誤算、伝染中 | ナノ
11





ゲームスタートから2時間後

終了のアナウンスがなって、残っていた連中が歓声をあげた。

そいつらと違ってやっと終わった、と盛大にため息を漏らす俺。なんとか生き残った。90パーセント周りのサポートのおかげ。

一時はどうなるかと思ったけど…

俺らのチーム何位なのかな。
みんな頑張ってくれたんだから、最下位じゃないといいなあ。


溝内を適当に会話をしながら体育館に戻ると、すでにぶつけられた人たちでいっぱいだった。えーっ、こんなにぶつけられてたの皆!すごー!あとカラフルだー!


「涼」


声を掛けられて後ろを向くと真澄がいた。

真澄だ。
こいつも生き残ってたのか。いや、当たり前だけどさ。


「すごい、よく残ったね」

「お前の厳選メンバーが頑張ってくれたおかげ」


つかやっぱり俺が真っ先にやられると思ってたのか。そうでしょうけどね!俺間抜けだし!


「もうこういうイベントやだ。疲れる」


体力的にしんどくて真澄の背中に張り付いた。首に腕を回して真澄に引きずられていく。

いつもだったら剥がされるけど、今は特別なのか真澄は苦笑するだけだった。


「来年はなくそうよ」

「そうはいかないんだよね」


ちぇっ
でもせめて、生徒会メンバーがボスやんなきゃいけないってのは無くしてほしい。嫌です。


「あっ、涼さーん!良かった、最後まで無事で」


声をした方を見ると、紫色のインクでめっちゃ汚れてる小鳥遊がいた。えっ…引くくらいぶつけられてんじゃん。


「小鳥遊、身代わりになってくれてありがと。つかやられすぎだろ、何それ」

「あいつら一回ぶつけただけじゃ飽き足らずすっげえ投げてきたんですよ。顔は死守ですけどね。でも涼さんが無事でよかったです」

ニコ、といつもの笑顔を小鳥遊が浮かべた。
確かに、小鳥遊の顔はそんな汚れてない。ナルシストじゃん。
あと私怨が相当だったんだろうなあ、恋人寝取るって…まあ、見た目通りの男だって事だ


「うざいなお前」


俺の代わりに真澄が呟いた。
えっ!真澄が暴言!
すごい!なかなかレアだぞ!!


「あはは、真澄さんひどーい」

「涼、どうしたの?いつも小鳥遊に害虫並みの嫌悪抱いてたのに。」

「なかなか…ひどいですね、本当」


真澄の本音具合に小鳥遊はダメージを受けたようだった。えっ、どうしてって…


「侑くんの写真くれるって言うから…」

「・・・」


俺の発言に真澄は呆れたようだった。そのままズルズルと歩くのを続ける真澄。えっ、無視!

小鳥遊に一応手を振ってから真澄に引きずられていく。そんな呆れます?だって中々いい奴じゃん!時々イラッてするかもしれないけど!

このあと閉会式は生徒会が仕切る事になってるから所定の位置に移動する事に。

けれど、そこにたどり着く前にどこかから騒ぎの声が聞こえてきた。

…ん?

真澄もそれに足を止める。
声の方を見ると、どこかのチーム内で揉めあってるようだった。


「紫乃さんのとこだね」


真澄が俺の腕を解きながら、そっちに向かって足を速めた。俺も慌ててそれについていく。

えぇ…?今更面倒ごと?
勘弁してよ…


そう思いながら人混みをかき分けてその現場に行くと、騒ぎを起こしてる人物をみてギョッとした


ゆ、

侑くん…!!!


「侑介…?」


真澄も驚いたようだった。
正確には、騒いでるのは違う男の方。
侑くんが胸ぐらを掴まれて、暴言を吐かれている


えっなにこの男?
俺に殺されたいわけ?


「こいつ突然俺が気に食わねーからって殴ってきたんだぜ!?ありえなくね!?」


侑くんは無言でただその男を騒がせている。相手はどこの糞野郎だと思って見てみたら驚いた


「うわっ!!」


こっ、このモブ顏…!
俺をレイプしかけたやつだ!!


