04
花束を届けた後、羊(よう)は困っていた。
空を見上げ、一気に天候が悪化したことにどうしたものかと悩む。
まさかここまで土砂降りになるなんて…。
大きな音を立て、地面を激しく濡らしていく大雨はあっという間に道行く人々をびしょ濡れにさせていった。屋内からその様子を眺めていたが、自分も数分後はああなってるのかと少し身構えてしまう。
片道たったの10分だからと侮らず、素直に傘を貰っておけば良かったと後悔。
彼にとってここまでの大雨は久しぶりだった。
というのも彼はかなり運に恵まれており、大抵の天気は彼が外に出る前には雨が止むなり弱まるなりしていた。それは彼が元天使であるため運が良いのか、はたまた主の加護があるからかは不明。
本人は、自身の運が良いことについてあまり自覚していない。
走るか…。傘買うお金持ってきてないし…。
空を眺めながらしばらく雨が弱まるのを待ってみたがその気配が一切なかったため、あきらめて走ることにした。
カーディガンを脱ぎ、それを両手で頭に掲げて少しでも雨を防ごうと試みる。
しかし、雨の勢いが強すぎてあっという間にカーディガンが濡れて重みが増していった。
うわあっ、凄い雨…!!
おかげで周りが全然見えないな、気を付けなきゃ…
かろうじて彼から見える視界には、足元と、いつもより半分だけの景色。
歩道をわたる前、しっかり青信号であることを確認し足を進めた時だった。
突然誰かに、後ろから引っ張られたのは。
えっ、
「うわっ!?」
反射的に声をあげてしまいながら、力がかかる方向にそのまま後ろに倒れそうになる。
が、それを防ぐようにして誰かの身体が背中に当たった。
勢いのまま二人して後ろに倒れることはなく、ハッと顔をあげる。
何事かと状況整理をするよりも先に聞こえてきたのは、何かが激しく擦れ合うような『ガガガガーッッ!』という騒音だった。
只事じゃない音がした方向を見ると、この雨によってスリップし横転した大型バイクが目の前の横断報道を横切る瞬間で。
羊は驚きのあまり声を失い、唖然としながらそこを眺める。
もし、青信号と判断したままそこを渡っていたら、間違いなく彼は怪我だけではすまなかった。
一体、今、何が…。
というか、バイクのライダーさんは無事なのか?
反射的に今の事故現場に駆けだそうとしたところで、羊のすぐ頭上から耳心地の良い低い声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
落ち着いたその声と同時に、掴まれていた右腕の感触が無くなった。その時ようやく後ろにいる人物が自身を助けてくれたのだと気付く。
おまけに、雨を遮るようにして傘の中に入れてもらっている状態だった。
自分が助けてもらったことより、事故現場に意識がいっていた羊はハッと我に返った。
御礼も何も言わずに去ってしまいそうだった…!
「あっ、あの、なんて御礼を言えばいいか…!」
慌てて後ろを振り返りながら、御礼を言おうと相手の顔を見る。
が、羊は相手の顔をみるなり、目を見開いて固まってしまった。
彼のすぐ目の前には、息を呑むほど美しい顔立ちの、若い青年が立っていた。
くっきりとした二重の、艶のある黒い瞳で静かに羊を見下ろしており、その宝石のような瞳に一瞬で釘付けになる。ただならぬ存在感があるにも関わらず他人を寄せ付けづらい雰囲気がある相手の美貌。
服装を見る限り、ここら辺でも有名な私立高校のものであったが、羊より身長が高く、高校生とは思えないほど大人びていた。
羊は今まで人や物に対し、素敵だなと思うことはあったが、ここまで芸術品のように玲瓏とした美しい顔立ちの相手に現実では出会ったことは無く、動揺を隠せなくなる。
まるで、天界にいる人たちを思い出させるような…。
「災難でしたね。危なかった。」
相手の声にハッと意識を戻した。
人に驚かれることに慣れているのか、羊の唖然とした表情を見てもとくに相手は不審がらずに淡々と言葉をつづけた。彼の視線の先は、さっきのバイクの所に向かってるのか、右を向いている。
あっ!バイクの人は…!
その視線を追うようにして慌てて後ろを振り向くと、どうやら無事らしく他の人たちに囲まれながら立ち上がっていた。その様子に羊はホッと胸を撫でおろす。良かった…。
「助けて頂き本当にありがとうございます。あなたが止めてくれなかったら、大惨事になっていました…」
しかも高校生に助けてもらうなんて。
美形を目の前にしてるせいなのか、雨でひどい状態の自身の今の姿が気になりそれも相まって恥ずかしくなる。
少しでもマシになろうと前髪を指先で整えるが、どうしたって髪は濡れてしまっているからマシになる気がせず諦めた。髪を横に流し、羊は照れくさそうに目元を染めながら苦笑を浮かべる。
「…傘は?」
びしょ濡れの羊が気になったのか、相手が尋ねた。
突然相手が話を変えたから、一度瞬きをした羊だったが、首を横に振る。
「すぐそこがバイト先だから、傘持ってないんです…。あっ、すみません傘さしてもらっちゃって!俺のことは気にしないで、大丈夫なので。」
ここまで濡れてしまったら、これ以上雨に打たれたところで変わらないですし、と羊は言い訳のように言葉を続けたが、美青年は肩にかけていたトートバックから折り畳み傘を取り出した。
「もしよければ。」
「えっ!?」
差し出された傘に、驚きのあまり変な声が出た。初対面の相手に、傘を渡してくれるなんて。
こんな美形な上、親切って、一体どうなってるんだ…?
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bkm