29
どのくらいタオルケットの中で自問自答をしていた時だったか。
ベッドがギシリと鳴り、真澄が戻ってきたことに気づく。
俺は勇気を振り絞って言葉を発した。
「ご、ごめんね…色々…」
俺は芋虫状態になりながら真澄に謝る。
蚊の鳴くような小さい声。
こんな状態のまま謝るなんて誠意の欠片もないが今の俺にはこれが精一杯で。
そんな俺にも関わらず真澄は優しかった。
「謝られるような事してないよ。身体拭かせて?」
相変わらず穏やかな声で俺の頭を撫でてくれる真澄。タオルケット越しではあるが指先から真澄の優しさを感じる。
俺は黙ったまま顔を出した。
いつもの真澄。上半身裸だけど。
「身体はどう?もう大丈夫そう?」
「…うん」
思わず視線を下げてしまいながら頷く。真澄は「良かった」と言って、タオルケットをめくる。
露わになる俺の肌。
真澄は俺の横に腰掛け、俺の胸板から腹筋にかけて温かいタオルで拭き始めた。自分でできるのに。
そう言おうと思って口を開きかけた時、真澄の首元に目がいった。白い首筋に目立つ色のものが付着している。
俺はそれを見てギョッとした。
「血!!!」
「え?」
真澄の首についた噛み跡から血が出ていることに気づいた。俺は咄嗟に真澄の首に手を添え、大きな声をあげる。何のことか気付いたらしい真澄がパッと首元を手で隠してしまった。
「全然痛く無いから平気だよ。」
「痛くないわけないだろそれ…!」
「本当だって、もう血は固まってるし。肌が白いから目立ってるだけ。」
そう言って本人は気にした様子が無くまた俺の身体を拭き始めた。
お、俺は命の恩人(ある意味)になんてことを…。
もはや、「俺一人でできる」という言葉を掛けるのも気が引けるレベルになってしまい、口を閉じ、されるがままになる。
俺はあとで土下座でもすればいいのか…?
土下座どころの話ではないが。
俺が大人しくしていたためか、すぐに後処理は終わったらしい。
「そんな落ち込むことないのに。」
ズーンと沈んでいると、真澄が俺にそう言ってきた。そのままベッドに横になる真澄。
僅かにベッドが軋む。
俺が口を開くよりも先に、真澄に腰を引っ張られベッドに引き寄せられた。
「…ちょっと昼寝しよっか」
真澄は俺を抱きしめながら笑った。優しい顔で。
思い返せば、今は体育祭の真っ最中で本来であればまたあの場所に戻らなければいけない。
けれど確かに、今すぐには戻れるような状況ではなかった。
「なんかもう…どれに対して謝罪をすればいいの俺は…。本当ごめんなさい。」
俺は心の底から真澄に謝った。
こんな大きなイベントで真澄にこんな迷惑をかけて。
真澄の出場競技とか絶対他にもある。
真澄の胸の中に顔を埋めながら謝ると、真澄は「俺は大丈夫だよ」と優しい言葉をかけてくれた。
「今はゆっくり休もう。涼も疲れたでしょ。大変だったね。」
「でも…。」
本当に良いんだろうか、と真澄の顔を覗き込む。
真澄はおれの顔をじっと眺めていて、俺の髪を撫でた。
「俺のさぼりに付き合ってくれる?」
言い方を変え、俺のおでこにキスを落とした真澄。
こんな事を言われたら断る理由なんて勿論あるわけがない。そもそも色々迷惑をかけた俺に拒否権なんてなかった。
「真澄、ありがとね」
真澄の優しさに心からの感謝を述べた。声は消え入りそうなくらい小さかったけど、密着している真澄には十分聞き取れたらしい。
真澄は再度俺をギュッと引き寄せ、そのまま2人で眠りに落ちた。
********
次に目が覚めた時は部屋は真っ暗になっており、既に夜になってしまったことに気づく。
隣で一緒に寝ていたはずの真澄は既にいなくなっており、身の回りを確認した。
…今何時だろう…?
