愛を落とした私
俺はもうあのメールを受け取った瞬間から全てに身が入らなくなっていた。
頭ん中がお父さんのことでたくさんになる。お父さん、お父さん、お父さん!
最後に会ったのはお正月の時、少しだけ。お父さんは忙しいからすぐに仕事に行っちゃうからあまり一緒に居た記憶がない。お正月の時ですら、お父さんは忙しい。お正月だからこそ、なのかな、わからないけど。
だからまさか、ゴールデンウィークで会えるなんて。
喜んで帰るに決まってんじゃん!
「てなわけで、俺は実家に帰ります!」
「うん。いってらっしゃい。」
お父さんとの約束の日の朝。
わざわざ寮の玄関口まで見送りに来てくれた真澄に全力でハグをする。
そんな俺に笑いながら頭ポンポンしてくれる真澄
二泊三日してくる予定だから、真澄とは二日会えなくなるけれど!
でもそれよりお父さんに会える嬉しさの方が勝ってる、ごめん、ごめん真澄
「何かあったら連絡頂戴。俺どうせ暇だから」
「ん、わかった。あとお土産買ってくる」
「ふふ、うん。期待しとくね。」
最後、真澄をギュッと強く抱きしめてから身体を離した。
何だこれ。まるで俺がどっか違う国に行くみたいな別れの仕方だな。
春休み前もこんな感じの別れ方してたけど…。
しかも俺が一方的に抱き付いてたし。
小学生じゃないんだからどうなの俺。
真澄は俺が見えなくなるまで、俺の事を見送ってくれていたようだった。
俺は最初の数mしか手を振らずにこちらまで来てしまったけれど、そろそろ玄関が見えなくなると思ったところで振り返っても、真澄はまだそこにいた。
律儀な奴。
こまめに写メ送ってやろ。
お土産何が喜ぶかな。
真澄の事を微かに思いつつも、迎えが来るところまで少し小走りになってしまっている俺。
ああ、俺馬鹿みたいにはしゃいでる。
心臓がギュウギュウしてるし息が苦しい。
んん〜〜〜、
早く会いたい。
でも、きっと夜だよね…会えるの…
そう思ったとたん、急ぎ足だった俺の足が少しずつ遅くなっていった。
今急いだところですぐにお父さんに会えるわけじゃないし。
家についても、いるかわからないし、外食先で、再会するのかもしれないし。
「・・・。」
家。
家に着いたら、あの人はいるんだろうか。
どうだろう。エステに行くのが好きな人だから。
…俺、髪とか、長すぎないよね。大丈夫だよね。
リュックをギュッとしながら、出そうになったため息を呑みこむ
俺何考えてるの。馬鹿みたい。
「涼」
突然聞こえてきた声にドキッとした。
吃驚して後ろを振り向くと、私服姿の侑くんがいて。
黒のキャップに、大きめなTシャツとスキニーパンツ。
そして、某有名ブランドのスニーカー。
ゆっっっっ、
侑くっっっ
「し、私服だねっ」
自分でもだらしないと思うくらいデレッとした顔で、しょうもないことをを口にした。
さっきまで暗いことを考えていたのが嘘のように消えてなくなる。
わぁ〜〜、足長いなぁ、格好良い〜〜!
モデルさんみた〜〜い
「・・・そりゃあな。」
俺の一言に「お前も私服じゃん」と侑くんが続けた。
やっ、その通りなんだけど!でも侑君の私服ってそんなに見れないから!休みの日侑くんいなくて会えないんだもの!
え、てか俺ださくない?
子供っぽくない?大丈夫かな。
そわそわしながら自分のパーカーをギュッと握る。
ん、ん〜…、
ちょっとサイズ見え張って大きいのにしたから、だぼってしてるけど…。
下は、黒スキニーだけど、ど、どうだろ…。
あとお気に入りのスニーカー履いてきたし。
「お、俺もキャップ被ったら少しマシになるかなぁ…?」
「…今でもいいと思うけど。」
「えっ」
「は?」
侑くんに褒められた気がして、ボッてなった。
ん、んんん…、最近俺やっぱ変だな。
あのあと生徒会で何度も一緒になってるから、少しずつ普通に喋れるようになったはずなんだけど。
でも考えてみたら、あの時はほぼ仕事の話しかしないからこうやって前みたいに話すのは久しぶり…?
ラインは相変わらず無視だし、
朝は上手く俺を交わすし、
やっぱり会うのは生徒会の時だけ。
侑くんは、何食わぬ顔で俺を『住吉先輩』って言って俺に敬語で話すけど、
俺にとっては違和感以外のなにものでもないからね。
「おせーな、迎え。」
腕時計に視線を落としながらそう呟く侑くん。
タメ口で雑なしゃべり方。
やっぱり、俺はこっちの侑くんの方が落ち着く。
後輩の侑くんじゃなくて、弟の侑くんの方がずっと。
「そろそろ来るんじゃないのかな。松谷さんから朝連絡あったし。」
松谷さんはお父さんの秘書さん。
お父さんに秘書は三人くらいいるけれど、一番俺らと親しい秘書さんが松谷さん。
松谷さんが迎えにくるものだと思ってたんだけど、違うのかな。
あの人、時間の10分前には絶対来てるし…。
「あの人が遅刻とか珍しいな」
俺と同じことを思ったらしい侑くんが腕時計から目を離した
鬱陶しそうに日が照る空を見上げながらキャップを被りなおす所作をする侑くん。
あ、前髪後ろに流してる…。
というか、ピアス、増えた?
「なに」
俺がガン見してるのに気づいたらしい侑くんが、俺に視線を向けてきた。
今まで違うところを見ていたはずの侑君の瞳がスッ、と急にこちらに移動してドキッとする。
バレてた。
「み…見てるだけだよ」
それ以外の答えが見つからなくて、素直にそう答える。
侑君をガン見することなんて今に始まったことじゃないし。
でも、そう指摘されたことで途端に恥ずかしくなってしまってパッと目をそらしてしまった。
指先のささくれが気になっているフリをして指をモジモジと絡める
・・・なにこの仕草。
女子みたいじゃん、俺。
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bkm