誤算、伝染中 | ナノ
18




ご飯を食べ終えて急いで庭へと行くと、小さなバスケコートで侑くんはすでに一人で遊んでいた。
当たり前のように上手なドリブルをして、レイアップシュートを決める。何気なくやってるようだけれど、俺には一生できっこない。俺は侑くんのその姿に思わず釘付けになった。

きらきらしてる。
元々俺からしてみたら輝いている子だったけど、前はこんな見え方だったかな。


「なに突っ立ってんの」


俺が来たことに気づいた侑くんがドリブルをやめた。
侑くんの低い声を聞いた瞬間、心臓が握られるような感覚がしてウッと苦しくなる。
さっきも会ったのに。

へ、平常心、平常心。


「上手だなあ、って、思って…」

「…ふーん。」

「俺、ドリブルですら変だもん。」


真澄にいつも突き指しそうで怖いって言われてたし。
実際突き指もしたし。

やだなあ、下手くそなドリブル見せるの。
でも侑くんと一緒に遊べるなんて、滅多にない話だから…、


「昔から運動できねえもんな。」

「わっ、」


急にボールをパスされ、バチン!と手のひらで弾けた
そのまま落下するボール。

この時点でド下手なのバレるのでは?


「お、俺、球技は本当に、何も出来なくて、」


恥ずかしくなりながら必死に言い訳をしとく。球技だけじゃないんだけど。特にって意味で。


「知ってる。」


そうですよね…

なんとなく侑くんをチラ、と見上げてみる。
少し乱れてる前髪。ボールをぎこちなく撫でる俺を優しい目で見てくれていて、また心臓がギュッとなった。どうしてそんな優しい顔してるの。

…侑くんをちゃんと見れる気がしない。
胸がいちいち苦しくなる。


「侑くんに教えて貰えば、少し上手になるかな。」


侑くんから逃げるようにして下手くそなドリブルをしながらゴールの下へ行く。
でももたついてなかなか前に進むことが出来ない。っく、なんでなんだ!

そんな俺を見て侑くんは声に出して笑った


「相変わらずやべえドリブル」

「うっ、」

「指、力抜けよ」


ボールを取られたかと思ったら、スル、と侑くんの熱い指が俺の指に触れた。
思わず叫びそうになったのを寸でのとこで抑える

ゆ、ゆゆゆゆび、が、
侑くんの指が、俺の、指に


「まっすぐ伸ばしてると突き指するだろ。あと指開いて」


後ろから右手をつかまれてるせいか、頭になんも入ってこない。

侑くんの声が、右後ろから聞こえる。
暖かい侑くんの指が、俺の指一本一本に触れる。

まだ動いてすらないのに、身体が一瞬で熱くなった


「聞いてんの」

「っ、う、うん」

「お前、・・・。」


侑くんが俺の顔を覗き込んできたと思ったら言葉が止まった。
俺を見たまま固まってる


「あー…」


侑くんがパッと手を離した。
俺の表情を見て何か思うことがあったんだろう。もしかして真っ赤だったのかも。いや、そうに違いない。


「俺を意識してくれてんのね。」

「うっ」

「いい気味」


侑くんが目を緩めて笑った。満足そうな顔。
俺の耳を撫でて、真っ赤、とおれの状態を呟く


「っ…」


俺はその言葉に余計顔が熱くなって、触れられた耳を咄嗟に抑えた。

バスケどころじゃなくなりそう。


ーーー


…と思ってたんだけど。
侑くんは思いの外ガッツリ、バスケを楽しんでいた。

俺は開始数十分で肺が破裂しそうなくらい息があがって、汗もビショビショだった。
近くにあるベンチに寝転がってハアハアと荒い呼吸を繰り返す。空が青い。今が春でよかった。風が冷たいのがまだ救いだ。

身体を横に倒したまま侑くんを見る。
動きがやっぱり、綺麗。
無駄がないし、軽い。

バスケやめちゃったの、勿体無いなあ。


「もうギブ?」

「…ギブ」

「スポドリそこにあるから」


指差されたところはベンチの横。
水滴がびっしりついてて、今の俺みたいになってるペットボトル。


「ありがとう」


有難く頂くことにした。
冷たくて甘酸っぱいスポーツ飲料。身体にひんやりと浸透していく。
ん〜!生き返る!


