどこかに行くべきなのか?


俺の返答に「はーい」と返事をしてドアを閉めた妹。
閉められたドアを確認してから、俺はもう一度深くベッドに沈む。


…どこか暇つぶしに行ってくるかな。
2時間くらいあれば、妹たちも好きなこと出来るだろ。


・・・恋人らしいこととか。


「・・・。」


やっぱり出かけようと思い、上だけ着替えて車の鍵とサイフを持つ。
この時間だから開いてる店なんて限られてるけどDVDレンタルとかファストフード店で時間を潰せばいい。


「瑠璃、俺出かけてくる」


リビングに顔を出して妹に声をかける。

が、妹の姿はなかった。


「妹ならシャワー浴びるってさ」


代わりに居たのは、佐々木。
スマホでも見ていたのだろう、それを片手に持ちながらソファに腰かけ俺に視線を向ける。


「出かけるの?この時間に」

「・・・。」


馴れ馴れしく話しかけてくるな。
俺は声を発するのも嫌で、無言のまま玄関へ向かう。

すると、後ろからため息交じりの空笑いが聞こえた。次いでソファの軋む音がして男が立ち上がったと知る。


「どこ行くの」

「…俺の勝手ですよね。2時間後くらいには帰ってくるんでお好きにしててください。」

「ふうん」


なんでついてくるの。
後ろに感じる存在に背中がぞわぞわしながらもどうにか平静を装う。

それでも男を無視して壁に手をついて靴を履いていたら、頭にふわりと違和感を感じた。


「っ!!」


撫でられた。


吃驚して頭を抑えると、佐々木が笑う。
俺が思っていたよりもずっと近くにいたらしい佐々木。
佐々木の甘い香りが、鼻孔を擽る。

驚いた俺を見て、満足そうな顔をした。


「さ、触らないでください」

「なあなんで敬語なの?他人のフリ?」

「フリじゃなくて実際他人ですから。妹はお世話になってますけど」


もたつく手でやっと靴を履き終わり、佐々木と距離をとる。
佐々木は俺より12cm背が高い。その上、段差があるから俺は佐々木を見上げる羽目に。俺を見下ろす佐々木。俺の言動が気に入らなかったのか少し目が細くなる。

それが嫌で、視線を外し逃げるようにしてドアノブに手をかけると「俺も出かけよー」と、佐々木が言った。


は?


「ちょっ、」

「いいじゃん、妹には俺から連絡しとくから」


反射で佐々木の胸を肘で押したが、腕をスルリと掴まれ俺は頭がパニックになる。
何を言ってるんだ
なんで俺が気を遣って二人きりにしようとしたのに、この男が俺についてくるんだ。

