誤算、伝染中 | ナノ
19




一度泣くと、疲れてすぐ寝るかなかなか吃逆が止まらずにグズってるかのどっちかだけれど、今は後者だった。

ソファの上で丸くなりながらグスグスして何分経ったか。


あー…頭痛い、喉の奥もなんか変、
呼吸がつらい…

そんな事をずーっと考えながら袖で目を何度も拭っていたら『コトン』という音がした。

その音に目を開けると、机の上にマグカップが。


「・・・な゛に゛、」

「ホットミルク。」


そう言って千歳が俺の足元に腰かけた。
その言葉にムクリと起き上がって見てみると、温かそうに湯気がたっているホットミルクがあって目を丸くする。

わざわざ準備してくれたのか…、うわ、なんか怖いな。
つか声やっば。鼻声だしなんか震えてるし。


「…牛乳なんて、お前の部屋にあったの」


喉がつらいから囁くような声で千歳に話しかけることにした。
何かの雑誌を眺めてる千歳。お前仮にも受験生だろうが。勉強しろ。


「お前、俺が外に行ったことも気づかなかったのかよ」

「え゛っ、・・・・か、買いに行ったの」


わざわざ。
千歳が。


びっくりしながら千歳を見てみると、無言の千歳。
買いに行ったらしい。
まじで。



「ふ、ふーん・・・」


何か気恥ずかしくて誤魔化すようにして温かいマグカップを持った。
ズズ、とホットミルクを口に含むと、じんわり広がるちょうどいい甘み。

美味しい…。
ふう、とため息をついてソファの背もたれに寄りかかる。
チラリと千歳を覗き見てみると、いつの間にか着替えたようだった。

…まあ、ビシャビシャにしちゃってたしな…。

つか、千歳が売店ねえ…。
想像できねえー、わざわざそんなことしなくてよかったのに。



「目、腫れてんな」

「えー、まじで?」


ゴシ、と擦ってみるが自分ではわかんない。
不細工さが際立つ?

すると手を掴まれてしまった。


「擦るから腫れんだよ」


擦るな、と言われてんじゃどうしろと、と思う。
明日には腫れ引いてるかな。
引いてるといいけど。


「つかお前携帯は?」

「え、持ってきてない。何なら何も持ってきてない」


部屋の鍵は暗証番号で開錠だからいらないし。
千歳の質問にきょとんとする。何か問題はあんのか。


「…真澄には言ったのか」

「言ってない…です。すみません」


ムキになって出るとき言わなかったから。
そんな俺に呆れたようにため息をついて、千歳がiPhoneを取り出した。
何かメッセージを打ってる。

ぼすっ、と千歳の腕に体重をのせながら画面をのぞき込むと真澄相手。


うわー、なんか淡々とした連絡とりあってんなこいつら。
ウケる〜。絵文字一つねえ〜。


「明日学校どうすんの?」

「朝早めにでて戻る。風呂はさっき入ったし、あ、歯ブラシのストックある?」

「…あるけど、夜飯は?」

「別にいらねー。千歳まだなら食べてきなよ。あと20分で閉まるぞ」


食堂は夜の九時まで。
あ、それとも俺作ってやろっかな。

そう思ってモソッと立ち上がった。
「おい」と千歳に声かけられるけれど、無視してキッチンへ。


んへへ、こいつの冷蔵庫の中身どうなってんだろ。
どうせ料理できるだろうから意外と中身充実してんのかな。主婦みたいだったりして。
何作るのか想像つかねーけど。


そう思いながらガチャ、と冷蔵庫を開けてみたけれど、
中身を見て吃驚。


な、
何も入ってね〜〜!


ミネラルウォーターと、
多数のウイダー。

えっ、なにこれっ、
まじで?

冷凍庫も覗いてみるが何も無し。

まじかよっ


「お前食堂行けない時どうしてんの」

「だから簡易食あんだろ」

「まじで」


吃驚して千歳を見上げていたらバタンと冷蔵庫を閉められた。
とりあえず出しっぱなしにされている牛乳をしまうためにもう一回冷蔵庫を開ける。


やっぱりなんもない。
おいおい、大丈夫かよこいつ。


「せめて必要最低限の食材くらい置いとけよ」

「どうせ作んねーからいいんだよ」

「育ち盛りが大丈夫なのかよ…」


よくこれで二年間生きてこれたな
いや、食堂あるけどさあ。
そんなんでなんで身長そこまでデカくなんだよ。毎朝飯食べてる俺に詫びろ。


「涼が作ってくれんなら食材溜めとくけど。」


…なんか戯言言ってる。


「なんでそうなんだよ。作るわけねーだろ」


冷蔵庫の扉を閉めながらその冗談を流した。
侑くんとか真澄相手ならまだしも。


「御礼の時は手作りくれるのにな」


後頭部をサラリと撫でられた。
振り向くと意地悪く微笑んでいる千歳。


御礼・・・チョコフロランタンのことを言っているんだろう。

同時に思い出す、突然のキス。
その時の事を思い出して、顔が熱くなった。


こいつっっ



「触んなっ!クソッ変態が!」

「ああ?さっきまで俺の胸で泣いてたやつがよく言うよ」

「うるせーーっ」


思い出させやがって!
しかもぜってー、わざとだ。
あとさっきのはタオル代わりだから触ってたことにカウントされねーんだよ!


