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「…お二人は何を飲まれますか」
紫乃さんに言われた事が照れくさくて、逃げるようにしてキッチンへと向かった。
視界の端にニヤニヤしてる有岡さんが見える。あー、もう絶対面白がってるよ。
「俺紅茶ぁ」
「俺も同じの貰える?」
「わかりました。…あ、頂いたクッキー今出しますね。」
「ありがと〜」
というか、病人にクッキーって。きっと有岡さんチョイスだ。
思わず笑ってしまいながら、お皿にクッキーを出す。
あとお湯も沸かして…。あ、真澄につくろうとしてたおかゆどうしよう。あいつ、お腹すいてないかな。
「真澄何度まで熱あがったのぉ?」
「9度1分でした」
「えぇ〜、結構でたねぇ。薬は?」
「飲ませたんですけど、飲む前は顔真っ赤だしフラフラで大変だったんですよ」
いやあ、もう、本当大変だった。
顔が真っ赤なだけだったら良かったけれど、それだけじゃないからね。
熱で色気駄々漏れだし、なんかもう…、本当…。
あいつ、俺にまたキスしてきたこととか忘れてんだろうなあ。
マスク越しとはいえ、あの感触。と、あの熱い目。
いや、本当、あれは…。
はやく忘れようと、頭を横に振りながらカップに紅茶を注ぐ。
それらを持って二人の所に戻ると「ありがとう」とお礼を言われた。
「言いたいことたくさんあるんだけどぉ、何から話せばいい?というか、何から俺は聞けばいいのかなぁ」
二人に紅茶を出して俺が席についたとき、有岡さんがなんか怖いことを言いながら俺を見た。
俺もカップに口をつけたものの、手が止まる。
ん、んんー…。
「そのぉ…。確かに報告しなかったことは、…あはは」
「ん〜?ふふふ」
笑う俺に、有岡さんもにっこりと笑顔を浮かべた。
綺麗な姿勢で、ソーサーとカップを持つ有岡さん。
俺はなんだか居心地が悪くて、背中が丸くなる。紅茶が喉を通る気がしなくて、机に戻した。
「あの時言ってくれれば、あいつに涼を狙ったことを心の底から後悔させてあげれたのにぃ…。ああいう下衆男は去勢させちゃえばいいんだよ〜」
「・・・。」
怖・・・。
有岡さんの笑顔に、視線をずらす。
紫乃さんも呆れた表情を浮かべながら紅茶を飲んでいた。
「あの腫れてた頬も、あの男がやったんでしょう?」
「あ、えと…はい…」
「真澄の気持ちもわかるよぉ〜、俺でもむかつくんだから真澄なんて腹が立って仕方なかっただろうねぇ」
可愛い涼の顔を傷つけるなんて、と有岡さんが呟いた。
か、可愛い、って、
・・・。
その単語に昨日の真澄を思い出して、じわじわと顔が熱くなっていくのがわかった。
なんで今思い出してしまったのか。
今まで流していた言葉だったからこそ、なんて反応すればいいかわからない。
真澄が熱出して変な事いうせいで…!
「・・・?どうしたの、涼」
俺の顔を見て、紫乃さんが不思議そうな顔をした。
うわ、変な顔してるのばれた。
「なんでも、ないです…。」
「うわ、顔赤いじゃぁん。真澄の風邪移ったんじゃないのぉ〜?大丈夫?」
「大丈夫です!」
顔を隠すようにして慌てて紅茶を飲んだ。
あーあー、やだやだ。はやく忘れないとね。
風邪引いた真澄があんなにやっかいだとは思わなかったよ!
「あの男も自分から退学したんだってさぁ〜、なんか中学の時もああいうことしてたんだって。本当気持ち悪いよねぇ、・・・死ねばいいのに」
「有岡。」
「あぁ、つい本音が」
口が悪くなった有岡さんに、紫乃さんが諭す。
けれど、有岡さんは不機嫌そうな顔をしたまま。
あいつ、中学の時からレイプしてたのかよ。通りで、手慣れてるわけだ。
口に物突っ込んで声出さなくするあたり。
あと、ズボンの紐を使うとかさ。
思い出して、俺も嫌な気分になった。
買ってきてもらったクッキーを口に含んで、どうにか気分を変えようとする。
すると、紫乃さんが突然「ごめんね」と言ってきた。
え?
理由のわからない謝罪にきょとんとする俺。
ごめんね?
何が?
「その子、俺のチームの子だったんだよね。…俺が、ちゃんと、そういうのわかってれば…」
紫乃さんの優しい目が、つらそうに伏せられた。
本当にごめんね、と悲し気な声でもう一度俺に謝る紫乃さん。
えっ、えぇ!?
「そんな!紫乃さんは何も悪くないじゃないですか!」
どうして紫乃さんが俺に謝るのかわからなくて、思わず立ち上がった。
ガタン、と机が揺れて有岡さんが「ちょっと」と苛立ちを口にする。
「あ、謝らないでください…。本当に、紫乃さんは何も、」
「・・・うん、ありがとう。でも、涼に怖い思いをさせちゃったのは俺の責任でもあるし・・・」
紫乃さんの手が、俺の頬に伸びた。
けれど、俺の頬に触れることなく止まる指先。
それに慌てて、紫乃さんの手を掴んで俺の左頬に引き寄せた。
それに、まるで猫のようにびっくりした顔をする紫乃さん。
「あの、俺本当に大丈夫ですから!頬ももう痛くないですし、腫れてもないですし。紫乃さんがそんなつらい顔するの、見る方がつらいです」
紫乃さんの手をギュ、と頬と手で挟み込んだ。
俺より冷えている紫乃さんの手。
紫乃さんにそんな顔されると、何故か俺の方が罪悪感でいっぱいになるよ。
「なぁに涼。お前、紫乃に対してやたら男前じゃなぁい?」
「だ、って…本当にそう思うんですもん…。」
有岡さんの言葉に、なんだか恥ずかしくなった。
確かに、俺らしくないな。変なの。
「…ありがとう、涼」
俺の必死ぶりが伝わったのか、紫乃さんが苦笑気味に微笑んでくれた。
それにほっ、として紫乃さんの手を放す。
紫乃さんにまで迷惑かけるとか本当あの男許せねえな。
退学して正解だよ。
むしろ、ただの退学で済んでよかったな。
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bkm