22
「気持ち悪いとかはない?」
ぐったりとしてる俺に気を遣って声をかけてきてくれた真澄。
ジャケット越しに、遠くから体育祭で盛り上がる生徒たちの声が聞こえる。大分運動場から離れたな。俺をおんぶした状態でどのくらい歩いてくれたんだろう。
「…ない…」
気持ち悪くはないが、それどころではない。
止まらない汗と荒い呼吸。この、誰かに甘えたくなるようなふわふわとした気分。
俺はひたすらに真澄の首にしがみつき、意識がとばないようにする。
最悪だこんなの、さすがに真澄に申し訳ない。親友の聞きたくない息遣いを耳元で聞かされて、長々とおんぶさせられて。千歳にはなぜかこういう類の罪悪感は生まれないが友達となると別だ。
「…このメイド服はどうしたの?」
「…運動着、ぬすまれた」
「・・・。」
無言でも真澄が何を言いたいのかひしひしと伝わってきた。『どうしてそうなる』、だ。
運動着盗まれたってアホすぎる。媚薬盛られることはもっと馬鹿だが。
真澄がどんな顔してるのか気になって、ジャケットから顔を出して真澄の横顔を覗き込む。すると、案の定、真澄は眉間に皺をよせていた。
色々言いたげな顔。
「ふふ、顔こわいね」
意図せずに甘ったるい吐息を溢してしまいながらも、そうつぶやく。こうやって煽ってしまうの、俺の良くないところなんだよなぁ。
俺の囁きに、顔をこちらに向けた真澄。
睫毛が、ぶつかりそうな距離。
「…涼は顔真っ赤」
左手で俺の顎を掬って、汗をぬぐってくれた。
真澄の指先がひんやりしてて、それだけでゾクリ、と肌が震える。
「…ぅ…」
「寮までもう少しだから」
我慢してね、と言われ再度ジャケットを被せられた。
また蒸し暑い暗闇の中に戻される。
…俺、今どんな顔してるんだろう。
少なくとも顔は真っ赤だ。視界もぼやけてるから、目もトロンとしてるに違いない。
でもジャケットの中熱いよ。
「はぁ…」
あまりの熱さに、盛大なため息が出た。
ため息のつもりだが、端から聞いたら欲求不満のOLみたいな吐息になってしまう。本当に、真澄ごめん。こんなの耳元で聞かされて。
しばらくすると、階段を上る気配がした。そして自動ドアの音。
あ…。寮についたかな。
「結構さぼりに来てる生徒多いな…」
独り言のようにつぶやいた真澄。
確かに、ここに来るまでに他生徒の歩く音とか喋り声としてたし。まあ、みんなそりゃサボるよな。俺もさぼろうと思ってたし。
「涼、エレベーター着いた。一回下ろしても大丈夫?」
「ん、だいじょうぶ…」
俺がそういうと、真澄がしゃがんだようだった。地面に足がついて、立ち上がろうとするも、足がフラフラする俺。
ちからが…。
「…本当に平気?」
真澄がジャケットを取り除いて顔を覗かせてきた。
俺に腕を差し出しながら心配そうな顔を浮かべている真澄。
いや、むしろ、ずっと運ばせてたのに今くらい自力でいないと…
「ぎりぎり、意識保てるから」
俺は大丈夫、と頷きながら真澄のTシャツを握る。すごくハアハアしてて変態でしかないが。
真澄のシャツ、伸びちゃうかもだけど、許して。
すると、丁度エレベーターがやってきた。
真澄が俺を支えようと腰に手をまわしてきたが、それにすら反応してしまう俺。
サイズ感がジャストな服のため触れた感触がダイレクトに伝わる。
やばい。全身おかしくなってる。
声を出すまいと咄嗟に口を押えたが、「ンッ」と声を出してしまった。
「あ、ごめん」
「…謝るなよ…」
羞恥心が爆上がりする。
口を片手で抑えたまま真澄を睨むと、そんな俺を笑う真澄。
考えてみたら俺今メイド服だから、余計間抜けに見えるんだろうな。死にたい。
「支えてあげたいけど、どうすればいいの」
真澄が階数ボタンを押しながら俺に聞いてきた。
あからさまに両手を俺の身体につけないよう宙に浮かべてる真澄。
…に対して、しがみついてる俺。
今ここに誰もいなくてよかった。
完全に俺が一方的に甘えにいっていると勘違いされてしまう。そしてそれを嫌がる真澄という絵面だ。
「か、肩…?は、まだ…」
知らんけど。
てか別に支えられなくても、立ってるくらいなら、と思う。
しかし、そこは紳士な真澄くん。俺を支えるようにしてそっと肩を掴んできた。
それにより、完全にカップルみたいな絵面が誕生。なんだこれ。
「…やっぱ無理…」
なんか恥ずかしい。
実際触られてる箇所ぞわぞわするし。優しく触れてるのが逆効果なのかもしれない。
「でも倒れたら……」
真澄がいいかけたそのタイミングで階に到着したらしい。ポーンという軽快な音と共に扉が開く。
自力で歩こうとするが、動くと服が擦れることに気付いた。体の至る部分がざわつく。とくに首筋、胸、下腹部。
…うぅ、嫌だ、この感じ。変な気持ちになる。
俺がピタリと動くのを止めたことに「?」となる真澄。が、胸のあたりをギュッと掴みながら顔を赤らめている俺を見て色々察したらしい。
「…ほら、無理に動かないほうがいいよ」
触るよ、とワンクッションを置いてから俺の背中に触れた真澄。どうやら今度はおんぶではなく、姫抱きをしてくれるらしい。そのまま膝の裏に手を差し込み、俺を抱き上げてくれた。
う、おおあ…
「あっ、ありがと…」
思いのほか軽々と持ち上げられた。おんぶとは違って腕力が必要なのに、よく男一人を持てるなと感心する。
真澄のTシャツを握りしめると「どういたしまして」と言われた。
いつものように僅かな微笑を浮かべながら。
・・・。
薬のせいなのか、真澄がやたら…なんというか…
いや、絶対薬のせいなんだけど。
「んんー…」
感情が急に高ぶってしまい、真澄の首に腕を回して抱き着くような姿勢をとる。
真澄の顔を見続けていたら変な行動をしかねない。
「どうしたの」
抱き付いてきた俺を不思議に思ったのか、真澄が聞いてきた。
顔がほぼ0距離にあるせいで、真澄の吐息が首元にかかり、体が痺れるような感覚に陥る。
「…く、くすりのせいで、変な気分なんだよ…っ」
吐き捨てるようにして、真澄に訴えた。
真澄の頭を抱えるような態勢でいるから、真澄がどんな顔をしてるかわからない。
けど、絶対驚いてるだろう。俺がこんな事言ってるから。
…薬が切れるまでこの気分が続くとなると地獄でしかないな。
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bkm