誤算、伝染中 | ナノ
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結局、真澄は休むことなく学校に来た。
熱を測らせてみたが、平熱に戻っていてた真澄。温度計を俺に見せながら『ほらね、大丈夫』と言った真澄のあの憎たらしい顔ったら…。いや、真顔だったけど。なんか悔しかったんですよね。


訳あって一日ぶりに学校に行ったせいでか、もう、お互いすごい人に囲まれた。
大丈夫ですか、とか、つらかったですよね、とかお見舞いに行こうか迷ったんですけど、とか。

真澄は見舞いの品をたくさん渡され(本人は「いらない」って言ってたけど、無理矢理渡されていった)俺はいろんな人たちに心配され。

教室に逃げ込んでも、結局クラスメートにめっちゃ声かけられる羽目になるし。


つ、疲れた・・・。
大丈夫、つってんのに。

しかも何故か話が大袈裟になっていて、複数で囲い込まれレイプされたとかになってるし。

俺そしたらトラウマでこの学校来てないよ、たぶん。



やっと、放課後になったから俺は真澄を連れてさっさと生徒会室に行くことにした。
他生徒に声をかけられても無視。とりあえず、ほっといてくれ。


「俺職員室から鍵取ってくる」

「ん、よろしく」


真澄を一人にして、いろんな奴に囲まれるの可哀そうだけど…。
鍵取りに行くの、俺の仕事だし。(前にじゃんけんで決めた)


あれ、でもそういえば一年生昨日から入ったんだよね?
もしかしたら鍵取りに行ってたりするのかな。

…まだそういうことまでは決めてないか。


とか思ってたんだけど。


職員室に行ったら、ばったり、侑くんに会った。



「っゆ・・・・」



大きな声をあげそうになったけど、ここが職員室だという事を思い出して、自分で自分の口を押える。

侑くんの右手には、生徒会室の鍵。
あ、取りにきてくれたんだ…。

同時に、右手に貼られている絆創膏が目に入って胸が痛んだ。



「侑くん、その手…」

「とりあえず、廊下いくぞ」



肩をトンと押されて、職員室に出る事を促される。
一日ぶりの侑くん。
侑くんの背中に慌ててついていこうと、小走りした。



「侑くん、生徒会に入ったんだってね!俺、すごくうれしいよ!」



廊下に出て、さっそく侑くんに声をかけた。
俺に背中を向けたままの侑くん。

「ああ」と素っ気ない返事だけ返ってきて、次に何て声をかければいいか迷う。


手の事、話さない方がいいのかな。
話したら、あの時の事も思い出しちゃうよね。


いつもはシャワーみたいにどんどん話したいことがでてくるんだけど、今日は変。
全然出てこない。

でも、隣にいたいから少し歩くスピードを速めて侑くんの隣に行く。
微妙な距離感。

いつもは、侑くんのしっかりした腕に抱き付きにいくんだけど、そうしていいかわからなくて出来ずにいる。

代わりに、遠すぎず近すぎずという、微妙な距離が出来ていた。


なに、この隙間。



「涼」

「っえ、あ、はい!」



お互い無言の中、まさか侑くんが俺に話しかけてくれるとは思わなくてビクッてなる。
慌てて笑顔を浮かべながら侑君を見上げると、侑君が少し顔をしかめながら俺を見ていた。



「無理して俺の傍にいようとすんなよ。」



え?



侑くんの言葉に足が止まった。
止まった俺につられたのか、侑くんも足を止めて俺を振り返りながら言葉をつづける。



「自分でも気づいてねえの?お前の笑顔、めっちゃ引き攣ってるけど」



そう言って侑くんは視線を俺から逸らした。
まるで、『見てられない』と言われている気がして慌てて首を振る。



「無理なんかしてないよ」

「…俺ら何年一緒に居ると思ってんの。明らかにお前変だろ。」

「う、あ、でも、違うよ、本当に。ただ、何て話しかければいいか、わからなくて。」



言葉がつっかかりすぎて、自分でも自分が嫌になった。
なんで、違うっていいたいのにこんな言葉が詰まるんだよ。

侑くんは俺の弟だから、何でもお見通し。侑くんに嘘は通じない。わかってる。でも、本当に無理はしてない。俺がしたくてしてることだから、違う。違うもん。



「そう思ってる時点で無理してんだろ。別に話しかけてこなくてもー…」

「や、やだ、話す。」

「はあ?」

「俺は侑くんと話したいの!一緒にいたいの!」



我慢できなくなって、侑くんに抱き付いた。
そんな俺に吃驚する侑くん。

「おいっ、」と慌てた声で身体を剥がされそうになるけど、今日は離れまいと侑くんの背中に頑張ってしがみついた。



「涼・・・。」



呆れた、というか、諦めたに近い声で俺の名前を呼ぶ侑くん。
俺は侑君の胸に顔を埋め、やっぱり侑くんの匂いが好きだと思った。

今日はジャケットを着ていなくて、シャツ一枚の侑くん。
心臓の音が、より身近に感じられる。トクトク、と少し早い鼓動。


その心音に安心しているのも束の間、侑君が俺が避けていた話を口にした。



「…さすがに弟にあんなことされたら、お前も嫌だろ。」



その言葉に、自分でも身体に緊張が走るのがわかった。


あんなこと、というのはたぶん首の事。


途端に心臓がギュッと苦しくなって、そちらに意識が行っている間に侑くんに剥がされた。
バチッとお互いに目が合う。

侑くんは俺の顔を見て何を思ったのか、苦しげに眉間に皺を寄せて俺を見下ろしていた。



「あと場所考えろ。ここ職員室前だからな」



そう言って俺を置いて踵を返してしまった侑君。
その言葉に周りを見てみると結構な人数が足を止めてこちらを見ていたらしい。

俺が振り向いたからか、みんな視線を逸らしてそそくさと足を動かし始めた。
数人が顔を赤くしながらコソコソと何かいってるけれど、内容はわからない。



…別に、俺は誰が見てようが気にしないけど。
侑君は、そういうのが嫌な子だからな…。


侑くんを追いかけようと、顔を上げた時には侑君はすでに階段を下りてしまったらしく姿が見えなくなっていた。


首の事。
侑くんは俺が思っている以上に気にしてるんだろうか。


俺も俺だ。


侑君のあの一言に、あんなに緊張してしまうなんて。

・・・俺も、自分では気づいてないだけで、相当意識しちゃってるのかな。


はやく、元通りにならなければ。







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bkm