透明傘 | ナノ
1


今日は一年ぶりくらいに水着を着た。

学校のプールに入ったのは二年ぶり。
去年は湊さんに連れてってもらった海の時に着た一度だけ。

海に行っても、泳ぐことはなかったのだけれど。


「加賀は笑っちゃうくらい泳げねぇのな〜」


俺が今気にしていたことを、となりで松本がゲラゲラ笑う
苦手なことを笑われるのは腹立たしいが、腹の中に溜まった水が苦しくて怒鳴る気力もなかった。


「…うるせえな…」


代わりに出たのはぐったりとした声色
塩素の臭いがプンプンする髪をグシャグシャしながら机につっぷした


「あんなにプール行きてえーって言ってたからすげえ泳げんのかと思ったら…」

「あのな、雰囲気ってのは大事だろ?」


その場のノリだっつーの。
だいたいあれだし…浮き輪あれば泳げるし。

そういや去年も、この事実を知った湊さんに鼻で笑われたっけ。あの時は怒る余裕なんてなかったけれど、今思うとすごいむかつくな。殴ってやりたい。


「んなこと言ったら緑川だってそうじゃん。あいつ泳いでねーで端で浮いてただけじゃん」

「俺は泳げるけど面倒くさくて泳がなかっただけ。」


くそ、俺もずっと浮いてりゃよかった!
しれっという緑川がなんだか腹立たしい。


「あとあれだよな〜。加賀のモヤシさに俺はびっくりしたね。」

「もっ…!」


モヤシってどういうことだ!


「ヒョロ〜ってしてさ。俺ちゃんとみてねぇからわかんねぇけど、お前肋とか浮き出てたりすんの?」

「そこまでじゃねえ!」


俺そんなにガリガリして見えんの?嘘だろ?


「つか緑川だって見た感じひょろいじゃん」

「お前ほどじゃねえよ」

「ま、松本だって…」

「俺は筋肉がついてますー」


……確かに松本腹筋割れてたな………

俺の抵抗もむなしく終了。

モンモンと出てくる松本の筋肉が綺麗についてる体
俺みたいに真っ白じゃなく、ところどころ日焼けをしていて健康そうだった

・・・。


「俺は筋肉つけたくてもつかねぇんだよ…!」


悔しくて机をダンッと殴る
そんな俺を見て松本は「ヒャーッ」と変な声を上げて笑った
うるせえな!
努力か!努力が足りねぇのか!


「加賀が筋肉ついたら変だからそのままで大丈夫だろ」


……緑川まで湊さんみたいな事言ってるし……


「つけてぇな…格好よくなりてえ」

「格好よくなってどうすんの?」

「……別に」


確かに格好よくなってどうすんだろうな。
モテたい?
……いやいやいや…


「湊さんも体引き締まってるんだ、俺もあんな風になれればなぁ」

「まあイケメンだからな。」


…その理由付けはどうかと思うけど


「つか ぜったい湊さん高校生活超エンジョイ!だったよなあ。モテモテ?彼女とっかえひっかえ?」


いいですねぇ〜と二人で声を合わせてふざける緑川と松本
その話に先日湊さんが言っていた事を思い出した

あー…


「いや、湊さん彼女一筋だったらしいけど」

「「え」」


俺の言葉に二人の動きが止まる


「……ぜってーモテんのに一途ってすごいな」

「…俺も最初は思った」


でも湊さんらしいっちゃ、湊さんらしいけど。


「きっと彼女も美人だったんだろうな」

「な。」


そして、俺が以前思った通りのことを二人は呟いた
やっぱそう思うよな。

顔も中身も申し分ない湊さん
きっと彼女さんもそれに釣り合った人だったんだろう。


「少しだけでもいいから、俺も………」


ここまで呟いたところでハッとして、言葉を止める


「?」


突然話を止めた俺に不思議そうな顔をする二人
(“俺も”……?)


「………いや、」


俺、今何を言おうとした。

何か、気づいてはいけないような気がした。
から、反射的に言葉を繋ぐのをやめた。


“少しだけでいいから、俺も湊さんと釣り合えればいいのに”

………なんで俺は今、こんなことを思ったんだ


ギシリ、と
心臓が嫌な音を立てた


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bkm