俺の声に反応したらしい侑くん
こちらを見て目を丸くしている。

それにつられてか男もつられてこちらを見た

目がバッチリあってしまって、吐き気がする。いや、まじでお前、なんで侑くんにまで手出そうとしてんの?

え?まじで何が起こってるの?


「騒ぎを起こすのはやめて、そうなった理由を述べてくれない?」


真澄が2人の間に入って、冷静に説明を促し始めた。男は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す


「見てくださいよこれ。こいつに殴られたんです」


そう言って腫れ上がった頬についてるガーゼと欠けた歯を見せる男。鼻もガーゼで止血されてる。

え…だって、それ自業自得じゃん
お前が先に俺に手を出したんだから

それで侑くんが、俺の代わりにお前を…


・・・。


こいつ、もしかして、

一方的に被害者ぶって、侑くんを悪者にしようとしてる?


はあ???


「…お前いい加減にしろよ、なに被害者面してんだよ」


苛立ちが爆発して糞野郎の胸ぐらを掴んだ。そんな俺に「ええ?」と返してくる男
うわ、うざい


「書記さん関係ないっすよね?なんすか、弟くん庇ってんすか?やめてくださいよー、俺を悪者にしようとすんの」


その態度にポカンとする。

えっ、なに、なんでこいつこんな堂々としてんだ?


「涼、」


真澄に手を剥がされてハッとした。周りがザワザワと騒がしくなってる。しかもみんな、侑くんのことを悪く言ってる


「侑介、そうなの?」

「…こいつの言ってることは間違ってないです」

「ほらあ!」


な、なんで…

侑くんは何も悪くないのに、自分の非を認めてしまった。それに調子に乗って男が真澄に自分の被害を訴え始める

真澄は訝しげにそれを聞いてる様子

なんで侑くん、俺を庇って殴ったって言わないの?


「違うって!侑くんは悪くない!!こいつが!!」

「なんですか。証拠ならありますよ、弟くんの手を見てくださいよ、怪我してますよね?」


それに周りが余計ザワザワした。
『暴力沙汰?』『まじで侑介殴ったのかよ』『見た目からしてこえーもんな』とか聞こえる


くそ、どいつもこいつも!!
この男に乗せられやがって!

それに我慢できなくて大きな声で真澄に訴えた


「こいつが俺をレイプしようとしたから侑くんが殴ってくれたんだよ!!!」


その怒鳴り声に、周りが一瞬で静かになった。


目を見開く真澄。


なんで言わなかったんだよ侑くん。これをいえば、皆この男に非があるって認めんのに。

この男もこの男だ。
明らかに自分の方がくそな行為してるのに何いけしゃあしゃあと被害者ヅラしてんだ?
その神経を疑う


「おい、涼…!」


侑くんが俺に首を横に振った
「俺がこいつを殴ったのは事実だ」と続ける侑くん

なに、なんでこいつを庇うの。

…もしかして、
俺がレイプされかけたってことで、辱めを受けると思ったから?

だから頑なにただただこいつに怒鳴られまくってたってこと?

確かに、男が男にレイプされかけんのってプライド的にどうなのって恥ずかしいかもしれないけど…


俺は侑くんが悪者扱いされてる方が耐えられない


「嘘言わないでくださいよ、証拠だってないじゃないですか。ありますか?俺ら初対面ですよね」


男がニヤニヤしながら俺に詰め寄った。

証拠?

