02
世界は大きく分けて3つの界域がある。
人類や動物たちが住まう世界、人間界。
悪行を為している悪魔が行きつく場所の、魔界。
そして、天使や神々の住まう、天界。
今現在、人間界にいる羊(よう)であったが、実は生前は天界で働く天使であった。ただの天使ではなくかなり優秀で仕事一筋だったという。
彼の上司曰く”極度のワーカホリック”だとか。
そんな彼はある条件を満たしたため、人間界で一生分の命を再度与えられ、今がある。
その条件というのは、
【1000年以上天界に尽くし、優秀な成果を出している天使】というものであり、羊はそれを満たしたため、報酬を得られたのだった。
もちろんこれを得られる天使というのはごく僅かしかいない。
その報酬にも色々あったが、羊はその中でも、【一生分の人間界での生活】を選択した。
それを知った彼の上司は、大激怒したという。
「まじで信じられないんだけど!なんでよりによって人間への転生を選んだ!?」
当時、いつも通り天界の仕事をしていた羊は、大きな声を発しながら荒々しく執務室に入ってきた相手に驚きのあまり声を失った。
肩をわなわなと震わせながら、扉の前でこちらを睨む、美しい天使。美の化身といっても過言ではない外見であったが、眩しいほど輝くプラチナブランドがボサボサになっており、相当慌ててこちらにやってきたのだろうと伺える。
「お疲れ様です。…あの…、なんで、とは?」
相手の天使は彼の上司だった。
慌てて立ち上がり、問われている内容を再度確認する。
内容的に、人間に転生することにすごく驚いてるようだった。何なら表情が怒りに満ちているから、反対でもしてるのだろう。
その場にいた他の天使たちもその表情と態度に怯えてるようで、一斉に注目を浴びていた。
「他にも色々報酬あったでしょうが!」
その天使はツカツカと歩みを進めて、ついには机の上に何やら紙を叩きつけた。
ぱっと見る限り、報酬内容の申請書で、羊が天使だった頃の名前が記載されている。
申請書内には、他だと例えば、
天界リゾート地でののんびり有給ライフ10年分、土地保有権、昇進、報奨金での支払い、など様々な内容が書かれている。
しかし、羊がチェックを入れたのは彼の上司からすると一番納得のいかない報酬だったようで。
羊自身、まさか反対されるとは思っておらず、大きな瞳をパッと伏せ、相手に思いを伝えた。
「でも、私にはこれが一番魅力的に思えたんです…。私が人間だったのは1000年も前ですが、もう一度、人間として生活してみたいなと思いまして」
「僕の事はどうすんの!」
間髪入れずに言葉を続ける美しい天使。
怒りで震えは止まっておらず、肩程の綺麗な髪までも波打っている。
その言葉に、羊はポカンとした。
「ミカエル様…あなたは、私がいなくても大丈夫でしょう…?」
恐る恐る、名前を呼びながら確認をする。
羊の元上司というのが、あのミカエルであり偉大な天使だった。
天界の権力者がそんなことを言うから、驚きのあまり困惑する。大天使に出来ないことなど無いのだから。事実、彼の実力は羊なんかとは比較にならない。
「駄目に決まってんじゃん!お前ほど優秀な補佐は他にいないっていうのに!何百年、お前の代わりはいなかったんだよ!?」
「…お褒めに預かり光栄です…!」
ミカエルは怒っていたが、羊からしたら褒めちぎられており、その事実が嬉しくて頬を染めた。
まさか尊敬するミカエル様から頼られていたなんて、と感無量の思いで恭しく頭を下げる。
「いやっ…褒めて…、いやそうなんだけど、今は違う、僕は他の報酬にしなって言いに来たの!人間に戻ったら、天界とは違って今までの地位も何もかも無い、0からのスタートだよ?ただの人間なんだよ?こんなの堕天と変わらない!」
バンバン、と机の上の紙を何度も叩くミカエル。
その音が大きくなっていくにつれ、さらにハラハラする周りの天使たち。
普段から、羊は温厚な性格で争いごとなど決して起こさない、中立的な立場だった。しかし、この時ばかりは羊の思いは変わらなかった。
羊は元々純粋さと上品さを兼ね備えた綺麗な顔立ちをしていたが、その顔に、悲しそうな、許しを請うような表情を浮かべ、相手に訴える。
「ミカエル様、どうか、再度人間に転生することを御許しください。私はどうしても、人に戻ってみたいのです。転生しても厚い信仰をし続けるとお約束します。何卒…」
深々と頭を下げ、ミカエルに懇願する羊。この顔をされて、耐えられる相手は恐らくこの場ではミカエルくらいだろう。室内にいた天使たちは全員固唾を飲み、または羊の美しさに見惚れながら彼を見守っていた。
その様子をどんな目でミカエルが見ていたか、頭を下げていた羊にはわからずじまいであったが、最終的にはミカエルが折れたようだった。
結果として、無事に人間としての生を受け、日本で【佐沼 羊】として生活が始まった。
生まれた家自体が敬虔なクリスチャンの家庭で、信仰をつづけながら今を生きている。
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そういえば天界で働いていた時、目の下のクマがとんでもなかったなぁ…。
顔を洗い終わり、自身の顔を鏡でみた羊はふと生前の自身の姿を思い出す。
いつも周りの天使たちに心配され、とにかく寝てくださいと言われていた。というものの、強制的に社畜をしていたわけではなく、仕事をすることが好きだったから、気が付いたら時間が過ぎていたという事が正しい表現だった。
昔はあまり寝ないで仕事をしていたせいか、今は5時間睡眠で十分すぎるほどだ。
生前と同様、真珠のように透き通る色白な肌は、隈なんて出来たら目立ちそうだが長い間見ていない。
身体も少し細身ではあるが健康的な肉付きをしている。
…こういう身体に生んでくれた両親に日々感謝しているが、天界の頃とほぼ同じ見た目なのはどういう魔法を使ったのだろうかと疑問に思わずにはいられない。髪色と瞳の色は異なるが。
水が滴る自分の顔をタオルで拭きながら、ふと、もしかして今の自分は怠惰になっている?という気持ちに陥り始めた。
顔立ち、身体的条件は大体同じなのに、この健康すぎる現状。
今は大学生であるため、学業、アルバイト、教会のボランティア活動の3つを主な活動時間としているが、それにしても生前と比較するとかなり楽というか…。
勿論、自分なりにこの生活に満足してる。
与えられた人間としての人生を満喫しているつもりだ。
が。
「・・・。」
ちょっと最近、色々ルーティン化しすぎたかもしれない…!
何か努力したこととか、最近あったっけ俺…!
新しいことにトライして、限界まで人間生活を満喫しなくちゃいけないのでは?
元社畜ならではの謎の意識の高さにより、羊は焦りを感じていた。
ミカエル様にあんなに止められたにもかかわらず、せっかくこの道を選んだのだから、心の底から素晴らしいものであったと思える一生じゃないと顔向けできない!
羊は改めて今後の人生における見直しを行っていくことにした。
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bkm