誤算、伝染中 | ナノ
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それから、俺はご飯なんてやっぱりほとんど喉を通らず、綺麗な状態の芸術品が何度も戻されていった。本当に申し訳なく思う。

お父さんはそんな俺を見て「大丈夫か」と聞き、お母さんは何もいわずに呆れた顔をしていた。お母さんは俺がお父さんの気を引こうと可愛こぶってると思ってるかもしれないけれど、そんなつもり全くないし、でも、どうする事も出来なかった。あと一口食べてしまえば吐きそうですらあった。


「あいつの言葉を鵜呑みにするなよ。」


車の中、侑くんは俺にそう言ってきた。
今度は窓の外は見ずに俺を見てくれている。逆に俺は窓の外を見ていた。
見るところなんてないけれど、ひたすら流れていく光を見つめる。侑君に、どんな顔をすればいいかわかんなかったから。


「お母さんの言ってることは正しいよ」

「どこが?」

「俺は何一つ出来た兄じゃないこと。」


中身なんて無いし、優しさもない。
顔も女みたいで身長もない。
しかも運動神経なんて皆無で勉強も、結局2位。

昔からお母さんに言われ続けていたことを俺は何か出来ただろうか。
弟を守るどころか俺が守れている。


「・・・涼。」


腕をぐっと掴まれた。
俺は頑なに振り向かずに、窓の外を見つめる。
本当は胸が痛かった。侑君を見て「なに?」って首を傾げたかった。

けれど今侑くんを見たら泣きそうだったから、やめた。

侑君もそれを察してくれてるのか、そのまま続ける。
そして驚きの言葉を口にした。


「お前は俺とあの女、どっちが大事なんだよ。」


思わず振り向きそうになる。けれど、寸でのところで止まって微かに侑君の方向に首が引き寄せられただけだった。正面より、少し右を向いてる今の俺。


「俺だろ。」


俺が答えるより先に侑君はそう答えた。
わかりきったことだったのか、それとも俺にそう思い込ませるつもりなのか。
侑君がそう言いきらなければ俺は、どっちかなんて選べない、と答えていたかもしれない。


「なのにどうして俺のいう事じゃなくてあの女の事を優先すんだよ。母親だからか?あいつがお前に母親らしいことしたことあるのかよ」

「…や…めてよ、侑くん」


侑君の容赦ない鋭い言葉に俺は首を横に振る

胸が苦しくて、息をするのもやっとだった。
肺の中が風船でぱんぱんになってるかのようで息が上手くできない。浅く細かく息を吐く。

子供にとったら親は絶対的存在で、選ぶことが出来ない。それこそ神様のようなもの。あの閉鎖空間の中で、彼女から言われる事、与えられるものが俺にとってすべてだった。

だから、俺は彼女の言葉、彼女の顔色を必死に窺ってこの家で生きている。


やめて、と繰り返す俺の言葉に侑君は黙った。
腕もすっ、と離されて侑くんの体温が消える

消えた途端、俺は不安になって自分でも自分の都合の良さにうんざりした。

無言になる車内。
きっと、松谷さんも気まずいだろうに。

侑くんにも聞こえない程度にため息をついて、頭をゴツン、と窓にぶつけた。



ーーー・・・


家に着くとまだお母さんは帰って無いようだった。
もしかしたらお父さんを空港まで見送っているのかもしれない。
健気な人だから。

侑くんは先にシャワーを浴びるらしく家について早々お風呂場まで行ってしまった。
俺は慣れない革靴の紐を緩めてようやく中に入る
後ろを振り向いた時には侑君はいなくて、またため息をついてしまいながら自室に戻った。真っ暗な階段。俺が近づいた時自動でついて、その急な明るさに目が眩む。

明日からお父さんはいない。
食事の時、お母さんとまた顔を合わせなければ。
そう考えるとつらくて、手すりに身体を預けながらどうにか二階へとあがる。

車の中で侑くんの助けを否定しているくせに、俺は明らかにお母さんを拒否している。
あの時、侑くんの腕をとっていたらどうなっていたんだろう。少しでも楽になれたんだろうか。解放されると、思ったんだろうか。

…なんか。

俺って自分の首を自分で絞めている気がする。


完全に、独りよがりだ。




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bkm