一緒に落ちてください
先輩×後輩(高校生)





俺の先輩は、どう転んでもただの先輩だ。
俺は彼にとって、ただの後輩でしかない。

どう転んだって。


「また難しい顔してる」


その声にパッと顔をあげた
俺の顔を楽しそうに覗くその表情に一瞬息が乱れる


ああ、どうして先輩は俺が考えてる時現れるの


「・・・うまく、ボール運べなかったんで」


適当に理由をつけて汗を袖で拭う

熱い

隣に先輩が来たせいかもしれない



「休憩中でも真面目ね。」



先輩はおかしそうに笑った
少し猫目気味の瞳がきらめいて見える

本当は練習に集中できずにあんたのこと考えてたなんて言ったら、どんな反応をするんだろうか


「あ、ねえ。今日練習終わったら公園行こう」

「えぇ…?」


急な誘いにすごく微妙な反応してしまった
そんな俺の胸板を軽くパンチして先輩はコートに戻る


「俺の命令は絶対だから」


んな馬鹿な
彼の捨て台詞に呆気を取られながら後ろ姿に見とれる

大きい背中に少し跳ねてる黒髪の襟足
無駄のない動きでドリブルしながら相手を躱すその姿
その姿に憧れを持ってたのにいつから俺はこんな事になっちゃったのかな





「先輩だけチャリとか…ズルいっすよ」


部活終わりでヘトヘトしているというのに、走らされた俺。
とはいっても、スローペースだし公園もそこまで遠くない。


「太一のためだよ」


何が俺のためだ。涼しい顔でニヤニヤして。
黒のTシャツから覗く、対照的に白い首筋と筋肉のついた二の腕。
先輩は、袖あるのが嫌いという理由でよく捲っている。


「ほら、アクエリ」

「あ、あざす…」


ポン、と投げられたアクエリはすでに一度開けられたもの。
成程、先輩と間接キスが出来るわけだ。なんてね。

遠慮なくそれをガブ飲みすると、先輩が「おい」と言った


「ざけんなよー。飲みすぎ」

「そうですか?」


少し首筋に垂れてしまったのを手の甲で拭いながら先輩にそれを返す
何が気になったのか、先輩は俺の首筋を見ている


・・・?まだ垂れているとか?


