誤算、伝染中 | ナノ
13


ギシ、とベッドが軋んでその音に目を覚ました。
目を覚ました、ということは俺は寝ていたらしい。

うっすらと橙色の柔らかい光が包み込んでいる部屋。侑君はまだ寝てないらしく仰向けになってスマホを眺めていた。

俺は侑くんの方に身体を向けて寝ていて、目を覚ました瞬間この横顔が飛び込んできて思わず頬が緩む。スッと通った鼻筋、真っ直ぐなまつ毛、理想の骨格。お父さんに似ている。

俺が起きていることに気づいてないらしい侑くんは、身じろぐ俺の後頭部に手を伸ばしてきた。スマホを眺めたままの侑くんの手が、優しい手つきで俺の髪に触れる。


えっ、


吃驚して身体を起こそうとしていたのをやめた。
侑くんの指はそのまま、流れるように俺の頭を滑っていった。耳らへんまで来たらまた上の方から指を滑らせる。子供の頭を撫でるような優しい手つき。


侑くんが、俺の頭を、撫でてくれている。


そのことを知り、その瞬間ぶわあっと熱が高まったのがわかった。
髪の毛が逆立つような感覚。

うそ、うそうそ…侑くんが俺を撫でてくれている。
もしかして俺が寝てる時、何回か撫でてくれたりしたのかな、それとも今だけ?

一瞬でも、寝てたせいか侑くんが撫でてくれているお陰か、さっきまでの絶望的な悲しみを忘れそうになる。侑くんは魔法使いだ。

寝る前は悲しみのあまり凍っていた指先も、今はその先端まで熱い。


侑君が、また微かに動いた。
布が擦れる音がして、慌てて目をギュッと瞑る。


すると、ピタリ、と動きが止まってしまった侑くんの手。

…ばれた、と侑くんの顔を見なくてもわかった。


「起こした?」


侑君は、俺にそう聞いてきた。
俺はまだ撫でてもらいたくて、頑なに寝ている振りをする。

そんな俺を見てか、侑くんからフッと笑みを含んだ小さな吐息が漏れた。
…やっぱり、ばれてる。


「涼」

「おれは寝てるよ」

「・・・そうですか。」


俺の囁きに侑くんはつっこむことなく、侑君はまた俺の髪に触れてくれた。
俺は嬉しくて思わず頬が緩む。

やめないで、って思ったことが伝わったのかな。


「今何時なの?」

「0時前。」


まだそんな時間なんだ。
目をもう一回開きなおして侑君を見上げると、侑君は相変わらずスマホを眺めていた。…まだ寝ないのかな。

てかスマホで何見てるんだろう。漫画とか?

侑君の頭の近くに自分の顔を近づけて画面を覗くと、サッカーを見ていた。
サッカー…。わかんない。

同時にふわり、と香るシャンプーの匂い。


「侑くん良い匂いするね。」


サッカーよりもそっちに意識がいった俺。
シャンプーの微かに甘い匂い。俺と違うシャンプー使ったのかな。


「・・・。」


俺の言葉に特に返事をしない侑くん。

すると、侑くんが突然ふい、と俺に背中を向けてしまった。


えっ


「な、なんでっ」


背を向けられたことにショックを受ける。
目の前に侑くんのうなじ。
こ、これはこれでいいけど、えっ、ショック。


「侑くん、なんで、そっち、」

「…うるせえ」


俺なにかしただろうか、え、触ってもないのに!
うるせえ、と言われたからって黙ってられる性格ではないので身体を少し起こして侑くんの横顔を見下ろす。

なんか、怖い顔してる…。


「お前あの女のシャンプー使っただろ。」

「えっ?」


よくわからなかったから、白いボトルの使ったけど…。お母さんのシャンプーだったのかな。…ばれたら大変。


「し、シャンプーの匂い、気になる…?」


侑くんの苦手な匂いだったんだろうか。甘ったるい?お母さんの匂いがした?
俺は良い匂いだと思ったけど、シャンプーの話を持ち出したってことは匂い関係なんだろう。


「・・・いや。」


侑くんはそう言ったっきり黙ってしまった。
もう一回髪を洗い流してこようかとも思うけれど、下手に物音を立ててお母さんの怒りに触れたくないのでとどまる。明日は違うのを使おう。明日侑くんが一緒に寝てくれるわけではないけれど。

モゾモゾと大人しくベッドに戻る。
ふと左を見るとすぐに侑君の背中。


背中・・・。
ふと、寝る前にみた侑くんの広い背中を思い出す。綺麗な肩甲骨のラインと無駄のない引き締まっていた上半身。
それが今目の前に。

うわあ。

これを前にして抱き付かないブラコンはいないだろう、と思った。

口許をデレデレと緩めながら侑くんの腰に腕を回す。
ピク、と揺れた侑くんの身体。

剥がされないように侑君のTシャツをギュッと握ったあと、顔面を侑君の背中に埋めて「ふへへ」と間抜けな声を上げた。

いつも制服越しとかだけれど、薄いTシャツだから侑くんの熱も直に伝わる。
嬉しい。


「・・・涼。」


案の定侑くんが怖い声で俺を呼んだ。
肘で身体を押し戻されそうになるけれどどうにかしてしがみ付く。あ〜!やだ、剥がさないで!

侑君の足に自分の両足を絡めて離れまいと必死になった。


「い、今だけ!少しだけ!」

「調子に乗るな!」

「わー!」


侑くんの力に勝てるわけなく、呆気なく手を剥がされる。どうしてこんなに力の差があるんだろう、本当にやんなっちゃう。足も外された。もう。


「うう…」


優しい侑くんはどこへ…。
許されるかな、ってほんのちょっと期待したんだけど。

「別にいいじゃあん、抱き付くくらい」とブツブツつぶやく俺に侑くんはため息をついた。というか、俺が泣いてるとき侑くん抱きしめてくれてたじゃん、それと何が違うの?

そう思っていたら、ギシリとベッドが大きく軋んだ。侑くんが急にこっちに身体を向けたから。


目の前に広がる侑くんの格好いい顔。
焦げ茶色の綺麗な目が、腹立たし気に俺の目を捉えて息を呑んだ。

…うっ…、近っ、


「俺が何もしねえと思うからそういう事出来るんだろうな」

「む゛っ」


え、な、なに・・・っ?

少し乱暴に片手で顔を掴まれた。
両頬がグッ、と掴まれて変な声が漏れる。


「ふ、ふぁひふふほ」

「頼むからさっさと寝ろ。」


わかった?、と聞かれながら手を離された。
さっさと寝ろって言われたって、目、覚ましちゃったし…。


「な、なんでだめなの…。」


唇を尖らせて、ムッとしながら侑くんに聞く。
学校は人の目とかあるから、真澄みたいに拒否する理由があるかもしれないけれど。

今は家だし、俺ら以外誰もいない。
しかもさっき、俺の子こと抱きしめてくれてたじゃんとも思う。

…気持ち悪いから、って言われたら俺またショックで寝込むけど…。

侑君が何て答えるのか、ドキドキしながら侑くんの目を見つめた。




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bkm