透明傘 | ナノ
2


「………塩素くさい」

「え。」


ソファで寛いでいるとき、突然湊さんが俺にそう言ってきた
俺の隣に腰掛けて、第一声がそれ。


「…今日プールだったから」


やっぱ家に帰ったらすぐシャワー浴びるべきだったか?とクンクン腕辺りをかいでみる
………わからん


「え、お前プール入ったの?」

「入るっつーの。当たり前だろ」


去年はちょっとアレだっただけで…。俺だって普通に授業は受ける
すると、湊さんがちょっと苦い顔をした
?なんだ?


「双葉泳げねーんじゃなかったっけ」

「泳げないつってサボってたら体育赤点だわ」

「あー、そうか。そうだな。」


…何考えてんだこの人。


「どうだった?」

「んー、今日が初めての水泳でさー、はしゃぎまくっちゃって。」


水ガブガブ飲んじゃった、と笑うと湊さんも笑った


「しかもさ、みんなして俺の事モヤシつってくんだぜ?多少筋肉ついてっからって威張るなっつーの。」


特に松本。あのキチガイじみた笑い許せねえ。


「笑われちゃったんだ。てかそんな身体見られるもん?」

「そりゃ見るだろうが。上半身裸だぞ」


…もしかして普通の知識抜けてんじゃないだろうかって思うほどのリアクション振り
ボケてんのか?


「緑川だって十分ほっせーのによ…俺と違わねぇくせに…」


ウッウッ、と嘘泣きをしながら緑川のくそやろう、と罵倒する
その言葉に湊さんは軽く笑いながら俺の服の裾を掴んだ


「お前そんなねーっけ。腹筋」


そう言いながら服を捲る湊さん


「え」


……突然の事で理解できなかった
ペラ、と捲られ空気に晒された腹

が、自分の服が捲られてると自覚したその瞬間、
電撃を食らったかのように俺の体が固まってしまった

………別に男同士だし、男同士、
なのに?


「………っ……」


全身に熱が走った


「?、?」


なんでだかわからないまま、何の反応もすることが出来ずに湊さんを見る
なん…、え?なんだこれ


「あー…まあ、」


ツツツ、と撫でられる俺の腹
いつもなら怒鳴って殴って逃げるという行動パターンだったが、いかんせん体が動かない

むしろ、その熱い指に触れられ体が震えた

くすぐったい?

だったらなんで俺は笑わない。
なんで声を我慢しているんだ。

なんか、
俺、




「筋肉つくの一歩手前って感…………」


すると湊さんも何かに気付いたように動きを止めた
ハッとして湊さんの目を見ると、俺の顔を見て目を見開いていて

ピラリ

腹の上にまた布が戻ってきた

………やばい、

咄嗟に頭を過ったのはその言葉

絶対変に思われてる、俺、だって、顔赤いかもだし、
心臓うるさい

何か言おうと口を動かすがハクハクと声にならない息が溢れるばかり

あれ、俺、いつもどうやって声だしてんだっけ?
今息してる?

つか、俺、どんな顔してんのー……

「ふた………」

湊さんが俺に声をかけようとしたとき、


「っ!」


机の上に置いてあった携帯が着信を知らせた


な、

ナイスッ!!!!


「俺の!」


そりゃあもう大喜びで携帯に飛び付いた
そのまま携帯を拾ってベランダに出る


誰であろうと、電話してきたやつは救世主


「はいっ、もしもし!」

『あ、加賀〜?俺だけどー!』


テンションの高い声

………松本だった。


「…おう」

『あれ、一気にテンション低くなってねお前。』

「んなことねーよ。何のようだ。」


ここは正直にその通りだよと言うべきだったか。
ため息をつきながら一応否定をしてやる


『あ、そうだった、この前言ってた勉強会さぁ、どうする?泊まりでやる?』

「…え、いいの?」


泊まりこみ?


『土、日だし俺の家は別にいいぜー!』


そっか、もうテスト一週間前切ってたのか
泊まり…。

俺が色々考え始める間にもベラベラ話してくる松本
俺は適当に相槌を打ちながら家の中を見た

家の中と違って人の声や車の音がする外
おまけに生ぬるい風が気持ち悪い


『おい加賀聞いてんのー?』

「聞いてる聞いてる」


嘘。ほとんど聞いてない。
頭の中をしめるのは別のこと。

……さっき、俺の身に一体何が起きたんだろう

こんな事、前にもあった気がする
法事の日の夜の、俺が湊さんの上に倒れちゃったとき

……あれかな。
突然の出来事に慌てまくってああなったのかな。つか冷静に考えたら湊さんあれセクハラじゃないか。勝手に人肌見るのってどうよ。 しかも触ってきた。いまだにその部分がジリジリ熱い

ソファに座っている湊さんを見てみると、何か考え事をしているらしく俯いていた。

あんなことしたし、俺に殴られるとかおもってんのかな。
期待に応えてやろうじゃないか。

俺は今普通だ
いつも通りだ。

心臓も暴れてないし。


(…………あんなの、ただの一瞬の焦りだよな)


松本の長いお話に耳を傾けながら勝手にそう決める

というより、無理矢理思い込んだ。



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bkm