誤算、伝染中 | ナノ
6



俺は、お父さんが話してくれるお母さんの話が好き。

今のお母さんじゃなくて、本当の、俺のお母さん。俺を産んでくれた唯一の人。

お父さんは俺と二人になった時、まるで内緒話をするかのように俺にぴったりくっつきながらその事を話す。ベッドに腰かけ、お互い隣同士になって。

俺のお母さんは、笑い方が俺とそっくりなのだとか。
考え事をしてる時瞬きが多い所も不思議と似ていて、手の骨格なんてほとんど一緒らしい。

お父さんは大事な宝石を一つ一つ丁寧に摘まむかのような優しい目をしながら、お母さんを思い出す。俺は、その横顔を、心の底から愛している。どうしようもないほど。

もう何年も前の話なのに、俺の知らないお母さんのことをちゃんと覚えていてくれるから、だからこそ、嬉しく思うのかもしれない。そこにはちゃんと、愛があったのだと知れるから。


けれど、ふとしたときにこの優しい魔法が解ける瞬間がやってきてしまう。
お父さんはつらそうな声で「ごめんな」と俺に謝る。

俺はこれ以上に重たくて、悲しくて、どこまでも深いごめんねを知らない。

きっと目に見えるのならば酷く歪で、真っ黒で、手から落としたらズブズブ地面に沈んでいくようなもの。だから、俺はお父さんのごめんねを一生懸命抱きかかえる。沈んでしまわないように、きっちりと。

本当は、謝ってほしくなんてない。
後悔なんてしないでほしい。
それがどれに対しての後悔かなんてわからないし、知りたくもないけれど、過去の自分を責めないでと思う。

だって、その結果俺は侑くんに出会えたのだから。
俺の大事な、半分だけ血の繋がっている弟。
俺はお父さんの過去のお陰で、大事な人に出会えた。…こんなこと、思ってはいけないけれど。


「俺は大丈夫だよ、お父さん。」


俺はお父さんを、お父さんの絶望ごと抱きしめながら受け止める。

俺には本当に、謝る必要なんてない。
でもお父さんはいつも俺に謝ってくる。
俺が小さいときから、今日まで。もしかしたら、今後死ぬまでずっとかもしれない。

だから、俺は少しでもお父さんを苦しませないように傷を隠す。
お母さんから過去に受けた暴力も、仕打ちも、お父さんにばれない様に出来るだけ。
お母さんもお父さんの前では、そこまで過激な事はしてこないから。

俺は物理的な痛みよりも、お父さんが苦しむのを見る精神的な痛みの方が耐えられない。

お父さんはもう充分傷ついてる。
自分の過ちを充分背負ってる。

その錘を、少しでも分け合えればと思う。
俺もその罪を背負わなければいけない。

俺はお父さんの長男なんだから。







「・・・あれ?侑君。」


ベッドに寝転がって天井を見上げていたら、開きっぱなしだったドアの前に侑くんがいたことに気づいた。寝転がっている俺をじっと見てたらしい侑君。

入ってくればいいのに。
いつからいたんだろう。


「どうしたの」

「いや、…別に。」


「親父は?」と、俺の部屋に入ってきながら侑君はお父さんの所在を聞いた。

お父さん。
さっきまで俺に優しくて悲しい時間を与えてくれていた人。

俺は5秒くらい考えたあとに、天井に視線を戻しながら「さあ?」、と答える。


「お母さんのところじゃないかなあ」

「あいつのところにはいかねーだろ。」

「えぇ?」


なんでそんなこと思うの。
玄関では2人仲良く喋ってたのに。
…本当に、仲睦まじく。


「書斎は見たの?」

「あー、見てねえけどいいや。…そっち詰めろ」

「えっ」


つ、詰めろ?
え?

その言葉にびっくりしながら慌てて横にずれる。

詰めろってそんな…
まさか隣で、ね、寝?

と思ったものの、左側のスペースに腰掛けただけの侑くん
微かにベッドが軋む。


な、なんだあ…
腰かけるだけかあ


「お父さんになにか用があったの?」


腰掛けただけの侑くんに内心がっかりしながら侑くんにきく。てっきり添い寝でもしてくれるのかと思ったのに、残念。

というかさっきまで俺がお父さんを独占してたからな。侑くん、お父さんと全然話せてないのかも。


「別に大したことじゃねえよ。さっきまで、お前と一緒にいたみたいだから聞いただけ。」


そう言って侑君は寝転がったままの俺の髪を指でなぞった。
髪の表面を滑るように、スススと触れている。
侑君が俺の髪に触れているという事実にギョッとした。

え、え?
なんかナチュラルに触ってるけど、侑くんが俺の髪触るなんてすっっっごくレアじゃない?
まって、うわあ…!
俺何も言わないでジッとしてた方が、ずっと触ってもらえるかな!?


「…髪、なんで染めたの。」


数秒間、無言で目だけ泳がせていたら侑君がそう聞いてきた。

・・・髪?
突然、どうしたんだろう。


「侑くんが染めてたから。」

「じゃあ俺が金にしてたらお前も金にしたの?」

「きっ…」


金…
金髪って言われると、小鳥遊が浮かんできてなんか…拒絶感があるけど…!


「してたよ、きっと。」


だって一緒がいいんだもん。
ピアスは、少し怖いから出来ないけれど、見た目は出来るだけ一緒が良い。

躊躇わずにそう答える俺に、侑君は黙ってしまった。
手の動きは止めないまま、静かになる侑くん


あれかな、どこまでもブラコンでうざいって思われてるのかな。


「お前の地の髪色、好きだったんだけど。」

「・・・へ?」

「こげ茶。色の抜けてる黒」


予想していなかったことを侑君に言われて、間抜けな声が漏れた。
天井を見上げていただけだった顔を、侑くんの方へと向ける。

するとバッチリと侑くんと目が合った。

侑君は、俺を見ていた。無表情で。
でも、目はしっかりと俺を捉えている。

その時、侑君が意外と近い距離で俺の顔を見ていたという事に気づいた。


「・・・やっとこっち見たな」

「え?」


侑くんにそう言われて、無意識のうちにずっと天井を見てしまっていたのだと知る。
俺、ずっと間抜けな顔をしながら天井を見ていたんじゃない?
途端に、じわじわ熱くなっていく顔。侑君はこんな俺をずっと見ていたんだろうか。


「…親父に会うと、お前はいつもこれ。」

「こ…、これって?」

「親父の事しか考えられなくなる。」


そう言って俺の髪から手を離した侑君。
侑君は、フッと笑っていたけれどどこか自嘲気味な微笑みを浮かべていた。




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