誤算、伝染中 | ナノ
15*

「んン、」



侑くんの湿った吐息と柔らかい感触が、俺の唇を包んだ。最初は触れるだけのような優しいものだったが、唇への圧迫が徐々に強くなっていく。甘ったるい声を漏らす俺。

少しずつ少しずつ、貪るように俺の唇に侵食してくるそれに、「はぁ、」と蕩け切った吐息が俺の口から洩れた。


侑くんの舌、あつ、い…


俺が甘い吐息を吐いた時に、侑くんが舌を絡ませてきた。食べられてしまいそうなくらい深いキス。俺はその微弱な快感に身震いして、うっすらと目に涙が溜まるのを感じた。
ちゅ、くちゅ、と厭らしい粘着質がさらに興奮を駆り立たせる。

侑くんとキスなんて。
なんて事を。


「っ、ン、んぅ」


愚かな俺は、自らを恥じ、悔いているというのに夢中になって柔らかい舌を味わっていた。きもちいい。所詮俺もそこらの動物と変わらない。どこまでも性に忠実なのだ。弟が相手だと言うのに。

気付けば、汗ばんだ手で侑くんのTシャツにしがみつき、足を侑くんの足に絡ませていた。

スルリと、侑くんの素足を撫でるようにつま先を動かすと、侑くんが唇を離して俺を見下ろす


「…わかってやってんのそれ」


それ、というのは今の俺の足の動きだろう。

苦しそうに眉間に皺が寄っている侑くん。
侑くんも興奮してるのか、息が僅かに上がってる。俺もそれにつられて荒く息を吐く。ふうふう、と胸が細かく上下していて本当に、獣みたいだと思った。はしたない。

俺は侑くんの質問に答えることが出来なくて咄嗟に視線を下げた。
その時に、快感で溜まっていた涙がツゥ、と顔に伝う


「…悪い、」


俺の涙を見たからなのか、侑くんは謝ってきた。
俺は咄嗟に首を横に振る。違う。侑くんが思っているようなことじゃない。

「違うの、」と言いながら侑くんの顔に自分の手を這わして、涙で霞む視界で侑くんの目を見た。


「この涙は、嫌だからとかじゃなくて、」


嫌だからじゃない。
けれど、キスが気持ちよくて、なんて言えるわけなくて。


「そうじゃ、なくて、……」


こんな理由、侑くんに言えない。
なんて淫らなんだ、自分は。と思ったらまた涙が出てきた。今度は自己嫌悪による涙。

ポロポロと涙が重力に従って耳の方に垂れていく。


「こんな兄でごめんなさい」


侑くんの顔を見ることが出来なくて、侑くんの首を見ながら涙を零した。
唾を飲んだのか、上下する喉仏。


「嫌じゃなかったら何」

「・・・」


そんなこと、きかないで。
俺は答えられない。
自分の保身を選んでしまう。


「涼、答えて」


縋るような声に俺は思わず侑くんを見た。
声色通りの、歪められた表情。


「今だけ、俺が弟だってこと忘れろよ。今だけでいいから」


悲痛な声。
それと共に、侑君の顔を包んでる俺の両手に侑くんの手が重なってきた。

俺は侑くんの言葉に息が出来なくなるほど胸が締め付けれる。
侑くんの真っ直ぐな視線に、意識がどこか遠くに行ってしまいそう。

でも、

侑くんが弟だということを無くしたら、
俺は侑くんにどんな目を向けることになってしまうのか。

考えたこともない未知の世界。
唇が震えた。

何も言わない俺に、侑くんは悲し気に笑う。


「…俺が弟ですらなかったら、お前はもう俺の事眼中にも入れねえか」


お前後輩苦手だもんな、と言って俺の手から手を離す侑くん。

温もりが一瞬で消える。
侑くんの身体も離れる。


ああ、だめ。
だめ、

行かないで


「もっとキスして」


咄嗟に口をついた言葉は自分でも目を見開くようなものだった。


今、俺、
何て。


侑くんも目を見開いてる。
他に、いう事あったんじゃないのか、俺。

離さないで、と言うつもりがなんてことを。


「ご、ごめん、こんな事、言うつもりじゃなくて、」


『違うの、ただ、離れてほしくなくて』、

とか、

『さっき侑くんが「答えて」って言ってきたから』、


とかゴチャゴチャと言い訳を述べる。
それの結果がこれだ。
キスして、だなんて。

なんてことを。


カアアッ、とこれ以上なく熱が顔に集まる。
俺はもうこのまま死んでしまいと思うほど恥ずかしくて、とにかく、今すぐ侑くんから離れたかった。


侑くんの顔なんてもちろん見れるわけなくて、「ごめんなさい」と、言いながら侑くんの身体をグッと押して、ベッドから出ようとする。


が、


「んっ」


胸板を押していた両手を逆に引き寄せられてキスをされた。
ガチッ、と当たる歯。ベッドにまた逆戻りして、背中がボスンと埋まる。


「はっ、ぁ、」


まるで余裕の無さそうな激しいキス。
強く髪を握られて少し痛い。

けれど何故かそれが愛おしくて、胸がぎゅうぎゅうと切ない悲鳴をあげた。苦しい、なにこれ。


激しいキスでじんわりと熱くなったせいで身体に力が入らなくて、俺はひたすら侑くんの甘いキスを受けた。もう、何も考えられない。

むしろ、
何も考えたくない。

そう思って力の入らない手で、侑くんの首に手を這わそうとした、


その時。



「好きだ」



と侑君が呟いた。







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bkm