!Attention!
・バレンタインデーネタ
・本編と一切関係なし
・同棲中
以上を踏まえてお読みください。
===========
まだ外が明るくなる前に俺はこっそり布団から抜け出した。
隣にはゆっくりと、そして静かな息遣いのまま夢の世界にいる愛しい人。俺の頭の下に敷かれていた腕が、重みが消えたことに気付かないように、俺は息を殺したまま冷たいフローリングに降り立つ。
…寒い…。
2月の中旬。
雪は降っていないとは言え、朝方は真冬のように寒い部屋の空気に、肩を1回震わせてしまう俺。ぼんやりとした頭を叩き起こすため、部屋を出た後向かったのは洗面所。朝の簡単な身支度を終わらせたのち、朝食には早すぎる時間帯にも関わらず俺はキッチンと向かい合った。
AM5:00
隣の部屋にいるとはいえ、物音を立てたら起こしてしまう気がして可能な限り気配を消しながら、着々と用意を始める。
こんな朝早くから何をやってるんだ、となるかもしれないけれど、この時間じゃないと俺の目的は達成できる気がしなかった。
今日はバレンタインデー。愛しい人と愛を祝う日。
一般的にはチョコだとか、お菓子、花束だとかを愛しい人に贈る日である今日は、俺的には気合を入れたい日でもあった。
サプライズかつ誰よりも早く侑くんにチョコを渡す。
そのために俺はこんな朝早くに起きてこそこそキッチンに立っているのだった。
俺の恋人でもある侑くんはそりゃもうモテる。当たり前だけど。
中・高の時は同性しかいなかったが、大学生になって女の子と一緒の学校生活を送っている彼の様子を見る限り、とにかく女の子が放っとかないのだ。大学は違うから、実際は毎日目にすることは無いのだけど、大学に遊びに行ったりした時いつも女の子たちから熱い視線を浴びていた。侑くんは女の人の影を仄めかさないから、完全にフリーだと思われている。
だからこそ、一番最初にチョコをプレゼントしたかった。
女の子は絶対侑くんにチョコを渡しに行くし、なんなら手渡しとかせず大学のロッカーにぶちこむ可能性だってある。
本当は貰わないで欲しいけど、そんな器の小さい嫉妬深い男にはなりたくないので、口には出さない代わりに、自己満で済ませることにしたのだ。俺が一番最初に渡したのだと。
いやぁ…俺って本当、情けないっていうか…
侑くんが浮気なんかするわけないってわかってるのに、嫌なものは嫌だから仕方ない。どうすることも出来ない。
作業を進めながら、心の中で自分にうんざりしてしまう。
独占欲というのか、昔からそれは激しかったけれど、今は少し大人になったせいであからさまな態度を出さないようになった分、ネチネチ野郎になった気がする。表には出さず、心の中でモヤモヤしていることが多い。
そして侑くんはそんな俺を気遣うのだ。
俺が不安にならないよう、誠実な態度で、ストレートな言葉を包み隠さず俺に囁いて。
侑くんには全てお見通しなのだろう。
どっちが兄なのか、わかったもんじゃないな。
***
甘いものを好まない侑くんには、甘さ控えめのココアフィナンシェとトリュフチョコを作ることにしていた。
チョコレートは勿論ビターな物をつかって、コーヒーとかとも合うように味を調整する。
フィナンシェにはナッツを入れたりしたものも用意した。たぶん、どれも甘ったるくないはず。
オーブンで焼き上げ、あとはフィナンシェもトリュフも冷蔵庫で冷やすだけ。
気付けば窓の外は明るくなっていて、時計をみると朝の8時前だった。
のんびりやってたから意外と時間かかったな、と思いながら後片付けをしようとしていたところで、寝室のドアが開いた。
えっ
音の方を振り向くと、顔を手のひらに埋めたまま下を向いてる侑くん。
項垂れていてあきらかに眠そうな様子。そりゃそうだ、今日は講義が3限から、という理由で昨日は夜更かしをしていた。本来ならまだ寝てるはずの時間なのに。
「おはよう、早いね侑くん」
いつもよりずっとゆっくりした動きで俺に近寄ってきた侑くんは、そのまま俺の目の前までやってきて肩口に顔を埋めてきた。
温かい侑くんの頬が俺の首にぴたりとくっつく。
ね、寝ぼけてる…!
