7
「涼がなんであいつの肩を持つのか理解できない」
「・・・。」
俺は、侑くんがどうしてそんな顔をするのかわからなかった。
そしてなんでそんな事を言うのか。
「どうしてそんなこと言うの」
俺がそう聞くと侑くんは黙った。
まるでお父さんを庇うがおかしいみたいな口振り。俺が間違っていると。
「俺はお父さんに悲しんでほしくないだけだよ」
「…それで傷つくのはお前だろ」
・・・侑くんが言ってるのは、たぶんお母さんのこと。
俺はさっきの玄関での事を思い出して咄嗟に目を反らす。
美しい人の微笑みほど怖いものはない。あの真っ赤な唇も、微かに浮かぶ法令線も、少しも笑っていない目も。
だから俺は怖くて彼女の目が見れない。
「別に、平気」
俺はお母さんの子供じゃないから嫌われるのは当たり前。悲しいけれど。だから、しょうがない。
「…そんな怖い顔しないで」
ふと侑くんを見上げたら侑くんが眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。その怖い表情に笑ってしまう。心配してくれてるのかな。
「俺も大きくなったし、お母さんに何かされても抵抗できるよ」
「あいつの目すら見れない奴がよく言うよ」
…その通りだけど。
でも俺も高校生だ。昔みたいにただ縮こまっているだけの俺じゃない。
さっきは、久しぶりで体が動かなかっただけで。
「お前はもっと、憎んでいいんだぞ。親父の事も、あの女のことも。」
侑君の言葉に、俺の顔から笑顔が消えた
萎みかけていた風船が潰れるように、弱弱と笑みが消えていく。
憎むだなんてそんなこと。
俺に出来るわけがない。
特にお母さんのことなんて、尚更。
「…まあ、無理だよな。」
俺の表情を見てか、侑君はそう呟いた。
俺を数秒ジッと見つめた後ため息をついて立ち上がる侑くん
俺は咄嗟に起き上がって、侑君に「どこ行くの」と聞く。
「部屋に戻る」
「一緒にいようよ。えと、夜ご飯食べに行くまで」
6時になったら出かけるって言っていた。
車は別々で行くらしいんだけど。…これもお父さんの気遣いなのかもしれない。
今はまだ12時少し前。
時間はたくさんある。
慌てて侑君の服の裾を掴む俺に侑くんは微かに笑った。
「…ついさっきまで俺の存在すら忘れてたのにな」
「わ、忘れてなんて…!」
確かにさっきは、お父さんの事で頭が一杯だったけれど
俺の必死さに「冗談」と言いながら裾から俺の手を剥がす侑くん
俺の手は行方を失ってポスンとベッドに落下する。
「そういや昼飯まだだよな。宍戸さんに聞いてみるか」
「えっ、あ、俺も行く…!」
宍戸さんっていうのは家のお手伝いさん。
お昼ご飯、すっかり忘れてた。
あんまり食欲がないってのもあるんだけど…。
弟の行動にベッタリくっついてくのってどうなの、って思うけれど出来るだけ今は離れたくなくて侑くんのあとを追う。
学校だったら「ついてくんなようぜえな」くらいは言ってくる侑君だけど、家だと何も言わず俺が一緒にいることを許してくる侑くん。
お父さんとお母さんはお昼ご飯食べたのかな。
もしかしたら、今食べてたりして。
リビングにお母さんがいるのではないかと少し足が竦むけれど、侑くんが俺の前にいてくれているからそれに安心してしまう。広い侑くんの背中。お父さんと一緒。
ああ、俺本当、情けないな。
実家だというのに弟がいないと一人で行動できないなんて。
寮暮らしになる前の俺、どうやって生活していたんだろう。
家の中では、ずっと部屋にいた気がする。
それか千歳の家にいたり、たまに、真澄の家にお邪魔したり。
・・・あとで、真澄に電話しよ。
真澄ならきっと、優しい声で「どうしたの」と、俺の話を聞いてくれる。
prev mokuji next
bkm