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一階に行くとお母さんはいなかった。お手伝いさんいわく、ネイルサロンに出掛けたのだとか。それを聞いた時ホッとしている自分に心底腹がたつ
お手伝いの宍戸さんはすごく優しい人で、俺らを見て「お久しぶりです」と笑顔を浮かべてくれた
「涼さん随分とお綺麗になりましたねぇ、侑介さんは背がお伸びになりました?」
その言葉に侑くんを見上げる
やっぱり侑くん背が伸びたのかな。お父さんも言ってたし。
俺はいつ身長が伸びてくれるのかな
「そうですかね」
「ええ、お二人が並んでるの見る感じそうなのかなあって…あ、もう少しで作り終わるんで座ってお待ちください」
お昼ご飯はアサリのパスタがメインらしい。
美味しそう
んー、宍戸さんのご飯久しぶりだな。
二ヶ月ぶりくらい?もっとかな。春休みほとんど家に帰ってないから。
「侑くんやっぱり身長伸びたの?何センチ?」
「そんな1、2ヶ月で伸びてねえと思うけど。」
「俺もせめて170は欲しいなあ。」
今は164cm。俺の周りはみんな170あるのに。…あ、有岡さんはないかな?どうだろう。
千歳は180超えてるから。5cmくらい俺に分けて欲しい。
「お前が背高かったらなんか変な感じだな」
「ええ?でも中1の頃はまだ俺の方が背高かったよね?あの時の侑くんかわいかったなあ〜、あ、今も可愛いんだけど!」
昔を思い出す。
小学生の時なんかは侑くんが俺にべったりだった。本当に可愛くて可愛くて仕方なかったなあ。よく外に遊びに行ったりしてたし…近くに川があるから、そこで遊んでたりしてたんだけど…
「明日時間あったら外に遊びに行こうか?お散歩しようよ」
「はあ?怠いからパス」
「なんで!侑くんアウトドア派じゃん!」
侑くんは面倒くさそうな顔をして手で俺をあしらった。ええっ、そんな!せっかく一緒に遊べる日なのに!侑くんが特別俺に優しくしてくれる日なのに!
「なんならプールでもいいよ?室内だけど、」
「お前泳げねーだろ。つか結局家から出ねーじゃんそれ」
「家のだったら浅いし狭いから!浮き輪でぷかぷかしてるだけだし!」
「何が楽しいんだよ…」
侑くんの言う通りすぎて何も言えなくなる
確かに…プールって何が楽しいのか俺も理解できない。でも侑くんは俺と違って体動かすことができるから。足も速いし運動神経は抜群にいいし、中学の時はバスケ部だったし。しかも主将。かっこいいでしょ?
「だって…明日一緒に遊びたいんだもん…」
学校に戻ったら絶対遊んでくれない。どうせ小鳥遊もいるし。部屋に遊びに行っても升谷がいるし。
というか考えてみたら升谷と侑くん同室なのに2人から同室らしい会話とか全然聞いてない。
…どんな会話、してるのかな
突然モヤモヤっとした何かが胸の中に漂いはじめる。聞いたこともなかったし深く考えたこともなかった
「庭でバスケならやってもいいけど」
侑くんのその言葉に一気に現実に連れ戻された。
えっ!!
遊んでくれるの!?
「バスケ!やる!できないけど!」
ガタガタと音を立てて立ち上がった俺を驚きながら見る侑くん
嬉しい!侑くんが俺と遊んでくれるなんて!
ドリブルもまともに出来ない俺だけど大丈夫かな。
「ありがとう、侑くん」
笑顔が止まらなくなって自分の顔を両手で挟みながら座る。
ん〜、うへへ、嬉しい。本当にうれしい。
ご飯食べ終わったらさっそく真澄に報告しよっと。
ーーー・・・
『涼?』
何コール目かで、真澄は俺からの電話を取ってくれた。真澄の、優しい声。
電話からだからすぐ近くで真澄の声がしてなんか変な感じ。
ベランダから庭を見下ろしながら俺は電話越しに真澄に声をかける。
「特に何かあったわけじゃないけど、電話したくて」
『いいよ別に。涼がいないと俺も暇だから』
その言葉に、ふふ、と笑ってしまった。
俺もきっと、真澄がいなかったらずっと暇な一日になるだろうから。
「真澄は今何してたの?」
真澄もご飯食べてたのかな。
それとも課題やってたとか?
『何しようかなあって考えてたところ。涼は?』
「ご飯食べ終わって、侑くんの部屋に入り浸ってる。」
ちなみにここは侑君の部屋のベランダ。
部屋の中を覗くと、侑君がソファに横になりながらテレビを見てる。持っているDVDを暇つぶしに見ているらしい。
「ねえ真澄」
視線を戻して、庭をまた見下ろした。
お父さんの車が無くなっている。知らない間に出かけていたんだろう。もしかしたら急な仕事の呼び出しなのかも。
お母さんはネイルサロン。
俺だけすることが無くて、暇をしている。
「どうして侑くんは、お父さんもお母さんが嫌いなのかな」
侑くんに聞こえないように小さな声で真澄に問いかけた。
はっきり侑君が俺にそう言った事はないけれど、侑くんの表情、声、態度を見ているとそうだとしか思えない。お母さんに対してなんて、あからさまだ。
本当のお母さんなのに。
侑くんにとって唯一のお母さん。
『…何かあったの?』
「いつも、通り…だけど。」
『いつも通りね。』
含みのある真澄の声。
真澄は俺の親友だから、俺の家の事も良く知っている。
俺とお母さんの血が繋がってないことも、侑くんとは半分しか血が繋がってないことも。
俺がお母さんに嫌われてる事も、全部。
『侑介は優しいんだよ。…涼もよく知っているでしょ?』
知っている。
侑くんは、すごく優しいことを、俺は誰よりも知っている。
「うん」
『だからこそ、いくら肉親とはいえ涼にひどいことをする母親も、涼を愛してるのに守らない父親も許せないんだと思う。』
「でも、」
俺は真澄の言葉に「でも、」と言って否定する。
本当のお母さんにあんな態度をとる侑君は間違ってる。お母さんが俺にそういう仕打ちをするのは当たり前だし、そもそもお父さんに守ってもらいたいわけではない。俺がお父さんに『お母さんを怒ったりしないで』とお願いしてるのだから。
『涼にはどうする事も出来ないことだよ。きっと二人はお互いの考えが理解できないと思うし、何を言っても侑介がその考えを変えることはないと思う』
"俺にはどうすることも出来ない事。"
真澄の優しすぎる声色とその言葉に悲しくなる。
「…俺は侑君を、少しでも、理解していたい。」
わからないことなんて、なければいいのに。
侑君は俺と違って感情を表に出すこともあまりないし、言葉にすることもない。
どうすれば俺は、侑君との隙間を埋めることができるのだろう。
俺の望みに、真澄は小さく息を溢す。
呆れとかではない、むしろ同情に近いもの。
そして、
『それはすごく難しいことだよ』
いくら兄弟でも、と真澄は呟いた
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bkm