あぁ…こいつ、
レイプしかけた証拠がないと思ってこんなデカイ態度とってたのか


馬鹿だな


「これ、なーんだ」


ポケットからトイレットペーパーに包まれたある物を取り出した

その中身を見てギョッと目を見開く男。慌ててポケットに手を突っ込み始めた


「君のだよね、これ。トイレに忘れてったよ」


目の前に自分のスマホを見せられ、男が青ざめる。
その様子を見て笑顔が止まらなくなった。

えー、こいつ本当馬鹿じゃん
俺を撮影してたの忘れたの?大事な携帯なのに。

侑くんは自分が罰を受けるだけで良いと思ってたみたいだけど、俺はそんなことさせないよ


証拠がないと思ってわざわざ人が多いところで侑くんの優しさに漬け込むなんて本当、クズな奴


「この中のビデオフォルダに何が入ってるっけ」

「いや、それは俺のじゃ…」

「大丈夫!指紋認証すれば1発で誰のかわかるよ!」


男の手をそっと握った
けれど俺の手から逃れようとする男の手

なんかモダモダしててウザい


「指切り落とされてえの?」


そう聞くと男はビシッと固まった。ぶるぶるする手で指紋認証をする

ロックが解除される携帯

さてさて、フォルダはどこかな…


「おい、何も見せる必要なんて、」

「だってこいつ証拠証拠ってうるさいからさあ、ね、皆に見てもらった方が早いよ。俺をレイプしようとしてるこいつの動画。あ、ほとんど俺かもしれないけど、声はこいつのだから」

「涼!」


侑くんがキレた。
携帯を俺のとこから奪う侑くん

なんで


「お前、自分の痴態見られて平気なのかよ!」

「平気だよ、侑くんが悪者扱いされる方が耐えられない。仮に俺が最後まで犯されてても俺はこれを証拠にしたよ」


俺の言葉にグッと侑くんが言葉に詰まったようだった。

なんで侑くんはそんなに俺を守ろうとするの。こいつを殴ってくれただけでも充分なのに。しかもそのせいで今、侑くんは非難されていた。

許せない。


「…涼…」


今まで黙っていた真澄が俺の腕をそっと触ってきた。落ち着けと、その手を通して伝わってくる

真澄に顔を向けると、真澄が眉をひそめた。そっと俺の左頬に指を這わす真澄。ピリ、と痛む頬に目が歪んだ

なんだろ、今更痛みが増してる。アドレナリン切れたのかな

そのまま首にも指が滑っていって、侑くんと同じように首のとこで止まった。

絆創膏のところ。

…やだな、やっぱ気付くもんなのかね。絆創膏貼ってるとむしろ目立つ?


「御察しの通り、そいつにキスマ付けられたし口封じに殴られた。動画に残ってんじゃない?」


真澄が聞きたいことがわかっていたので先に答える。

男はもう、見る影もなかった
みんなが男を見る目も変わっている。…終わったな。

あの時あそこで大人しく反省してれば良いものを、仕返しなんて考えるからこんなことになってんだよバーカ


「…わかった、これは俺ら生徒会で解決できる話じゃないから先生に報告する。動画も、先生に確認してもらった方が良い。こいつの処置も、侑介のことも、先生に判断してもらおう」


真澄が冷静にそう言いながら、侑くんから携帯を受け取った。
やっぱり、侑くんもこいつを殴ったってことでなんか怒られるのか…その時は俺も怒られに行こう


真澄の判断に「はーい」と仕方なく頷いた。

これ以上騒ぎ立てたくないし。
侑くんの無実も判明できたかな?

俺らを見物してた奴らが散り始めて、ハアとため息が出た。最後の最後まで面倒くさかったな。まじで殺してやろうかと思った


真澄が男の所に寄って行ったから、まだ何か話があるのかなと思ってそれをぼんやりと眺める

真澄はいつだって冷静だな。
俺には無理だ、生徒会の一員として正しい判断を下すとか。絶対気持ちが入る。
侑くんが関わってるから余計だけど。


けれど、真澄がまさかの行動に出て息が止まりかけた。


俺がハッとした時には、すでに真澄は男の胸ぐらを掴んでて。

恐怖の色に染まる男の顔

そして、俺が瞬きをした時『バキィッ!!!』って凄まじい音が響いていた


顔を抑えて叫び声をあげる男
その周囲にいた生徒も仰天した様子で見てる

唖然とする俺
また鼻血を出したのか、男の手からこぼれ落ちる真っ赤な液体にドン引いた


「ま、真澄、」


何、
やってんの…

ありえない光景だった。


あの真澄が。
他生徒に暴力だなんて。


あの冷静な副会長が、だぞ。


ありえない出来事にビビっていたら、うずくまった男に合わせて真澄もしゃがみこんだ。

横顔しか見えないけれど、驚くほど冷たい目をしてる真澄。


そして、痛みに呻く男に向かって


「ごめんね、これは私情の分」


と、呟いた。





prev mokuji next
bkm