誤算、伝染中 | ナノ
06

やばい、と思ってたら、小鳥遊が俺の目の前に顔を寄せてきた
突然の至近距離。
けれど小鳥遊は真面目な顔をしていて、あのヘラッとした顔なんてどこにも感じさせずに俺に囁いた


「いいですか、涼さん。俺が今からあいつら引き寄せるんで、あいつらがいなくなったの確認してから、頑張って会議室まで逃げてください」

「でも、小鳥遊、」

「大丈夫です、少なくとも二人ヤってから三人を釣りますから」


俺の顔を軽く両手で挟みながら、ニコ、と小鳥遊が笑った。
まじか。
イケメンかよ。

小鳥遊の男前さに唖然としていたら小鳥遊が俺から離れて壁の向こう側へと行った。


た、
小鳥遊…

俺は今日、お前に感動ばかりしてるわ!



「冷たっっ何これ!!!?インク!!?」

「は!?うわ、小鳥遊!!!?」

「待てテメーーー!!!!」


バチュン!とインクが弾ける音があちこちから聞こえてきた
えっ、待って、もしかして小鳥遊一人当てた!?すげえ!
つか今どうなってんのー!!


ズダダダ!!と階段を駆け上がっていく振動がこちらにも伝わってくる
「俺の恋人寝取りやがってー!」とか聞こえんだけど、小鳥遊そういうことしてんのか。へー。やっぱ見た目通りだな。感動取り下げ。

静かになった周辺に少しホッとしながら、そっ、と壁から身を乗り出そうとする。
全員、小鳥遊に釣られたのかな。

あれ、でも、

ボールぶつけたやつ・・・



って、



『ドンッ』


「ギャッ!」



盛大に誰かにぶつかった
「うわっ」っと、誰かも声を漏らす。

けれど俺みたいに尻餅はついてなくて、目を開くとTシャツを黄色のインクで汚した男が突っ立っていた


て、

敵…!!!



「うあぁあ…!」


我ながら情けない声が出た
ポッケに入ってる黄色いボールを出そうとするけど、あれ、こいつもう当てられてるってことは意味ない?

え、どうすればいいの


「?俺もうやられてるから意味ねーよ。小鳥遊と一緒に隠れてた子?」


ビビってる俺に男はそう言ってきた
俺の前にしゃがみこんで、俺の顔をジッと覗きこむ男

う、うわ…
モブ男だ…。
知らないモブに耐性がない俺は顔を近づけられてちょっと引き気味になる。
しかも馴れ馴れしいタイプ。


「そうだけど…」

「ふーん、一年生?」

「は?…あ、あぁ、うん、まあ」


そうか俺今ヅラと眼鏡かけてるんだっけ。
一年?という言葉に俺を知らないのかこいつって思ったけれど今の自分の姿を見て納得する。
こいつ俺の顔ジロジロ見ててキモすぎだろ。


だいたい、俺はお前なんかと喋ってる時間なんて無い。
そう思って立ち上がろうとしたら、腕をバシッ、と掴まれた


うわっ


えっ!!?



「いてっ」

「俺もうやられて暇なんすよねえ。あと一時間」

「はあ?知るkムグッッ!!!!?」


そう思って突き放そうとしたら、手で口を塞がれた。

えっ!!?


吃驚して目を見開くと、ニヤァ、と気持ち悪い笑顔を浮かべている目の前の男。
そのまま立たされて、トイレの中にズルズル連れていかれる


えっっっ!!!?



「ン゛ンンーーーッ!!!ン゛ー!!」

「いやあ、よく見たら可愛い顔してるんですもん。ちょっと遊びましょうよ」


何言ってんのこいつ。

耳元で気持ちの悪い声で言われて全身に鳥肌が立った。
暴れようとしても、もう片方の手で後ろに固定されてしまって出来ない。


ていうか、この状況、

なに??


現状理解ができないまま、トイレの個室にぶち込まれて唖然とした。

蓋が閉じられた便座に座らせられ、男を見上げる形に
手は頭の上で固定されて、相変わらず逃げられない状態。


「なんの用なの」


手荒な扱いに苛立ちながら、男を睨んだ
なんだこのクソモブ顔野郎。気持ちわりー目しやがって。

そうしていると、男がポケットからハンカチを出した。
・・・?
ハンカチ?

とか思っていたらそれを口に突っ込まれるハメに。


んんっ!!!?


「ん゛っ、ぐ、」

「ちょっと喋られると困るからー、口塞ぎますねー」


口にハンカチを詰められて舌が回らなくなった。しかも気持ち悪い。
軽くえずく俺に、ニヤニヤ笑う男。

え、待って、待って、

待って。


俺って、今もしかして結構やばい状況にいる?


他に誰もいないトイレの個室に男ふたり。
方や口を塞がれ、手を固定され、もう片方は俺を見下ろしてなんか気色悪い笑みを浮かべている。


その手が俺の短パンに伸びてきたときに、改めて吐き気がした。


「ン゛ーーーーッ!!!」

「ちょっとこの紐も借りまーす」


男はそう言って、俺の短パンの紐を緩め、抜き取った。
一本の長めの腰ひも。

それを俺の腕に巻き始めて、俺の手が動かせないよう完全に固定している。


こいつ、
妙に、手慣れすぎだろ
こういうの、初めてじゃないのか。


その様子にゾッとして、今すぐにでも逃げなければ、と思った。
遅すぎな気もするけれど。

でもどうやって。
俺は喋れもしないし、手も使えない。
仮にこいつを蹴り上げたところで、手が使えないから脱出できない。


どうしよう
俺、今日死ぬのかも。

今更、真澄と侑くんの言葉の意味を理解した。
『気をつけろ』って、こういうことか。


「そんな怯えなくてもいいんですよ?大人しくさえしてれば、痛い事しないですしー」

「ッ、」

「それにしてもラッキーだなあ、まさか書記さんが一人でいるなんて。実はずーーっと狙ってたんすよ、俺」


は・・・、


男の言葉に、バレていた、とヒヤリとした。だから敬語になったのか?
近くでみたらさすがにわかるのかな。

いや、そんなことはどうでもいい。


こいつ、俺が書記だってわかってても今こんな事してんのか。
ただじゃ済まねえぞ。

そう言おうと思っても、言葉が出せない。
しかも顎の筋肉がやたら痛くて、しんどい。


「まあ、顔を見られちゃってるからね。先輩にチクられたら俺もただじゃすまないからさあ、言わないで欲しいんですよね、誰にも」


言わない訳あるかっつーの、馬鹿じゃねえの。
そう思いながら睨みつけると、男はフッと笑った。

ポケットからまた何か出そうとしてて、嫌な予感がする。


な、
なに…。



「んじゃあ、書記さんが誰かに言ったら俺に犯されてる動画一気にバラまくってことにしますね。言わない方が身のためですよ、恥ずかしいところがみんなに見られちゃうんだから」


そう言って出されたのはスマホ。
ピピッ、と何かの音がして、携帯を向けられた。

これは、動画に撮られてるということなのだろうか。


つか、今こいつ、

犯すとか、なんとかって・・・。



わかっていたことだけれど、改めて口に出された言葉に絶望した。





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bkm