意味がないじゃないか。


「よくない、お前が俺についてくる意味がわからない」


顔を背けながら震える声でそう訴える。
頼むからこの手を外してくれ。

体が硬直して動かない。


「他人同士、仲良くなろうと思って?」


怯える俺に気づいてるのか気づいてないのか、手を外さない佐々木。
含みのある声色で、『他人同士』を強調される。
相当、気に食わなかったらしい。

続けて佐々木は、静かな声で俺に囁いた。


「瑠璃ちゃんさあ、実の兄が男と付き合ってたなんて知ったらどう思うんだろうね。しかも、今の彼氏と。」


佐々木の熱い吐息が、耳に当たる。
ドッドッド、と走り始める俺の心臓。

俺は、その脅迫じみた言葉に、頭が真っ白になった。

持っていた鍵とサイフを床にポトリと落とす。


その様子に、佐々木は笑みを溢す。
動けない俺の代わりに、落としたそれらを拾おうと佐々木がしゃがみこんだ。


「まだ他人ごっこする?圭祐」






ーーー




安心してよ、妹には手出してないから。



助手席に座って窓枠に肘をついていた佐々木が、静かな車内の中突然そう呟いた。

俺はその言葉の意味が一発で吸収できなくて、固まる。

…なんで余計に気が散るような事を言うんだ。
こっちは、隣の存在に死にそうになりながら運転しているというのに。


「ああ、でもキスはしたっけ。」

「そう言う話は、やめてくれ」


大事な妹の性事情とか、別に知らなくていい。
これからどうなるとか、そういうのも全部含めて聞きたくない。

すると、俺の心情を察したのか佐々木は再び黙った。
時折、佐々木のスマホが揺れるけれど佐々木は無視。

今も、スマホのバイブレーションが鳴っている。
…それは妹からの連絡じゃないのか。

なんで妹と付き合ってるのに、お前はここにいるんだ。

どうして。




運転を始めてから10分。
俺はもう限界で、近くのコンビニの駐車場に車を停める。


気持ち悪さすら覚えてエンジンを切ると「大丈夫?」と聞かれた。


お前が、それを、聞くのか。


「水でも買ってきてやろうか」

「・・・いや、いい。」

「そんなに俺といるのしんどいの?」


可哀そうに、とまるで他人事のように呟く佐々木。
そう思うならどっかに消えてくれ、と思うけれどそんな気を遣えるようなやつではないのはわかってる。俺を脅迫するような男だ。

俺はハンドルに身体を預け、おでこを当てる。


「おまえは、なにがしたいんだよ」


自分でも信じられないくらいか細い声。
疲れ切っている。
このたった10分で、死にそうなくらい。


「お前、今、瑠璃と付き合ってるんだろ。俺のことはほっといてくれよ。」


昔の馴染みで俺にちょっかいをかけてるのなら、やめてほしい。
俺は、お前と違って恋愛に強くない。
失恋は引き摺るタイプだ。


俺の発言に無言の佐々木。
きっと、弱弱しい俺の姿を見て口許を緩めているに違いない。

と、思ったけれど、俺の予想は外れた。



「あのさ」



すぐ耳元で声がした。
驚いて顔を横に向けると目の前に佐々木の顔。

店から洩れる光で僅かに映し出されているだけだけど、充分表情は読み取れる。

俺はその顔の近さに息を呑んだ。


「俺がお前を目の前にして放っとくって、本気で思ってる?」


俺の後ろのドアに手を置きながら苛立ちを表す佐々木。
ググ、と身体を俺に押し付けてきて、おでこがつきそうな距離に佐々木の顔が迫り来る。佐々木の甘い匂い。グラリと、視界が揺れる。


「俺が本気で、お前の妹を好きになったと思ってんの?」


顔を逸らそうとしたら顎を掴まれた。
痛いくらい強い力で。俺の視線を逃すまい、と掴む。


「全部外れだよ。全部手遅れ」


目元のホクロが歪んだ。
相変わらず、誰もが羨む顔を上手に使って微笑んでいる。

手遅れって。

なにが、手遅れ。



俺はただただその微笑みが怖くて、言葉が上手に出てこない唇を震わせる



「俺、こうみえて一途でさ、」



まあ執着深いとも言うんだけど。と、笑いながら俺の顎に置いていた指を唇に移動させた佐々木。
親指で、俺の下唇をゆっくりと、優しく撫でる。

不覚にも、その指先の動きに背筋が震えた。そんなの認めなくて、ギュッと目を瞑る。違う。ちがう。

こいつは、妹の彼氏で、
ただの元彼で、

今は他人で。



「もう逃げれないよ」


その言葉を最後に、俺は言葉を塞がれた。
身動きができない俺は、運転席の窓に頭がぶつかる。
それでも、佐々木はそんなの気にも留めずに俺を追い詰めた。

隙間ですら許さないかのように。
吐息ごと食べられる。


佐々木の熱を体内で感じながら、ふと、朝の事を思い出していた。

最下位の占い。
信じていなかった、それ。


明日の俺の天気は、どうなってしまうんだろう。


土砂降りか、

それとも。



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妹を使って兄を逃がさない攻め。

(なんで別れたのかとか、なんで受けが逃げてたのかとかは考えてないです。)