気になってもう一度首を触れようとした時には先輩は違う方向を見ながらアクエリを飲んでた。

その姿に、釘づけ。
バレないように目線だけ、そちらに向けておく。もう俺だめだな。末期だ。


「太一が飲んだせいでぬるい。」

「もともとですから」


俺にいちゃもんをつける目は意地悪い。

先輩に見られてるなら意地悪い目だろうが、なんでもいいけど。
先輩と一緒にいれて嬉しい!ってのを隠すので必死だ。


「太一はクールね」

「先輩は、…子供っぽい…。」

「ほお、言うね。そんな生意気言うのは100年はえーよ?」


そう言って、ニヤけながらドリブルを始めた先輩。
ダムッ、と重たい音を立てながら勢いよく先輩の手元にすっぽり収まる。


・・・ワンオンワン。
勝てる気は、全くしないんだよな、これが。



体格も、
体力も、
技量も、
何もかも負けてる。


気づいたら俺は、体が追い付かなくてぶっ倒れていた。


自分の荒い呼吸と、滝のように流れる汗
砂利の中に混ざる小石が肌を突き刺して痛かった。



「太一、もうギブ?」

「先輩に、勝てる1年なんかいませんよ!」


俺を見下ろして、楽しそうにハハ、と先輩が笑う。
少し弾んだ呼吸と、白い肌に流れる汗

少しずつ薄暗くなっていく空が、先輩を魅力的に映し出していた。



「俺にここまで張り合える1年は、太一くらいだな」


そう言ってシュートを入れては、また繰り返す。
先輩は、どれだけ練習してそこまでうまくなったんだろう。

身長とかは、多少遺伝があるけれど。



「上手くなれよ。」

「・・・え?」

「早く俺のとこおいで」


その言葉にドキリとした。
俺のとこというのは、きっと1軍のことだろう。

・・・くそ、こういう無駄にときめかすとこ嫌い。
嘘、好き。
好きなんだよね、本当、苦しくなる。


「太一と一緒にプレーしたら、ラクそう。」

「どういうことですか」

「きっと以心伝心できるから。」


以心伝心って・・・。
そんなこと出来るようになったら、大変だ。
俺の気持ちがバレバレじゃないか。


どんな顔すればいいかわからず、プイッと先輩がいない方に顔を背ける。


あー、きっと、俺いま砂だらけ。
頭も、腕も、足も、顔も。


「本当お前、俺の事好きね。」

「はっ!?」


し、しまった。
思わず過剰反応してしまった。


気づいたらすぐ横に腰かけてる先輩
俺の砂だらけの身体を手で払ってくれている


「好きだろ。俺の事」


先輩の顔が見えないから、ふざけて言ってるのか、気持ち悪がってるのかわからない。
どっちだろう。
でも、バレるわけがない。俺が先輩の事好きだなんてこと。


「何を根拠に言ってるんですか。」

「太一のことは、なんでも丸わかり〜」

「うわあっ!」


大きな影が自分に覆いかぶさった
目の前には、妖しく微笑む先輩。

俺の顔についた砂を払う目的なのか、頬をじっくり撫でられる


「な、何するんですか。」

「すごい汗」

「・・せ、先輩だって・・・。」


意識したらまずいと思った。
先輩の匂い、そして汗が流れる色っぽい首筋


「お前って、本当肌白いよな」

「えっ」


俺がよく先輩に思ってる一言を言われたからドキリとした
けれど、それは完全に俺に放たれた言葉のはず


「先輩の方が、白くないですか」

「まあ、俺の方が白いかも。」


わかってるのか…。


「でも、お前、色白くて細いってなんか不健康そうに見える」

「そうですか・・?」


なんで今この態勢でこんなこと話すんだ
もし、公園に誰か来たらまずい状態だぞ。


「そんなに外野が気になる?」


ん?と首を傾げる先輩
ああ、もう。
ひどい。俺をこんなにグラグラさせる先輩はひどい。


「なんでそんな切ない顔するの」

「…してないです」

「顔が赤いのは?」

「さっき激しい運動したから。」


俺の受け答えに「なるほど」と先輩が呟く


「本当、太一は可愛いね」


俺よりずっときれいな顔をしている先輩に言われてもな。
部内で女装しても一番ましだって思うのは先輩だって言われてるじゃないか

そもそも、可愛いって・・・何をみて思ったんだ


「そうだ、コンビニに行こう」

「はあ??」


・・・もう、
いちいちリアクションをする俺が馬鹿らしく感じてきた。

この人はコロコロと行動を変える
可愛いって言った事に対してもう何も無いのかよ。


「ほら、太一、立って」


差し出された手を掴んでどうにか立ち上がる
俺はきっと今不満げな顔をしているだろう


自転車の元にさっさと一人でいってしまった先輩をジロリと睨みながら、尻についたであろう砂を払い落とす


「先輩、俺汗うざいんで水被ってきていいですか」

「えー?ああ、じゃあ俺歩いてコンビニ行ってるから自転車乗りな」


なっ!


まさか置いてかれるとは思ってなくて唖然としながら先輩の後姿を見る
まあ、そうだよな。先輩はそういう人だ。

くっそー!と思いながら、Tシャツを脱いで頭から水を浴びる
あの人のマイペースには、結構振り回されてたけど、今回は何回目だ。

・・・でも自転車置いてく当たり優しいよな。


「・・・。」


いや、キュンてしたら負けなんだよね。
でもしちゃうんだよね俺馬鹿だから。

はあ、それにしてもさっきの先輩は、何だったんだ。
突然俺の事好きだろとか、そんなこと聞いてくるか普通。

さすがに危なかったな。
それとも、本当にバレてるとか?
それだったら怖すぎ。


・・・まあ、いいや、とりあえずさっさと先輩を追いかけなければ。

急いでタオルで濡れた部分を拭き、自転車に乗る
髪から滴り落ちる水が、風によって冷えてくれて気持ちいい。


コンビニにつくと、先輩が丁度店の外に出てきたところだった。

田舎のコンビニだからか、人は少ない。
夕方なのに。


「先輩ってどうしてそうもマイペースなんですか」

「それが俺だからだよ」


とめられた自転車の上にまたがる先輩。
俺は仕方ないからその隣に腰かけた。
コンクリートはまだ温かい。


「太一の方が涼しそう。」

「はい、とっても。」


目を柔らかく細めながら、アイスを口に運ぶ先輩
・・・これが食べたかったのか。

シャクッといい音をたてながらおいしそうに食べるその姿は、こちらの食欲を誘う


・・・俺も買ってこようかな…


「太一、ちゃんと髪乾かさねえとダサイぞ」

「あ。」


確かにびしょ濡れのままコンビニ入るのもな…
先輩に諭されてしぶしぶ頭を乾かす


仕方ないから、先輩の顔を見上げた

先輩は、ぼんやりしながら前を見ている


・・・何を考えてるんだか。


「太一」

「はい?」

「立って」


立つ?
なんで?

不思議に思いながらも先輩に従うのは反射だ。

チャリに座ってる先輩は、もちろん俺より目線が下



「俺を見下ろすなよ」

「ええ・・・?」


そんな事言われたって…
確かにいつも俺は見下ろされる側だけど…

どうすればいいかわからずに、とりあえず中腰になる。
目線は、大体同じくらい


何がしたいんだ、先輩は。


「アイス食う?」

「え、あ、食べたいですね。」


先輩が、顔の横でソーダ味のアイスをチラつかせた
どこか楽しそうに、先輩が微笑んでるのは謎だ。玩具を発見した猫が、目をキラキラさせるそれに似ている。


しかし、そこはやはり先輩。

俺に食うか、と聞いてきたくせに、最後の一口をパクリと食べてしまった。


「えっ?」


さすがの俺もびっくり。

けれど、さらに驚いたことに、先輩が俺の頭をひっつかんできた



!!?