いつのまにか部屋着も着ており、ふとんを捲って頭を押さえる。
頭が少し痛い。周りを見渡すとサイドテーブルに水が置かれたままになっていたため、それを一気に飲み干す。
薬は完全に身体から抜けきってるようで、思考は冴え渡っていた。ところどころ思い出せない箇所はあるものの真澄に迷惑をかけたことはしっかりと覚えている。
というかスポ大はどうなったんだ?何事もなく終わったのかな。
真澄のいた白組チームは大丈夫だったんだろうか。
そっとベッドから降り、真澄の部屋から出ようとドアノブに手をかけると共有部の部屋から話し声がした。
扉を全開にする前に思いとどまり、少しだけ隙間を作る。向こうの部屋からの明かりの眩しさに目を細めると部屋には千歳がいるようだった。
俺らの部屋にいるなんて珍しい。
「でも無事にスポ大も終えられたみたいで良かったです。有岡さんには悪いことをしましたが」
「お前が4種目まるまるサボったからな。」
いや俺のせいだが。
どうやら千歳は今日の結果を教えに来てくれたらしい。というか真澄、4種目も出る予定だったんだ。
あ、有岡さん大丈夫だったかな…
真澄はどこ行ったんだ!?とキレる有岡さんの姿が容易に想像できる。今回なだめ役の紫乃さんがいないから誰が止めていたんだろう。升谷だろうか。
「スポ大なんかより涼を選ぶに決まってるじゃないですか」
真澄はいつも通りの落ち着いた声ではっきりとそう言ってのけた。真澄の表情はこちらから伺うことが出来ないが、千歳はその言葉に小さく笑う。
「だろうな。で、その眠り姫は?」
「誰が眠り姫じゃい!」
千歳の質問にツッコミながらバーンと部屋を出る。
流石に驚いらしい2人はピタリと動きを止めこちらを見た。真澄が僅かにコーヒーをこぼす。
「びっくりした…おはよう涼。体は大丈夫?」
そう言いながら近づいてきた真澄。
俺はコクリと頷く。
「大丈夫!…その、色々ありがとう…おかげで今は普通」
少し照れてしまいながらちゃんと御礼をいう。真澄は「なら良かった」と少し安堵の表情を浮かべてくれた。
その時、ふと首元に絆創膏が貼られているのが視界に入り、さっき俺が噛んだ跡だという事に気づき唇がキュッとなる。
ぐ、ぐああ…
生々しい跡として残りやがった…!!真澄まじでごめん…!
心の中で全力で謝りながら咄嗟に視線を横にズラし、ソファに腰かけている千歳を見る。
「ち…千歳は?どうしたの?」
「涼の様子と大会の話をしに来てくれたの結果と、涼の様子を見に来てくれたんだよ。」
別にわざわざ良いのに。
とは思いつつ迷惑をかけたこちら側がどういう言えるわけではないので千歳に謝っておく。
「…。色々、ご迷惑をおかけしました…。」
「お前が素直に謝るなんて珍しい事もあるんだな。」
「たまには可愛げ見せとこうかなと」
千歳の皮肉に少しイラッとしながらそう答えた。なんだこいつ俺が素直に謝ったら謝ったで茶化しやがって!
ドカッとリビングテーブルの椅子に座ると、千歳が言葉をつづけた。
「みんなお前を心配してたぞ。」
その言葉にギョッとする。
「エ゛ッ!?みんな知ってんの!?」
「熱中症ってことにしてるけどな。」
その嘘に心底安堵した。
良かった…。俺が変な薬飲まされて性欲爆発したって周知の事実になっちゃったのかと…。
そうなると、介護してくれた真澄とは絶対ピンク色な事になっちゃったって思われる訳で。
知られたくない人にも知られるのは心が痛かった。
「機転効くじゃん…。」
安堵のあまり机に額をこすり付けて千歳を褒める。
それに対し「上からだな」と僅かに笑う千歳。上からだよ悪いか。
「涼、これからはちゃんと人から貰ったもの口にしないって約束してね。」
真澄が俺に温かい紅茶を出してくれながら、静かに俺を諫めてきた。
どこまでも俺の身を案じてくれる真澄。
そりゃ、もー身に染みたよ…。
「誓います。絶対受け取りません。口にしません。」
「これが2回あったらさすがに頭空っぽすぎるだろ。」
「うるせえ!」
宣誓のようにあげていた手をパンッと机に振り下ろしながら千歳に怒る。俺もさすがにそこまで馬鹿じゃない!真澄に迷惑かけたなら尚更だ!
まじで俺はしばらく真澄に頭があがらない。真澄のいう事ならなんでも従う。そのレベル。
「そういえば着地はどっち勝ち?」
「俺ら。」
「…有岡さんは大丈夫だったの…?」
なんだかんだ気になっていた白組大将の有岡さんのことだった。
真澄がいなくて大変だったんじゃ…、と思い千歳に聞く。
千歳は数秒黙った後、いつも通りの気だるげな声で答えた。
「真澄が欠席の理由を教えたら『じゃあ仕方ないけど、あとで涼ボコす』って言ってたな。」
「・・・。」
有岡さんらしい。
らしいけど、まじですみませんでした。
次会った時全力で謝ろう・・・・・。
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続きます。スポ大編お終い。
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bkm