破壊力えぐっ!
朝から刺激が強すぎるそれに、身体がガチガチに固まっていると、侑くんが口を開いた。
「……、今なんじ」
絞り出すような、掠れ切った侑くんの低い声。
温かい吐息と共に俺の首筋をくすぐるようなそれに、身体が僅かに震えてしまう。それと同時に時間も確認しないでベッドから出てきたのかと驚いた。
「今?今は8時前かな…。まだ寝てて大丈夫だよ。10時に起こしてあげるから」
だらんと垂れさがっている侑くんの腕に触れながら、部屋に戻ることを促すが、侑くんはそれに応じず、ゆっくりと顔をあげた。
侑くんの髪が俺の首をくすぐる。それに身を捩っていると、侑くんはまた小さく呟いた。
「…甘い匂いがする。」
「あ〜。お菓子作ってた!」
せっかくサプライズにしようと思ってたのに…と内心思うけれど、一緒に住んでいる限りそれはかなり難しいことだから素直に事実を述べる。
侑くんは怪訝そうな顔で俺を見上げた。こんな朝っぱらから?という顔だ。
そして、今日が何の日かを考えたのだろう。しばらくして、「ああ」と呟いた。
「わざわざこんな朝早くによくやるな」
少しずつ覚醒してきたのか、侑くんの口調がいつも通りに戻ってきた。とはいえ、声は掠れたまま。俺が頷くと、侑くんは笑ったらしかった。ふっ、と僅かな吐息を感じ、ちょっと恥ずかしくなる。
「一番最初に渡したかったんだもん…」
我ながら、とんでもないぶりっこ具合だなと思った。なんだ、だもん、て。
視線をさげたまま、ボソボソ言ってたら、侑くんがまた頭を傾けてきた。やっぱり眠いのかな、と思っていると、頬に柔らかい感触。どうやらキスをしてくれたらしい。
チュ、と音を立てながら離れたそれに心臓が大きく揺れた。
んぐぇっっ!?
唐突すぎるその行為に思わず手で頬を抑える。
侑くんは目を緩ませ、俺に小さく微笑むとそのまま洗面所の方に足を進めた。おれのぶりっこに何も言わずに微笑みとキスだけ。
はぁ〜〜〜〜、
本当侑くんってなんでこんな、男前…
俺は一気に頭の中がお花畑状態になりながら途方にくれる。
さっきまで肌寒かったのに、一気に身体が温かい。侑くんの威力は本当にすさまじい。朝から、なんというか、俺にとって太陽以上の存在なんだなと改めて思ってしまう。
胸の高揚のせいで震える指先のまま、後片付けをしにキッチンに戻る。
侑くん、二度寝しないのかな。洗面所いったってことは、歯磨きしにいったんだろうけど…。念のため、インスタントコーヒーを用意しておくことにした。マグカップに入れて机の上に置いておく。
そのあとにある程度使った器具を洗っていき、最後に湯銭されたチョコがべっとりついたままのボウルに手をかけたところで、後ろから手が伸びてきた。
「うわぁっ!?」
いつの間に侑くんが後ろに立っていたらしい。
突然の出現に大きな声を出してしまう俺。咄嗟に口を抑えるが、侑くんは「そんな驚く?」と聞いてきた。ご、ごめんなさい…
片方の手にはさっき俺がテーブルに置いておいたホットコーヒー。どうやら二度寝する気はないらしい。
コーヒー、こぼさなくて良かった…!