引き寄せられるがままに、身体が傾く
咄嗟に踏ん張ろうとしても、身体を支えてくれるものはなかった。



えっ

これは

まずい、ぞ





その0距離に圧倒されていると、唇にヒヤリとした何かが当たった


先輩の、唇だ。


「〜〜〜っ!!」


俺の唇を無理矢理こじあけ、俺の舌に絡んできた冷たくてやわらかいもの。微かに香るソーダの匂い。


舌が、

先輩の舌が、俺の舌に。



「ッ、んん…」



キスに不慣れな俺は、どんなリアクションをとればいいかわからず、とりあえずといった感じでくぐもった声が漏れた

いまここで先輩を押し返したら先輩が倒れてしまう。自転車とともに。そんな事は、出来ない。

息もうまく吸えないし俺はこのまま窒息死してしまうんだろうか。それもいいけど。

しかし、そうなる前に先輩が離れた
俺の頭を掴んでいた手の力が緩む

その時、改めて先輩の手の大きさを知った。



「どう?どんな味した?」



先輩が最初に口にした言葉は意味の分からない事で。

ど、どんな味?


「わ、わかりませんでした」


先輩後輩の立場のおかげで、馬鹿真面目に返答する俺。
普通なら怒るところなのかもしれない

でも、それよりも驚きの方がデカすぎて頭が追いついていっていない。
味だって、いきなりの上に先輩のベロが冷たすぎてわからなかったし…

そんな俺に先輩が笑った


「怒らねえのな」


・・・やっぱ、ふつうは怒るところなんだな。


でも、どうなんだろう、男同士でふざけてキスするのはよく聞くし、ここでマジでキレても逆に怪しまれそう


・・・だめだな、俺がこんな感情持ってなければ何も考えずにありのままのリアクションができたんだろうけど…。


好きな人にキスされて、いやなわけないじゃないか。



「先輩は…俺とキスして、色々減っちゃったんじゃないんですか。」

「なんだそれ。」

「いや、ノリだとしても…先輩のキスは価値高そうですし」



何言ってんだ俺
先輩のコメントが的を射てすぎて、本当なんだそれ状態。



「ノリじゃねえよ。太一にキスしたくなったからキスしただけ」



・・・。

なんつった今この人。



「え?」




間を置いてから、聞き直した。

俺の願望が勝手に脳内再生されたのかと思ったから。

そうとしか、考えられない。



けれど、先輩が、意地悪い笑顔で



「もう一回いうべき?」



と聞いてきたもんだから、妄想じゃなかったと知る。



「いえっ、一度で、いいです……」

「なら良かった。さすがにもう一回いうのは恥ずいわ。」


「・・・。」



…なんだこの状況…。


俺が黙ったおかげで、先輩も黙る。
静寂の続く、空間。遠くでヒグラシの鳴き声が響いてる。

俺は先輩の言葉の意図を捉えようと無い頭を必死に使っているのに、この静寂が逆に俺の気を散らした。

とりあえず、座ろう。
けれど先輩もチャリから降りて俺の隣に来た


…いやいやいや
今気まずいから隣来ないでほしいのに、何故わざわざ隣に来る。


一気に左側が熱くなった。
午前の部活の時と同じだ。

やっぱりあれは、先輩が隣にいたから熱かったんだな。



「だんまり決めこまないでよ」


…何話せばいいんだ…

どうしてキスしたのかは聞いたし。
・・・キスしたくなったってどういう事なのかは、聞きたいけれど



「き、キスしたくなったって…どういうことですか。」

「そのまんまだけど。」

「え」

「え?」




わからない。

先輩の考えていることがわからない。



先輩の猫目の奥を覗き見るが、先輩の気持ちが読み取れるわけではなく
逆にその瞳に吸い込まれそうになって、慌てて顔をそらした


が、先輩はそれを見逃さず。



「太一」

「・・・なんですか」

「俺はお前が好きだよ」



小さく先輩が笑った。

突然の告白。



耳を疑った

でも、先輩が流れるように再びキスをしてきたから、素直にその意味を理解した


先輩が俺を好き
そして俺は今キスをされている。

先輩は、きっと俺の気持ちを知っているんだろうな。

キスをされながら、ドクドクと鳴っている心臓を抑えて先輩を覗き見した。長い睫毛。綺麗な肌。少し乱暴なキス。



まさか、こんなことになるとは。

こんな、いつ人が見ているかわからない場所で、

男子高校生2人が、キスをしている。
お互い拒む素振りすら見せず。

もはや、ただの先輩でも後輩でもない。
俺が転んでみた先は、とんでもない関係だったようだ。






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高校生と夏、ってのは、
これ以上に無い最高な掛け合わせだと、私は思ってます。
※この話は前サイトから持ってきたものです。