20
結局千歳はまじで簡易食で夕食を済ませていた。
学校の課題をやりながらウイダーを合計二本。
一応、受験生の邪魔は出来ないので、千歳が持っていた雑誌をぼんやりと眺めたりネットサーフィンをしたりしてた。
そして、そんなことやって時間を潰していたらいつの間にか俺は寝落ちしてたらしい。
安定っちゃ、安定。
疲れるとすぐ寝ちゃうから。
俺が目を覚ましたのは、身体に浮遊感を感じ、なんか甘くて良い匂いがした時だった。
ぐらん、と自分の意思とは関係なく揺れる頭。
腕が地面に引っ張られるみたいに垂れて、その違和感に意識が浮上する。
「・・・あ・・・?」
いい匂い、する。
シャンプーの、甘い匂い。
揺ら揺らする意識の中、どうにかして瞼を持ち上げる。
ぼんやりと霞んでいる視界。誰かの腕が、俺のひざ裏を持ち上げている。
背中にも、誰かの腕の感触。温かい。
あれ、俺、
寝てた…?
てか、ねむ、目、おもい。
「そのまま寝てろ」
千歳の声がすぐ近くから聞こえてきた。
低くて、落ち着く声。
その声に魔法をかけられたみたいにまた瞼が閉じられていく。
手放しそうな意識の中、背中に柔らかい感触とベッドが軋む音がした。
そして、身体に何かがかけられて、千歳の匂いに包まれる
ああ、俺今ベッドにいるのか、
つかさっきまでソファに居た気がするんだけど、と思ったと同時に意識が途絶えた。
「おやすみ」と言って俺の頭を撫でる千歳に気づくこと無く。
そして、朝
だいたい体内時計がしっかりしてる俺は目覚ましなしで目が覚めた
目を開けた瞬間にひろがった千歳の顔
瞼を閉じ、動くことなく静かに眠っている。
まるで、作り物のような品の良い顔立ち。
その近さに、心臓が口から出そうになった。
「んぐぇっっ、なっっ、に、」
驚きの余り変な声がでた
なんでこの近さにこいつ、つか、
あ゛っ!?
俺昨日、いつの間に寝たんだっけか!!!
ガバッと起き上がって布団を剥ぐ。
暴れる心臓に苦しみながら千歳を見下ろすと、どうやら起こしてしまったらしく顔をしかめながら俺を見ていた。
目にかかりそうな前髪から覗く目つきは、滅茶苦茶不機嫌そう。
う、
うわ・・・、
そうだ、こいつ寝起き悪い方なんだ。
「ぬあっっ!?」
しまったと思っていたら、服を引っ張られてベッドに身体が逆戻りした。
バフンッ、と弾む身体。
そして半ば強引に腰に腕を回されて後ろ向きに千歳に引き寄せられる
え゛っ!?
背中から感じる千歳の体温
腰に回された腕
「うるせえよ」
掠れた声がすぐ後ろで俺の鼓膜を揺らした
寝起きの声のせいなのか、いつもの2倍は色っぽい声。
「っ、」
確かに吃驚して眠りを覚ましてしまったのは悪かったけれど、なんでまた俺までベッドに戻した。
つかなんだこの腕!
この密着度!!
俺は抱き枕じゃねーぞ
「おい、千歳、」
その腕を腰から外そうと腕を引っ張る。
思いのほか簡単に外れてホッとしていたら、その手がズボォッと俺の服の中に入ってきた。
ハッッッッッ
「ちょ、ちょっ、ちょっと、」
何やってんだこいつ????
アァ????
状況が理解できなくて、ただただ唖然としながらその手を服の上から凝視する。蛇のように、するすると動く千歳の手。
その暖かい掌が俺の腹を撫で、どんどん上まで伸びてきた。
まるで、肌の感触を味わうかのような手つきに「ぅっ、」と熱い吐息が漏れる。
無意識のうちに漏れたそれにクソ、と思った。なに寝惚けてんだこいつ、その辺にしとかねえと殴るぞ。(でも意識されてると思われたくないからまだ耐える)
そして、その温かい指先が俺の胸まできたとき、
千歳の手の動きがピタリと止まった。
…?
