12
侑君は俺をベッドまで連れてってくれて、俺をそこに腰かけさせた。
子供みたいに泣きわめく俺を、優しく抱きしめてくれながら。
俺は侑君の胸に顔を押し付けてひたすら泣く。泣いて、泣いて、泣いて、侑くんが横になって俺のことを横にしても泣き続けた。
もう、何が悲しいのかもわからない。
生きていること自体、悲しいのかもしれない。
自殺願望なんてこれっぽっちもないけれど、この家にいてはいけない存在なんだと強く思う。どうしてお父さんは俺をこの家に連れて来てくれたの、お母さんのことは考えたの、俺の本当のお母さんは最後まで幸せだったの、と頭の中がお父さんへの怒りで満ちる。そしてそんな自分が嫌になって、また泣いた。
侑君は、ただひたすら、俺の頭を撫でるだけ。
仰向けに寝転がって、その上に俺が身体を倒し泣きわめいてるのに文句を一つも言わず。きっと重いだろうに。
あれからどれだけ時間が経ったのかわからなかったけれど、体力には限界があって気付けば荒い息遣いと吃逆だけが部屋を満たしていた。
俺の頭にあった手が背中に移動して、とんとんと軽く叩かれる。まるで赤ん坊をあやすかのような手つき。それに少しずつ落ち着いてきて、吃逆の回数も減った
「もう何も考えなくていいから」
侑君が繊細なガラスを包み込むような声色で俺にそう囁いた。
少し扱いを間違えば砕けてしまいそうな硝子。今の俺はそんな状態なのだろうか。
俺はその優しい声を聞いていたくて、色々考えるのを止める。もしここでまた泣き始めてこの声を聞かないのは愚かだと思ったから。
侑くんの言う通りに。
ひたすら、侑くんの心音に耳を預ける。
とくん、とくんと、
侑くんの声のように優しい鼓動だった。
「お前の痛みも半分分け合えればいいんだけど。」
「・・・っ・・・」
「…今日はもう、このまま寝るか。」
無言のままの俺に「涼?」と声をかけてくれる侑君。ギシリ、と軋むベッド。侑君が上半身を起こして俺も必然的に身体が浮き上がった。
「ね…たい。」
俺が短くそう答えると、少し笑って俺の頭を撫でた侑君。涙で顔に張り付いた髪を掬ったあとに、俺の脇の下に手を差し込んだ。
俺を持ち上げて、ベッドに寝かせてくれる侑君。
言ってくれたら動いたのに、と思うけれど疲れすぎていて声が出ない。声すら出ないのに立ち上がれるわけがない。
侑君はそれを見越していたんだろうか。
「髪、まだ濡れてるな。」
「…あ、ごめ、ん…」
「明日の面白い寝癖に期待。」
そう言って侑君は笑った。
俺の顔にティッシュを持ってきて綺麗に拭ってくれる侑君。
俺はもう、完全に子供で侑君にされるがままになっていた。
ベッド横の小さい明かりだけ点けて、部屋の明かりを消した侑くん。一気に部屋が薄暗くなって本当にこのまま寝るのだと実感する。
「ゆうくん」
「ん?」
「本当に俺と寝てくれるの」
何年ぶりになるのか。
しかも侑君から許してくれるなんて。
不安げな俺の質問に侑君は「ああ」と言ってくれて嬉しくなる。
悲しみが少し遠のいた気がした。
「つってもまだ10時前だから俺は起きてるけど。」
「え、じ、じゃあ俺も起きてる」
「隣で携帯眺めるだけだから、お前は先に寝ろ。隣にいるから。」
どうやら侑君も一緒にベッドに横になってくれるらしい。
そう考えたら何だかドキドキして今まで曇っていた頭の中がすこしずつはっきりしてきてしまった。これは、久しぶりに寝れるから喜んでるんだろうか。
侑君は、俺の涙でびしゃびしゃになった服を取り換えるらしく鞄の中からもう一枚Tシャツを出していた。ああ、申し訳ない。俺がTシャツを一枚ダメにしてしまった。
「ご…ごめんね」
「別に。」
俺に背を向けながら今のTシャツを頭から抜く侑君。
引き締まってる腰に、大きな背中。俺はそれに息を呑んだ。
俺と全然体格が違う。俺の背中はきっと、こんなに男らしくない。
Tシャツを着終えた侑くんがこちらを振り向く前に咄嗟に天井を見上げた。
天井には何もないんだけど。逆に怪しまれる?
「布団一枚しかねえし、お前の部屋から持ってこようか?」
「えっ、あ、…お、俺は大丈夫だけど…」
「じゃあいいか。別に寒くねーだろ」
侑君がソファにあったクッションを一枚取ってベッドに投げる。
えっとつまり、同じ布団使うってこと?
俺寝相大丈夫かな。侑くんの布団奪ったりしたらどうしよう。
ドキドキしながら布団をギュッと握る。天井は見上げたまま。
すると、ベッドが軋んで左側に傾いたから侑君がベッドに上ったのだと知った。
う、うわあ…
「寝る前に飲み物とかいらねえ?」
侑君が俺と同じ布団に足を入れてきた。
俺の左足が微かに侑君の足に当たって、心臓がドキッとなる。
えっと、飲み物だっけ、?
「へいき…ありがとう」
侑くんがめちゃくちゃ優しい。
俺は今日死ぬんじゃないかと思うくらい、俺に優しい。
気遣ってくれる事もそうだけれど、一緒に寝てくれるだなんてこと。
絶対なかった。
こんなこと口に出したら絶対侑君が一緒に寝てくれないのわかってるから黙るけれど。
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bkm