「二度寝しないの?」
「目覚めたからもういい」
俺が起こしちゃったんだろうな、申し訳ない…。
後ろに侑くんの気配を感じて、ちょっとそわそわしてしまいながら洗い物を続行しようとする。
すると、侑くんがボウルの中のチョコを掬い取った。
まだ溶けていた状態のそれは、軽いはずみで侑くんの指に絡まる。
その指を視線で追うが、俺の目の前に伸ばされたのちに唇に付けられた。重みのある液体を下唇に塗られた感触に2度目の驚きで咄嗟に侑くんを振り返る。
「ゆ、侑くんっ?」
たぶん、俺は下唇を茶色に染められた状態だから相当間抜けな顔をしているのだろう。侑くんは俺を見下ろしながらふはっと吹き出していた。何だその笑顔可愛すぎて死ぬ。
慌てて自らの舌を唇に這わして舐めとるが、全然取れる気配がない。手の甲で拭おうかと試みるが、そうする前に再度侑くんが俺の下唇にチョコをつけてきた。
なにその子供みたいないたずら!
「何するの…!」
口の中にビターチョコの甘みを感じながら、自分なりに侑くんに怒る。侑くんは面白そうに目を緩めたままマグカップに口をつけている。
「お前って本当可愛いやつだよな」
突然の甘い言葉に、はえ?と脱力してしまう俺。
侑くんはマグカップをキッチンの上に戻した後、空いた手を俺の顔に添えてきた。
今俺の下唇にはチョコがついているから、お世辞にも可愛いとは言えない顔をしてると思うんだけど。
「俺に一番最初に渡したくて、わざわざ早起きしたんだろ?」
侑くんは、随分機嫌が良さそうだった。寝起きであるにも関わらず、その様子が微塵も感じ取れないほどに。
さっき伝えた内容を改めて口にされるとちょっと恥ずかしい。子供っぽすぎるから。
「…そうだよ。」
「別に何時でも変わらないのに。俺が他の奴から貰うと思った?」
「え?」
その言葉の意味がわからなくて聞き返す。
「朝だろうが夜だろうが、お前が一番乗りなことは変わらねーよ。他から貰う気はねえし、要らない」
侑くんは、つまり、俺からしかチョコを貰う気はなかったということらしい。はっきりと言葉にされた内容にほんのり頬が染まる。
それは、俺が嫉妬するからと気遣ってくれたのだろうか。俺言葉に一度も出したことないのに。バレバレだったってこと?
…なんかもう居たたまれないよ…!
「全然、いいのに。俺そんな器小さい恋人になりたくない…」
「はあ?今更だろ。」
グッサー
いや、確かに、そうだけどさあ…!
俺は器が小さくて嫉妬深くて、独占欲の塊の恋人ですけども!!
侑くんからしてみれば、中途半端な独占欲で我慢しようとしている健気さが可愛いと言っていたらしい。侑くんがチョコなんか貰えば絶対モヤモヤするだろうに、縛りたくないから我慢しようとして、「一番最初に渡す」という謎目標を立てた俺のアホさに。
「拗ねた涼も見たいけど、実際お前以外のチョコとかまじで要らねえ。」
心の底からそう思ってくれているんだろう。
侑くんは『まじで』の部分を特に強調して、俺の唇にキスを落としてきた。
塗られたチョコごと味わうような深いそれに、俺も舌を絡めて応える。チョコの甘みとコーヒーの味。美味しい。
侑くんの言葉は、俺が思っている以上に俺自身を喜ばせる魔法の言葉だった。嬉しくて堪らない。侑くんにギュッとしがみついて、何度も唇を合わせる。朝から、何やってるんだろうと思うけれど、時間はたっぷりある。
お互いの唾液を絡ませ合った後、俺はぐったりと侑くんの胸に頭を傾けていた。
キスは何度やったところでタジタジになる俺は、いつか成長できるんだろうか。
侑くんが笑っている気配を感じながら、抱き上げられる。
「…寝るの?」
「ある意味では。」
ベッドに下ろされ、覆いかぶさってきた侑くんにわざとらしく聞くと、侑君がそう応えてきた。目は優しく微笑んでいて、どうしようもなく好きだなと感じる。そのまま、セーターの中に温かい手の感触を感じて、吐息が漏れる。大きな侑くんの手。
ふと侑くんを見上げると、彼の唇には僅かにチョコがついていた。
もしかしたら俺もまだチョコが唇についたままなのかも。そんな間抜けな顔を見られたくなくて、必死になって侑くんの唇に舌を這わせた。
チョコレートの憂鬱