壊された嘘も忘れて
浮気相手×片想い




彼は嘘つきだ。
俺を大して好きでもないのに、俺に「好き」という。
情事中の雰囲気を盛り上げるだけの言葉で、中身は空っぽ。

だから、俺は絶対期待したりしない。



それでも心が揺れる俺は、なに。



「倉井は、彼女いるんだっけ」



今更な事をこいつは聞く。
俺らは何度も体を重ねたというのに、その質問は初めてだった。


「…いないよ」

「じゃあ彼氏は」

「・・・。」

「……へぇ、まじか。」


無言になった俺の返答を理解したのか、彼は驚いたような、けれど興味なさそうにそう呟く

実際は、彼氏といっていいのか危うい存在だ。
彼も浮気している。俺もこうして浮気している。
お互い心があるかは謎だけれど、一応、付き合ってはいるはずだ。

久々に会えば、俺を乱暴に抱く
そんな男。


「あぁ、だから俺に家を教えてくれないわけか。」


……それもあるけど。
それだけじゃない。


「斎藤だって、いるんじゃないの」

「俺が?まっさか!いるわけないじゃん。」

「……そう。」


いないのか。意外だ。
いや、納得できると言えば納得できる。
遊び相手なんて選り取り見取だ。
それほど、こいつは顔が良い。


「でも倉井に恋人いたのは驚きだわ。なに?俺は浮気相手ってこと?」

「…うん」

「ははぁー。倉井も大人しそうな顔してやるのね」



首筋を指でくすぐられ、それに顔をしかめながら手を払い落とす
そのままタバコを取り出して口にくわえた。


「それもギャップ。」


俺にライターを渡しながら笑う斎藤
タバコは、恋人が吸ってたから俺も吸うようになった

ハマると抜け出せない。
ないと苦痛でしかたない。
……何かに似てる


「斎藤は吸わないのか?」

「俺タバコ無理だもん。煙とか。」


その言葉に思わずタバコを落としそうになる。
そ、そうなの…?


「悪い、俺知らなかった」

「いいよいいよ。ほら灰皿」


それに慌ててタバコを押し付けると斎藤は吹き出した


「ちがくて、気にしないで吸ってってことだよ。」

「だって、お前、タバコ…」


無理なのに…
無理なのになんで家に灰皿あるのかも謎だけれど

俺、こいつの前でいつもタバコ吸ってた
そのあとキスされたりもしたのに


「大丈夫だって。もう一本吸いな。」

「……いや、もういい」

「あー…なんかゴメン。俺本当大丈夫だって。むしろタバコの匂いするとお前が居たって証拠になって嬉しいし」


…なに言ってんだこいつ。
いつもの甘い言葉に、熱があがりそうになるけど自制する
こいつにとっては、どうでもいいものだから。


「俺もタバコ吸ってみようかな」

「やめといた方がいいよ、抜け出せなくなるし。俺も後悔してる」

「どうして吸おうと思ったの?」


・・・。
こんな事恥ずかしくて、言いたくない。


「………恋人が吸ってたから」

「…ふうん」


まあ、そんな反応が妥当だろうな。

今となっては、本当、馬鹿だと思う。
そして俺は結局、恋人ではなくて他人に心が傾いてる

俺はきっと恋愛運がないのだ。

だから、絶対この気持ちは悟らせない。
絶対に。



そんなことを考えてたらキスされた
顎を掴まれ、しかたなくそれを受ける

舌が軽く絡んできた程度で終わったそのキスに眉を寄せると、斎藤は小さく笑った



「されるがままだよね、いつも」

「……俺が何か拒んだり望んだらメンドイって思うだろ」

「思わないよ」


どうだか。
切り捨てられるくらいならお人形さんの方がマシだ。

斎藤は、どうせ、予備なんていっぱいいるんだし
どうして俺が未だに関係をもってもらってられるのか謎なくらい。


「すごく疑ってる顔してるね」

「そりゃあ。」

「俺言ってんじゃん、倉井の事好きって」

「どうせ他の子にも言ってんだろ。」


斎藤の言葉を本気にする方が馬鹿だ
いや、女なら本気にするかもしれない

でもただでさえ危ない恋愛を送ってる俺が、人を疑わない方が難しい
本気にするだけあとがツラい


「なぁーるほど。そうか。それは心外だな」


楽しそうな声に、そちらを見ると笑ってる斎藤がいた。
……何が心外だよ。

俺の手元からタバコの箱をとる斎藤
何をするのかと顔をしかめていると、斎藤が一本タバコを奪った



「俺大事なことを言葉にするの嫌いな人間なんだよ。照れ屋だから。」

「何いってんだか。」

「ほんとほんと。」



だからいつも言葉の中身空っぽなんじゃないのか。
嫌いなら、喋んなきゃ良いのに。

俺の恋人は、言葉になんかしない人間だったけど。


心にない言葉を言って期待させといて捨てるのと、
心にない言葉は言わず期待させないで捨てるの

どっちが楽かなんて、きっと後者。
きっと喜んだ分の代償は、大きい。


そんな事を考えていたら、ライターの火をつける音がした

え。



「にっが。」



口許を歪めて、心底嫌そうな顔をしてる斎藤を見てギョッとした。
タバコからは紫煙が浮かんでいて、斎藤は完璧にタバコを吸ったのがわかる


苦い、と言ったのに再び煙草を口につけた斎藤の腕を慌ててつかんだ



「嫌いなら吸わない方が良いって…!」

「本当そうだよね」

「ッ…ん」



唇を合わせられ、タバコの苦味が口に広がる
煙が軽く気管にはいって噎せるが、唇を離してくれない


「んぐっ、ん゛……ッゴホッ、はぁっ、ハァッ…」

「倉井にいい事教えてあげる」


咳き込む俺の背中を怖いくらい優しく撫でながらそう言う斎藤

いいこと…?きっとロクな事じゃない
それでも耳を傾けちゃうのは習慣。


「俺って、家に人いれる事って滅多にないわけ。」

「……」

「その上、吸いもしない灰皿を置くなんて、誰のためだと思う?」


よく考えてみなよ、と斎藤は静かに笑う

タバコを灰皿に押し付けあいた手で俺の顎を掬ってきた



「俺が他の人間にそんな事する訳ないだろ」



その言葉に息が詰まりそうになった。

これは、いつもの嘘かもしれない。
でも、それでも、この強い視線から逃げることが出来ない。笑えない。

何を考えてるの斎藤
俺に期待をもたせても、メリットなんてないだろ。



「もう一度言ってあげるよ、倉井。」


何を、と声を発そうとしたら喉仏を押された


……な、に…



俺の喉仏を行き来する親指に寒気がする

言葉を発せないまま、俺は斎藤を見つめた




「好きだよ」

たまには、倉井も俺にそう言って。





身を焦がすような斎藤の声が、俺の体に巻き付いた。








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浮気相手が好きだと言えない受けと、
遊んでるように見えて、受けを愛してる攻めの話。

※この話は前サイトから持ってきたものです。