千歳の手を払ってソファへと逃げ込む。
逃げたところで隠れれるわけではないけれど、クッションを腕に抱え込んでバリケードを張った。


そんな俺を見てハッ、と笑う千歳。



「なんだよそれ。」

「バリケードだよ!こっちくんな!」

「俺の部屋で命令すんなよ」

「ぐっ…!」


それ言われたら俺お前にされるがままになっちゃうんだけど。
でもここがこいつの部屋であることは変わりないので、泊めて貰ってる身が偉そうに色々言える立場ではない。

唇を噛みしめて千歳を睨むと「冗談だっつーの」と言われた。


「変なところでお前は真面目だよな。単純っつーの?すぐのせられて振り回される」

「えっ、」


た、確かにそうですが。
さっきもまんまとのせられて、色々なことしちゃいましたけど。

のせられてキス。のせられたっていうよりは、煽られて?馬鹿にされて?

・・・。

…やばい、思い出すだけで無理…。死にそう。
明日真澄にどういう顔すれば


「何顔赤くしてんの」


自分では気づかなかったが、顔を赤くしていたらしい。千歳につっこまれた。
その言葉にハッとして顔を抑える。えっ、あ、赤くなってんのかな。


「べ、別にぃ?」

「・・・。」


千歳が俺の顔を見ながらソファに腰かけた。
上半身だけ俺に近づいてきて、クッションに千歳の手が乗っかる。


な、なんだよおっ


「侑介。」

「・・・?」


千歳が俺の目をジッと見ながら、突然侑くんの名前を呼んだ。
侑くんがなに。


「あー、真澄。」

「はっ!?な、なにがっ!」

「ほら単純。」

「えっ!!?」


千歳が何を言いたいのかわからなかったが、真澄の名前が出てテンパった。
ま、真澄がなんだよ!なんだよっ!!!


「真澄と何した?それで部屋飛び出してきたんだろ」

「べ、別に、何も・・・・普通に、怒られただけで、」

「怒られて真澄の血が唇につくのか、ずいぶんと過激だな」

「それは関係ねえっ!」


なんでそれ出してくんだよ〜〜!!

真澄の話になればなるほど顔の赤みが増してる気がする。
じわじわと耳がしびれる感覚。たぶん、耳も真っ赤なんだろう。
そんな俺に、千歳が「お前まさか、」と呟いた。


「…真澄にのせられて、セック「は、してない!!!やめろよ馬鹿じゃないの!!!」


千歳が頭おかしいことを言い始めた。
お前頭いいくせに何馬鹿な事を!!


「ただ、あれだよ、あの、」

「なに」

「お前もしただろ、俺に、それと同じような事しただけ」


それだけ!!!
それだけなのに俺はテンパってるの!

クッションをボンボン殴りながら千歳に訴えた。変な勘違いしてんなよ全く!つか俺も何言っちゃってんの!


無言の千歳。
それに違和感を感じて顔を上げると心底興味なさそうな顔でこちらを見下ろしていた。

しょうもな、と言った顔だ。



「ああ?それだけでお前、」

「うるせえな!!自分からするのとされるとではまたちげーんだよ!」


三倍返しくらいでされたし。

思い出してきた。真澄の、あの熱い吐息、強引な手の力。
腰にズドン、と落ちる甘い刺激。


う゛っ…思い出すな、俺。身体変になりそう。
しかも、だいたい、ディープキスなんて、


「ディープキスなんて、俺、したことなかったんだよ・・・」


ボスン、とクッションに頭を埋めながらボソボソ呟いた。

例えおふざけだとしても、一度もない。
だからこんなに、テンパってる、のかも。

舌かんじゃったし。



「ディープキス。」

「そうだよ。鸚鵡返しすんな」

「ふーん」


お得意の興味なさそうな相槌。
俺がこんなに悩んでるというのに、他人はいいよな、気楽で。


クッションに頭を埋めたまま、ガシガシと襟足を擦る。
真澄、いつも俺と一緒にいるくせにやることやってたんだろうな。
じゃねーと、あんなキスが上手いわけないし

なんだよ、あんな「性に興味ありません」みたいな顔して、なんであんなエロいキスできんの。意味わかんない。

はああ、と重たいため息が漏れた。


「それで動揺して舌噛んで血つけてたと。真澄に同情するな」


ははは、と棒読みすぎる声で笑った千歳。
なんだその癪に障る笑い方。


「千歳はさぞうめーからこういう失敗もねーんだろうな!」


皮肉を込めた言い方をしたつもり。
何もしなくてもいろんな奴が集まってくるんだから、すげー回数を重ねてきたわけだ。こいつは。

相手の舌を噛みことなく、されるがままになることもなく。
う゛ぅ、と唸りながら悶々する俺とは違って、暇そうに千歳は俺の髪をクルクルし始めた。
丁度つむじの所を、指でくるくる回している。

回しながら、千歳が馬鹿みたいなことを俺に呟いた。



「試させてやろーか」

「しね」



誰がお前なんかと。






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