「俺も飲む」


俺が夢中になって飲んでいる間に、侑くんが近くに来ていた。
飲み終わった俺のペットボトルを俺の手から取って、唇につける。

上下する喉仏をぽかんとしながら見上げた。

か、関節キス…
いや、昨日キスしたけど、なんか…んん…

一人で勝手に恥ずかしくなる俺。
本当、馬鹿みたいに意識してるな。


「あー、汗やべえ」

「俺も…」


というか活動時間少ない俺の方が汗やばい。
侑くんは俺ほどじゃ…

ふと見てしまった侑くんの首筋に伝う汗が色っぽくて咄嗟に目を逸らす。
なんでこう、変なフィルターかかってるのかな…!きらきらして見えたり色っぽく見えたり。考えるな、俺。


「シュート一つ決めれたな」

「へ?…あ、ああ、うん、奇跡的に…侑くんのおかげ、ありがとう」


侑くんに教えて貰った通りにやって、どうにかシュートを入れることが出来た。一回だけ。
「どういたしまして」と言いながら俺の横に腰掛ける侑くん。
肩がトン、と触れて、その近さに慌てた

お、俺汗臭くないかな…!?
今更だけど!


「何点だった?」

「なにが。」

「シュートの出来…」

「は?3点」


ひくっ!
まさかの3点!もう少し高いかと!

侑くんの厳しさにビックリしてると、「100点中な」と言われて余計に落ち込む

そ、そんな下手くそなシュートだったんだ…
自覚はあったけど!
片足ぴょんってあがってたし!


「でもドリブルはマシになったんじゃね?あの突き指ドリブルじゃなくなったし」

「そ、そう?嬉しい」


侑くんに褒められてデレっとだらしない笑顔が溢れた。
最初が酷すぎたから、それに比べればって話だけど。

次の体育でバスケあったら頑張ってみようかな


「汗だくになった甲斐があったな」


そう言って侑くんが俺の首筋に指を這わした。汗を拭うかのように、スッと指が伸びる。
びく、と揺れる肩。

反射的に触れられたところを抑えながら侑くんを見ると、思いの外近い距離に侑くんがいて。
ばっちりと、侑くんの視線と俺の視線が絡んだ

か、顔、ちかっ


「おれ、今、汗くさいから…」


距離を取ろうと俯きながら侑くんの胸板を押す
侑くんと至近距離で目があったせいか心臓がまた暴れ始めた。もう、うるさい、いちいち暴れるなよ。


「別に汗くさくないけど」

「っ、」


手首を掴まれた。
びっくりするけど、顔を上げたら絶対近いということがわかってたからひたすら侑くんの胸を見る。なんで俺、手首掴まれてんだろ。


「なんで俯いてんの」

「近いから…」

「キスされたら堪らないって?」

「そっ、」


そんなつもりはなかったけど!
なんで、そんなこと、…!

ぐるぐると熱が頭の中に溜まっていく。
あつい。
掴まれてるところも熱い。


「侑くん、どうしちゃったの」


今日というか昨日から変
優しいし、よく笑うし、
いつもの侑くんじゃない


「おかしいって?」

「おかしい、って、いうか…」


恐る恐る侑くんを見た。
やっぱり侑くんはおれを見ていて、その近すぎる距離に息を呑む。


「もう隠す必要がないって思ったから。」

「え?」

「お前への下心」


「つまり吹っ切れたってこと」、と言って侑くんは笑った。


お、俺への下心…って…


「っ」


その言葉に耐え切れず、思いっきり顔を背ける。

昨日も似たような事を言われたけど、な、なんてこというんだ、そんな、恥ずかしげもなく!!もはや別人の域だよ!
少なくとも俺の知ってる侑くんは絶対にこんなこと言わない。俺に冷たくて、素っ気なくて、でも優しくて、それでいて、かっ…………………か?か、ってなんだ、可愛い?そうだ、可愛いだ。俺の知ってるそういう侑くんは、俺にこんな甘い言葉も笑顔も向けない!


「お、俺の知ってる侑くんじゃない!」

「何も知らねえのに知った気でいたのは涼だろ」


ぐっう…!

侑くんの的確すぎる反論に、俺は何も言えなくなる
俺は侑くんを知った気でいたんだ、ずっと、いつから?
むしろいつから俺の知らない侑くんが出現していた?

熱さのせいか、まともな考えが出来ない俺は永遠と頭の中で出ない答えを探す
わ、わからない、もう、何が何だか


「5年は長いぞ」


黙ったままだった俺に侑くんはそう言った。
またバスケをするつもりなのか、足元に転がっていたボールを拾って立ち上がる侑くん。
俺はぼんやりとしながらその姿を見送る。


5年。
侑くんはどうやら五年もの間、俺を好きでいてくれたらしい。


知らなかった







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