誤算、伝染中 | ナノ
08



こ、この声は…


涙をボロボロこぼしながら天井を見上げた。

俺の間違いじゃなければ、きっとあの子の声。俺の名前を呼ぶ声はあの子のもの。


けれど、なんで俺がここにいるってわかったんだろう。
一体誰から?
それとも本当に偶然?


シーンとする室内。


すると、舌打ちのあとにガンッ、という何かがドアにぶつかる音がした。
しかもなんと、ドアの上のところから手が見える


も、もしかして、
登ろうとしてる?


男の方を見てみたら、同じく上を見て固まっていた。
まずい、と思っているんだろう顔が真っ青だ。


…ざまあみろ。
フ、と笑みが漏れた。


「涼!!」


そして、俺の名を呼びながらドアの上から出てきた頭。
グレージュ色の髪に、ピアスをつけている俺の大好きな人。


侑くん…


全身から安堵のあまり力が抜けていくのがわかった。


「…っ…」


俺の様子をみて侑くんは唖然としたようだった。そりゃあそうだ、今の俺の状況はひどい。ボロボロ泣いて、服を鎖骨まで捲られ、手を縛られ口にハンカチ詰められてるんだから


「っくそ!!!」


その瞬間モブ男が個室から飛び出した。バーンッと凄まじい音を立てて逃げる男。

けれど、すぐに男の「うぐぁっ」という情けない声が室内に響くことに。ビタンッと何かが倒れる音。侑くんの姿も見えなくなる。

えっ、なにが起こったの。



「涼に何したんだお前」

「ヒッ、べ、べつに、何も……アガァッ!!」

「嘘ついてんじゃねーよ」


バキィッていう嫌な音。男の悲痛な悲鳴も続く。えっ、もしかして、侑くん乱暴なことしてる!?


「ン゛ーフン!!」


声が出せないなりに、頑張って侑くんの名前を呼んだ
慌てて立ち上がってトイレの外に出る。目の前には床に倒れている男と、男の胸倉を掴んでる侑くんの後姿。

う、うわわわわ!


「ンー!!ン゛ンー!!」


侑くんの前に立って頑張って止めようと訴えかける。うわっモブ男顔血だらけじゃん、やば、汚い


「っ、涼…」


俺の顔を見て、侑くんが慌てて俺の顔に手を添えてきた。そして口からハンカチを抜き取ってくれる。

はぁ、やっと息が吸えた!!