手を止めて、無言の千歳。いや、止めてもらって結構なんだけど、どうした。
そう思って後ろを振り向こうとしたら、
千歳が突然、もう片方の手で俺の顎を掴み無理矢理後ろを向かせてきた。
「い゛たっ」
首がグキンッてなる。
千歳も身体を浮かして俺の顔を覗いていて、ばっちり目があった。
「・・・涼?」
俺の名前を呼んだ千歳。
目はもう完全に開いていて、あの不機嫌そうな目つきではなくなっている。
何かを確認するような、それでいて怪訝そうな表情。
「そうだよ、お前寝惚けてんのか、」
千歳の手を服の中から引き抜く。
なんだそのお前らしくない間抜けな面。
俺の顔と、返答を聞いて千歳は我に返ったようだった。
「寝惚けてた」と呟いて、寝転がったまま前髪をかき上げている。
「・・・昨日お前泊まったんだったな。」
「なに?疲れてんの?なんで知らぬ間にベッドにいた俺より意味わかんない行動とってんの」
つかやっぱり寝惚けてたのかよ。
あんなやらしい手つきで人の身体弄っといて。
ははーん…
さてはどこぞの女と勘違いしたな?
「俺に胸がなくて正気に戻ったの?残念だったな、俺に胸が無くて」
頭を抑えたままぼんやりしてた千歳に笑ってやる。
こいつ女としかヤんねーからな、それで胸がなくて何かおかしいって気づいたんだろう。
つか胸がなくて俺だって認識すんのどうなんだよ
千歳にそう言った俺に、千歳は何故かフッと笑った。
なんか俺に喧嘩を売ってる微笑み。
馬鹿にしたつもりなのに、なんでこいつはこんな態度とってんだ。
「胸なんてさほど問題じゃねーんだよ。そんな生意気な態度とってくんなら寝惚けたフリして続ければよかったな」
そう言って、千歳が起き上がり俺の肩に右腕を回してきた。
俺の身体を引き寄せながら、俺の腕のしたに手を通す千歳。
そして、俺の右胸を掴んできた。
むに、と脇下の脂肪を親指で寄せるようにしながら、無い胸を揉んでいる。
俺に胸はないけれど、胸を揉まれてる感覚はあるわけで。
ゾワリ、と鳥肌が全身に走った
「っっざけ、んなああっっ!!!なにやってんだおまえ!!」
その感触が気持ち悪くて思い切り右腕を払い落とす。
俺の様子をみて意地悪く笑ってる千歳。しかも、「じゃあ黙ってろよ」と腹立つ一言つき。
む、むかつく・・・!!本当、なんでお前はいつもそんな飄々とした態度をしてんだ!!!
「…つか、今何時…」
千歳がギャアギャア騒ぐ俺を無視して、話を逸らした。
あっ!!
そうだ、時間、まだ見てなかった!
千歳の視線をおいかけて、俺も壁に掛けられている時計に視線を移す。
けれど、まだ、朝の六時半。
それを見て、千歳はうんざりしたらしく無言で俺を見てきた。
ハア、と重たいため息が聞こえる。
ざまあみろ!遅起きのお前にはたまんねーだろうな!
「仕方ねーからコーヒー入れてやるよ、色男さん。」
昨日知らぬ間にベッドまで運んでくれたっぽいし。
それとも自分の足で歩いたのかな。
あと一泊させてくれたお礼。
動きたく無さそうにしていた千歳の代わりに俺が立ち上がる。
捲れたままだった服を戻しながら床に足をつけると千歳が「どうも」と呟いた。
あーあ、朝から酷い目に遭った。胸揉まれたし。死ね。
そんでもってこのあと学校とか、なんか…休みてえ。
しかも真澄。
あいつどうしてんだろ。
とりあえず、心配させてごめん、ってもう一度謝って、
久々に一緒に学校に行こうかなあ。
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bkm