誤算、伝染中 | ナノ
14



「なんでって…」


微かに侑くんは目を泳がせた。
俺もその瞳の動きに合わせて目を動かす。

う、
良くない理由だったらどうしよ、


「き、気持ち悪い、とか…?」

「…別にそんなんじゃねえけど」


最悪の結果じゃなくてホッとした。
けれど侑くんの目はどっか行ったまま。俺の耳らへんを見ている。

じゃあ理由は何なのかと思いながら侑くんを見ていたら、侑君が言葉をつづけた。


「普通の兄弟はこんなことしない。一緒のベッドで寝る事すら異常なのに。」


しかも男同士で、と侑くんはため息交じりに言った。
ふ、普通ってなんだよぉ…。
てか今日は特別なんだからいいじゃん…。


「あとお前忘れたの?」

「ん?」

「首のこと。前に俺に何されたか。」


・・・首?
侑くんのその言葉をきょとんとしながら考える。

侑くんは何だかバツが悪そうな顔をしてて、その顔を見て思い出した。

首、ってあれか。
オリエンテーションの時の、

か、噛みつかれたやつ・・・・。


「う、う〜ん…、ううん…?」


思い出した途端に恥ずかしくなって唸り声に似た変な声が口から出た。
あんなの、ただ記憶に蓋をしていただけで簡単に忘れられるもんじゃない。

あの、首筋を伝う熱い舌の感覚、鋭くて甘い痛み。
背骨がなくなってしまうような痺れが、全身に流れていた。

思い出したことを心底後悔する。
なんで今思い出させたの。

それで前、気まずくなったの侑君覚えてるでしょ。


「お前は俺を神聖な生き物かなんかに思ってるみたいだけど、いくら弟とはいえ普通の男なんだよ。わかるか?」


そう言って侑君は俺の頬をするりと撫でた。
ピク、と肩が跳ねる。

普通の男。
そんなの百も承知だ、侑くんは女じゃない。
けれど侑くんが言いたいのはそういうことじゃないだろう。
なら、それがどういう意味なのか。

戸惑う俺の顔をみてか、笑う侑君。


「好みまで親父に似た自分に腹立つ」

「・・・何のはなし?」

「顔の好みの話。言ってる意味わかる?」

「へっ」


か、顔…?

まさかの話に一瞬で顔がブワッと熱くなった。

え、

え?
それって、つまり、


「俺の顔…、好きなの?」


俺がそう聞くと侑くんは黙った。小さく笑うだけ。
けれど、その反応が肯定だと見て取れる。

う、うわあ…っ
初めて聞いたんだけどその事…!

俺は途端に嬉し恥ずかしくなった。
自分の顔があまり好きじゃなかった自分にとってみれば、侑くんにそう言われたことは最高の褒め言葉。


「初めてこの顔で良かったって思った」

「・・・お前が自分に愛着がないのもあの女のせいだよな。」

「そんなことないよ。普通に自分の顔が好きじゃなかっただけ。」


俺のお母さんに似ているこの顔。大好きだけど、大嫌いだった。
侑くんのお母さんを傷つけるこの顔が。
本当は嫌いになんてなりたくないんだけど。


「うれしい、ありがとう」


だからこそ心の底から嬉しくて、笑顔がこぼれた。

他の人に言われても、またまた、ってなるだけだけど。
真澄でも千歳でもだめだ。侑くんだから、こんなにも嬉しい。


「侑くんがこの顔好きなら、俺も好きになれそう」


そう言いながら、ふと、侑くんを見てみたら目がバチッとあった。
無表情の侑くん。
まさかこの間抜けな顔を見られてると思ってなくて心臓が縮む

えっ、う、うわ…。


「その顔やめろ。」

「え」


そんなに俺の笑顔酷かったのかな…

そう思ってシュンとしていたら、頬にあった侑くんの手がスルスルと顔の輪郭を滑り始めた。猫を撫でるかのような優しい手つき。

こんな風に触られたら俺もっと変な顔しちゃいそう。
チラ、と侑くんを見てみたら侑君は俺から目を離さないままで、やっぱり無表情。

侑君の親指が俺の唇に触れて、吐息が漏れる

部屋のぼんやりとした明かりが侑くんの顔を微かに照らしてるせいか、いつもと違う侑君に見えて心拍数があがり始めた。

なんか、
雰囲気、が…。



「なあ、俺やばい?」



静かな室内の中、突然侑くんが囁くような声でそう聞いてきた。

視線が合わさったまま、唇に侑くんの熱い吐息がぶつかって困惑する。
いつの間に俺らはこんな至近距離になっていたんだろう。

耳の裏側がドクドクと煩い


「わ…かんない、」


本当にわからなかった。
侑君の言う『やばい』が何なのかも、前髪が触れそうな程の至近距離にいる事も。


その時、ギシ、とベッドが軋んだ。


目の前に大きな影が出来る。
侑くんが、少し身体を起こして俺を見下ろしたから。

俺の頭の横に置かれる侑くんの両手。


「侑くん?」


俺の弱々しい呼びかけに短く返事をした侑君の瞳は、ゆらゆらと揺れていた。
雰囲気がまるで別人。あの時の侑くんを思い出す。


ああ、これは。


頭の中に警鐘が鳴り響いた。
心臓の鼓動が、警鐘となって俺に呼びかける。

これ以上はだめだ、と。

けれど俺は動けなかった。
喉が途端にカラカラになってしまっていて、唾すらも飲めなくなる。

ねえ、と一言でも声をかけてしまえばよかったのかもしれない。
そうすればその瞬間魔法が解けて、侑くんはいつも通りの侑くんに戻っただろう。

俺はそれがわかっていた。
わかっていたはずなのに、わからないふりをした。


ぶつかる視線
被さる影

息と息が交わるその瞬間に、

俺は罪を犯したと、目の前の青年の背中に縋りつきながら目を閉じた。




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