けれど、その隙を見て男が侑くんからすり抜けようとした


「うわあぁああ」


情けない声を出しながら逃走しようとする男。けれど、侑くんがそれを見逃すわけもなく、男の服を掴んだ


「まだ話終わってねーだろ」

「す、すみませっ、〜〜ィ゛!!!」


男を顔面から壁に押し付ける侑くん。壁に男の血がついて、ゾッとする。
ぐ、グロい…


「ゆ、侑くん!もういいよ!」

「あぁ?でも、」

「そいつに関してはあとで自分でどうにかするから!」


侑くんが俺のために手を痛める必要なんてない。しかも、暴力なんてしたら、侑くんにとってマイナスだ。俺のためにそんなこと出来ない


「お願い…」


侑くんの背中に頭をくっつけながら呟いた。無言の侑くん。
けれど、数秒して侑くんがため息をつきながら手を離した


その瞬間ダッシュで男が逃げた。
侑くんがまだ物足りなそうに男をガン見してたけど、すぐ俺に向き合って両手を縛っている紐を解き始める


「…大丈夫じゃ、ねえよな…」


侑くんが、ひどくつらそうな顔をした。そのあまり見せない表情に思わず胸が高まる俺。状況を考えろ俺の心臓。


「大丈夫だよ、ヤられてもないし…侑くんが来てくれたおかげで俺は無事だよ」


解かれた手首を擦りながら侑くんに微笑む。本当に、侑くんがここに来てくれて良かった。じゃないと俺、今頃大変なことに。


「どうして俺がここにいることがわかったの?」


気になっていたこと。
だってあまりにも運が良すぎる

俺の質問に侑くんは苦笑を浮かべた。


「右ポケットの中見てみ」

「へ?」

「お前がよく使ってたやつ。今回のゲームを有利にするためとかじゃないけど、信用性に欠けるよな」


言われた通り右ポケを漁ってみる。するとなんだか固いもの。

こ、これは…


「前にお前から奪ったGPS、朝抱きつかれた時に入れた。ずっとお前トイレに居続けるし、気になってここに来たらこうなってるし」

まじで良かった、と、
侑くんにギュッとされた。
侑くんから、初めてのハグ。

え、ええええっ!?
俺レイプされかけるとこんなに神待遇されちゃうの!やばっ


「しかもさっきのやつ俺らのチームの奴なんだよな、本当ごめん」

「い、いいよ、侑くん悪くないし、」


侑くんの弱々しい声と強い抱擁に心臓がバクバクする。侑くんの匂い。安心する。

つまり俺のこと心配でGPSで確認してくれてたってこと?やばい、すごい嬉しい。別に、それがゲームのためであっても全然良いんだけど、誠実な侑くんだから実際にゲームのためじゃないんだろう。うわあ、やばいよ…嬉しすぎて気絶しそう


「ご、ごめんね、心配させて。」


侑くんの腕の中から離れながら謝った。弟を巻き込むなんて、兄失格だよな。あー、もう。でも嬉しい。


「俺、ちょっと、首が気持ち悪いから洗うね」


さっきから気になっていた首。こんな首のまま侑くんにハグされっぱなし申し訳ない
ベロベロ舐められて気持ち悪かったから一刻も早く洗いたかった


「首?」

「うん、舐められた」

「は?」


俺の一言に目を見開く侑くん
まあ舐められただけで済んだのは良かった。しかも首。もしあれ口だったら最悪だった。あいつの唾液が体内に入るなんて俺は耐えられない。
前に千歳にされたけどな。


「あいつ気持ちわりーの。なんかはあはあしながら俺の首ベロベロしてきて、身体すごい触ってきてさあ…あ、本当にそれだけなんだけどね!」


えへへ、と笑いながら手洗い場の水を首に流す。ひー、冷たい。あのクソ野郎、俺をこんな目に遭わせただけでなく侑くんの手を煩わせるなんてまじで許せねえ。あとでボコボコにしてやる


ある程度流し終わってTシャツで首を拭っていると、侑くんから小さな声で「殺す」って声が聞こえてきた。えっ、だめだよそしたら侑くんが捕まっちゃう!


「侑くん、俺は本当に大丈夫だよ?」


侑くんにギュッと抱きついた。背中に腕を回して侑くんを見上げる。

侑くんは眉間に皺を寄せて怖い顔のまま。本当に大丈夫なのに。優しい子だなあ。


「これ、あいつに?」


俺の左頬をそっと触ってきた。
あいつとは違って安心する侑くんの体温。これ、というのは殴られて少し腫れた左頬の事だろう。


「んー、そうだけど、大丈夫。」


口の中少し切れたけど。
あのハンカチが俺の血を吸ったことだろう。

そのまま侑くんがスルスルと俺の肌をチェックするように指を滑らせていった。その指先が心地よくて、目を瞑る

すると、数秒して首筋のところでその指の動きが止まった



目を開けると、侑くんが一層怖い顔をしていた。
首になんかあったっけ


「どうしたの?」

「これもやられたのか」

「どれ?」


自分の首だから見えない。
一歩下がって手洗い場の鏡で首を見てみると、顎の斜め下らへんのところに、鬱血痕が。


「う、うわ、」


キスマーク。

ゾッとした。
あの首の痛みはこれのせいか。
俺、あの男にキスマークつけられたってこと?

う、うわぁあ〜〜最悪〜〜
手でゴシゴシしてみたけれど消えるわけがなくてガッカリする

まあ、2、3日で消えるだろ…たぶん…
すげえ嫌だけど

すると首を触っていた俺の手を掴まれた。
驚いて振り向くと侑くんが相変わらず険しい顔をしていて。


「?どうしたの、侑くん」


怖い顔をしてる侑くんも可愛いな、なんて思いながら首を傾げた。
そんな俺に体を寄せてきた侑くん。割と近くなった距離に、ドキドキする。


「ゆ、侑くん?」


手洗い場にお尻がぶつかった。
黙ったままの侑くんに疑問を感じて苦笑いを浮かべる

俺の手を掴んだままの侑くん
空いてる方の右手で俺の首を撫でて苛立ちが篭った声で、「むかつく」って呟いた

む、むかつく?

その言葉に唖然としていると、侑くんの顔が俺の首に近づいてきた。

冷えた俺の首にハア、と侑くんの熱い吐息がかかる。


その吐息に、ビク、と揺れる身体。


「涼」


いつもと違う侑くんの声色に違和感を感じた次の瞬間、

チュ、という音ともに侑くんの熱い唇が、俺の首筋に触れた




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