今日を留めて、忘れて
社会人の両片思い





本当に時々、

それこそふと俺という存在を思い出したかのようにそいつは俺に電話をかけてくる。

不定期に。
3日以内の時もあれば1ヶ月かけてこない時も。

そして決まってそいつはいつもベロベロに酔っていて、情けないことばかり口にするのだ。

今日のように。


『なあ、会いたいんだけど』


シラフだったら絶対口にしない甘い声色に言葉。愛して堪らない女に話すかのような声が俺の苛立ちを誘う。なんだその声は。なんだその言葉は。わかって使ってるのかそれは。

初めてこの電話を貰ったとき掛け間違いか何かなのではないかと思ったけれど確かに俺の名前を呼んだからそうではないと知った。

そうなると、尚更意味がわからないんだけれど。


「・・・あのさあ」


呆れてため息しか出なかった。
俺の言葉をきちんと聞いてるのか聞いてないのか、男はすぐに「んー?」と聞き返してくる。きっと、ヘラヘラとだらしなく口元を緩めているのだろう。

ほんと、人の気も知らないで。


「会いたいって、なに。なんなの。」

『そのまんまの意味だけど』

「じゃあ会いに来いよ。」


会いにきた試しがない。

いつもいつも、電話をしてきてくれたかと思えば酔っていて、しかも同じことを言う。元気?彼女出来た?出来ない?なら良かった。…なあ、会いたい。

そんな事を言って、俺を期待させるくせにその電話のあと会いに来てくれたことなんて一度もない。一度もだ。

もしかして会いに来るかもと、部屋の掃除を慌ててする俺の気持ちを考えたことあるのか馬鹿野郎。


「なんなんだよ、人に恋人の有無を聞いたり、会いたいとか言ったり。俺じゃなかったら勘違いしてるような内容だぞ」


ふと、胸に何かこみ上げるものを感じて慌てて首を横に振った。なに泣きそうになってるの俺。酔っ払いが移ったんだろうか。

落ち着け、と胸を抑えて息を吐き出す。あー、だめだめ。感傷的になった方が負け。酔っ払いの戯言なんて気にした方が負けなんだ。


『勘違いしろよ。』

「え?」

『俺、酔っぱらってるけど本気で言ってんだよ。』


…呂律も曖昧になってるのに、『本気』だなんて。
おかしな話だ。


「そうですか」


呆れすぎて他に何にも言葉が見つからなかった。


「そういうのは、シラフの時言ってよ」


そしたら俺はお望み通り勘違いしてやるから。もしかしたら、お前が俺を好きなのかもと期待してやるから。

だから、頼むから、
いたずらに俺を振り回さないで。



ーーー


切られてしまった通話画面を見ながら項垂れる。頬にピチャ、とコップ表面の結露によって机に伸びていた水滴がつくけれど気にしない。そんなことより、通話相手の事しか考えられない。

あきれ返った声だった。

きっとあの小綺麗な顔を苛立ちに歪めながら吐いたに違いない言葉。シラフの時言えと。まるで俺を相手にしていない。

…お前、俺がシラフであんなこと言ったら絶対引くだろ。ただの友人に、しかも同性に真面目に告白されでもしたら。絶対。


「…素面で言えてたら、とっくに言ってる」


お前に惚れた数年前のその瞬間に。


カラン、と空しく響く氷の音を最後に静かに目を閉じた。



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ネタはフォロワのいづた様より。