03
「店長、俺に足りないものって、なんでしょうか…?」
アルバイト先のフラワーショップにて。
佐沼羊は非常に神妙な面持ちで、バイト先の店長にそう問いかけた。
花の枝の形を整えていた店長は、予期していない突然の質問内容に思わず困惑する。
「どっ…どしたの羊くん、そんな…。突拍子もなく…。」
店長はどもりながらも、質問内容の意図を汲み取ろうと、問い返した。
表情を読み取ろうと、彼女は真横にいる羊の顔を見上げるが、そのあまりにも綺麗すぎる横顔に心臓がギュッと締め付けられ余計に言葉が詰まってしまう。
それに一切気付く事が無い羊は相変わらず憂いに満ちた表情でつづけた。
「最近少し堕落した生活を送っているような気がして…。この際、仕事をする上で俺に不足している部分をはっきり指摘していただければと思いまして」
店長は羊の返答に、内心混乱していた。これのどこが堕落!?しかも仕事上で!?今、羊の手元には芸術品のような花束が作られており、その出来栄えは原価の何十倍で売りに出しても買い手がつくんじゃないかと思われるほどのものだ。
なんなら店長本人よりも仕事が出来、真面目で飲み込みが早い彼に指摘できる部分なんて一つもなかった。
「羊くんに不満なんて一個も出てこないよ…!むしろ羊くんがうちに来てから、売上がどれだけ跳ねあがったと思ってるの、こんな頑張ってくれてるのにさらに求めれる部分があったら私が聞きたいよ〜!」
必死に説得する店長。彼女からしてみれば羊は、いてくれるだけでもありがたい存在だった。
彼は美形である上に物腰が柔らかいため、女性客からの人気が高く、羊との接点を持ちたいがために毎週花を買いに来る客がいるくらいだ。それなのに仕事まで出来る有能ぶりとなると何も言えない。
羊は彼女の言葉に少し安心したようだった。
「お役に立てているのなら良かったです。仕事以外だったら、何かいまのうちに努力しておくべきこととかありますかね?自分自身を見直してまして…なんでもいいんです。」
その質問に、彼女はさらに頭を抱えた。彼が、さらに努力すること、とは…?
はっきり言って、羊という人間は、本当に人間か?と思うほど外見も内面も能力の高さも普通じゃなかった。特に、外見の綺麗さなんて、とんでもない。笑顔で人を殺すことが出来ると、女性スタッフの全員が信じている。
人間どこか欠点があるはずなのに、彼からそれを見つけるのは100m先の針に糸を通すほど難しいほどだった。そんな人間でも、こんな普通の人間と同じように悩むとは。
「思いついたら言うわ、ごめん…」
数分考えた店長だったが、結局彼女は何も意見が出てこず、謝った。彼女の首元には変な汗がじわりと滲み、それを拭っている。それは、他に聞き耳を立てていた女性スタッフも同様だった。
羊は気を遣わせてしまった事を謝り、再度仕事に集中することにした。
やっぱこういうのは自分で見つけないとだよね…!
彼はいつも通りの手際の良さでもう一つ依頼分の花束をパパッと終わらせ、配達の準備をする。
「この花束の届け先って、10分先のオフィスビルですよね?ちょっと行ってきますね!」
「あっ、羊くん雨降るかもだから念のため傘持って行った方がいいよ!」
その言葉に、そう言えば今日は朝からずっと曇りだったな、と思い出す。
ふと窓の外の様子をみてみるが、まだ雨が降ってる様子はない。
「ありがとうございます、でも多分大丈夫です、すぐなので!」
往復20分程度の場所なので、傘は不要と判断した羊は笑顔で店をでた。
その笑顔だけで、店内はふんわりとピンク色になる。癒しとときめきまでも与えてくれるとは本当にとんでもない子だと店長は思った。
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bkm