誤算、伝染中 | ナノ
4


「おい、起きろ。」


聞き慣れたその声にハッとして目を開けた。
近くで車のドアがバタンッと閉まる音と、シートベルトを外す金属音が聞こえる。何事?


「ん、え…?」

「家ついた。」

「えっ」


あ、あれっ
俺いつの間に寝てたの?

びっくりしながら声がした方を見上げる。
俺を見下ろしている侑くん。…なんか、不機嫌そう。どうしたんだろう。

というか、俺、
寝転がって・・・?


「えっっ、ひ、膝枕!?」


手元をみたら、侑くんの膝を枕にしていることに気づいてガバッと起き上がった。
もしかして不機嫌の原因これでは?
と思うが侑君は特に気にしてないみたいで荷物に手を伸ばしている

ちょ、ちょっと待ってよ、
寝てる俺、何故意識を失っていた!

侑くんに膝枕をして貰っていたというのに!


「侑くん、その、俺にひ、ひひひひ、ひ、」

「うるせえ、さっさと降りるぞ」

「あぁっ、待ってよ侑くん〜」


侑くんが先に降りてしまったので俺も慌ててシートベルトを外して車から降りる。
見慣れた広い駐車場。
お父さんはさっそく、庭にあるベンチに腰掛けて煙草を吸っていた。

俺に気づいて微笑みながら手を振ってくれるお父さん。
煙草を吸っているお父さんも格好いい…

けれど、なんか、
違和感。


「もしかしてお父さん疲れてる…?」


なんかぼんやりしてるような。笑顔が弱々しい。
近くにいた侑くんに聞いてみる。

侑君はお父さんを見て、途端に顔をしかめた。えっ、なに。どうしたんだろ…。
寝る前まで、普通だったよね?


「知らねえ。中入るぞ」


そしてお父さんのことは無視で家に入るよう促された。管理の行き届いてる、綺麗な入口。洋風なデザインのその扉は俺がよく使っていた扉。

けれど、不思議と、足がすくんだ。


「あっ…じゃあ、俺お父さんと一緒に入ろうかなぁ…」


不安だった。
もし、あの綺麗な人が俺を出迎えた時、俺は笑顔で『ただいま』を言えるかが。
また俺は知らないうちに彼女を怒らせてしまわないかが。

でもお父さんがいると、俺はただの空気になれる。
あの人の関心は、全部お父さんに向けられる。

…お父さんを、盾にするみたいで申し訳ないけれど。

侑くんは、そんな俺を見てため息をついた。


「…じゃあ、親父呼ぶか。」

「えっ、いや、お父さんせっかく休んでるからお父さん待つよ。…侑くん、先に中入ってて」


ドクドクと胸が締め付けるような緊張が、無意識のうちに身体を満たしていた。
あー、嫌だ。本当にこういう風に意識しちゃう自分が大嫌い。

ゆっくりと息を吐き出して、侑くんに笑顔を向ける。

侑くんは、やっぱり不機嫌そうだった。


「俺一人であいつの声聞くの堪えられねーから俺も待つわ。」


そう言って踵を返す侑君。
俺を置いて、庭の方に向かっている。

え。


「ご、ごめんねなんか」

「別に」


俺は慌てて侑くんを追いかけた。
侑君は何故かお母さんを毛嫌いしている。本当に、どうしてかわからない。さっきの車の中でもそうだ。「あの女」だなんて。

俺が見ている限り、お母さんは侑君に対してとても優しくて、素敵な人なのに。


「ん?どうした?」


戻ってきた俺たちを見てお父さんが首を傾げた。
口に煙草を咥えたまま器用に喋っている。


「なんでもねえから、早く煙草吸い終われよ」

「侑介キビシー。」

「ゆっくりでいいからね!」


俺の単なる我儘でお父さんの休憩タイムを邪魔するわけにはいかない!
侑くんの腕を引っ張って、首を横に振る。
ごめんね侑くん、侑くんにも迷惑かけちゃってるよね…!

俺の言葉にお父さんは「ありがと」とニッコリ笑ってくれた。

その笑顔にグラリと視界が揺れる。
か、かっこいい・・・・。本当、世界で一番格好いい。俺のお父さん。やばくない?


「んー、でもとりあえず先に挨拶済ませた方がいいか。中入ろ」


結局すぐにお父さんは煙草を潰してしまった。携帯灰皿にそれを入れて立ち上がるお父さん。
気を遣わせちゃったかな…

俺らのところに来るお父さんをソワソワしながら見上げる。
そんな俺の顔が面白かったのか、笑うお父さん。


「涼がそんな優しいと俺甘えてずっと煙草吸っちゃうからさあ〜ごめんなあ、ダメな父親で」


そう言って俺の頭を撫でてくれた。
煙草の香りがフワリとして、何だかほっとする。

というか、ダメな父親って。
こんな優しい人のどこがダメな父親なの。
誰よりも自慢のお父さんなのに。


「・・・そんな睨むなよ、侑介。」

「睨んでねえよ。」


チッ、という舌打ちが聞こえてギョッとした。
し、舌うち!?お父さんに舌打ちなんて!


「侑くん!」


いくらなんでも舌うちなんて良くない!
というかどうしてそんなにお父さんに冷たい態度を取るの!

怒る俺なんて気にせず侑くんは俺とお父さんを置いて先に玄関へと向かった。
お父さんは苦笑を浮かべながら俺の頭をまた撫でる。


「侑介が涼を誰よりも思ってくれる弟で良かったよ。」


そして、「家に入ろっか」と俺の肩に腕を回してくれた。

少し寂し気なお父さんの声。
お父さんが今どんな表情をしているのか気になったけれど、あまりにも近い距離にいるから見上げてもわからない。


お父さんがこんな声で話すなんて。

やっぱりさっき、何かあったのかな。




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bkm