17
「ま、まあ、それは置いといて。千歳は何してたの今。」
唇を指でゴシゴシしながら話を変えようと試みる。
無言で俺の横にドサッと座ってきた千歳。
テレビを消して、目の前のテーブルの上の書類を片付け始めた。
あ、生徒会の仕事かな…。
「お前が来る寸前は、顧問と連絡とってた。」
「え、戸村先生と?」
なんでまた。
まあでも千歳は会長だし、しょっちゅう取ってるのかな。
ふーん、と相槌を打ちながらソファの肘置きに背中を置く。
遠慮なく千歳の膝の上に足を置くが、千歳は気にした様子がなかった。
真澄だったら「こら」とか一言いってくるんだけど。
「なんかミスでもあったの?あ、つか優勝おめでとう」
今更だけど。
あとおめでとうなんて気持ちさらさらないけど、一応言っておく。
今頃美化委員会と体育委員会は片付けに追われてんだろうな、可哀そう〜。
そんなこと思いながらへらへら笑っていたら、俺の発言に千歳が盛大にため息をついた。
はあ、と呆れ切ったため息。
ああ?
なんだよ。
「お前、犯されかけたんだって?」
「え゛」
「その首も、その頬も、それが理由なんだろ」
「その唇の血も二次被害?」と聞かれ、その言葉にビックリした。
千歳の手が俺の首に伸びて来て、ビリッ、と絆創膏を取られる。
な、なんでっ、
あっ、顧問からか!
慌てて首を抑えた。
キスマークなんて、見られていいもんじゃない。
…侑くんに、つけられたものなら尚更。
「・・・馬鹿かお前」
慌てて起き上がった俺に、千歳がそう吐き捨てた。
眉間に皺を寄せて、あの千歳が珍しく怒っている。
えっ・・・
千歳でもそんな顔するのかと、ギョッとした。
「な、なんだよ馬鹿って。何に対しての馬鹿?」
普段見ない千歳に内心怖気づいた。
つか俺一応被害者なんだけど。
なのに、なんで馬鹿?
なんでまた怒られるのー!
「こんなもん付けられたのも馬鹿だと思うけど、どうせ真澄に散々言われただろ」
ぐにぐにと親指で唇を押されて内心、ドキッとする。
思い出すのはさっきの真澄とのディープキス。
こ、こいつ、どこまで気づいてんだ、怖いんだけど…。
気づいたら、千歳が俺に覆いかぶさるようにして俺を見下ろしていた。俺の背中にある肘置きに手を置く千歳。
急に近づいた距離に、俺の足が体育座りのように縮こまる。
な、なんだよお…!
「俺が一番言いてえのは、そのヘラヘラした態度に対してだよ。なんですぐに俺に報告しなかったんだ」
「はあ?…いいじゃん、報告あったんだから」
第三者からだけど…。
唇を尖らせながらモゴモゴ呟く。
つか俺は大事にするつもりなかったし、あの糞男がみんなの前であんな事するせいで…クソ…
先生から千歳は何を言われたんだろうか。
というか、どこまで知ってるんだろう、全部かな。
「…ゆ、侑くんと真澄、どうなるの。」
顧問から連絡があったってことは、きっと真澄のことも話してるはずだ。
真澄、ちゃんと手の治療はしただろうか。
侑くんも、きっと、手、怪我してるだろうし、
千歳が怒ってるのは、二人を巻き込んでるのに当の本人がヘラヘラしてるからなのかもしれない。
「二人は反省文で済んだ。あの生徒は一か月停学になるだろうけど、学校にいれないだろうな。」
「…そう。」
反省文で済んで良かった。きっと、もっと重かったら停学だっただろうから。
あの男は自業自得だ馬鹿野郎。
「真澄も侑介も、お前の事になるとただの後先見えない短気なガキになるんだからそこ頭に入れとけ。」
「はあ…?」
ガキって…千歳と大して歳変わんねーじゃん。
二人も俺のために自分を犠牲にしなくてよかったのに。本当、なんで俺なんかのために。
そう思うが、つっこめる雰囲気ではないので大人しく黙っておく。
その代わりむう、と不満を顔に出していたら、右頬をぐに、と摘ままれた。
いたっ、
え!?
顔を上げると割と鋭い目をしてる千歳。
いつもぼんやりしてるから、この目を向けられると身体に緊張が走る。
「お前にしてみれば余計なお世話かもしれねえけど、皆お前が心配なんだよ。だからお前も他の奴に心配かけさせんな」
怖い顔の千歳。
お、
怒られた。
あの千歳に。
その事実にポカン、としながら千歳を見上げる。
真澄には自分の身を案じろと怒られ、
千歳には他の奴に心配かけさせるなと怒られ。
なんで俺こんなに怒られなきゃいけないんだと思うが、千歳の雰囲気に負けてそれどころじゃなかった。
まさか千歳に、
こんな怖い顔されるとは思わなかったから。
「ご、…ごめんな、ひゃい…」
頬を摘ままれてるため、なんか情けない声がでた俺。
でも、とにかく謝らなければいけないと思った。
なっ、なんで、
そんな怒るんだよお…!!
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bkm