その日の夜、▲▲はいつものように俺を部屋まで送り届け「おやすみなさい、良い夢を」と言って微笑んだ。

俺が一番好きな彼の表情と声。
現実のことだけでなく、夢の世界のことまで彼は俺を心配してくれる。
俺が怖い夢をみないように、次の日良い朝を迎えられるように。
ありったけの優しい声と、優しい微笑みで。

一日の最後に、彼の姿を見て眠りにつくのが何よりも幸せな瞬間だった。




ねえ、▲▲。

俺、お前に言いたい事があるんだよ。
今までずっと、怖くて言えなかった事なんだけど。

俺の誕生日の夜、少し欠けた満月の夜、
お前をここに連れ出してその事を話したら、
お前はまたさっきみたいな、らしくない顔をして笑うのかな。






・・・そう思ってたのに、
その日の夜には、お前はもういない。

真っ白な花に囲まれて真っ黒な棺の中で静かに眠っている。永遠の眠りについてしまっている。

…何が"自分の身は自分で守れる"だ。
何が、"俺は大丈夫"だ。



何が、

なにが


"明日、言いたいことがある"


だ。





「っ」



いつものように、身体が大きく跳ねて目を覚ました。



また、俺はボロボロと涙を流している。
どんな夢をみたのかも覚えてないのに、胸が苦しい。


ただ、誰かを失った喪失感だけが頭の中を塗りつぶしていった。
赤、赤、赤。
琥珀色の目が歪む。


俺は大事な人をころしてしまった




初めての、

感覚だった





「うっ…」




止まらない嗚咽と、涙。
とにかく悲しくて仕方ない。
悲しくて、悲しくて、

胸が潰れてしまいそうになる。


こんなのは、初めてだ。
起きてからも、こんな思いをするなんて。
涙腺が壊れてしまったかのように、とめどなく涙があふれてくる


・・・皐、

皐に会いたい。


自分でもわからないけれど、どうしようもなく、皐に会いたい。



俺の事を優しい声で、『さち』と呼ぶ、皐に。
琥珀色の目を柔らかく細めて笑う皐に。


お前はここにいると、
お前は生きていると、

俺を安心させてほしい。













「皐!!!!」




朝、学校がある駅の改札口で。

いつものように、緩く制服を着こなしている皐の姿を見て一目散に駆け寄った。


人目も憚らず大声で皐を呼ぶ俺に驚いた皐が、素早くイヤホンを取る。



「さち、どうし・・・っ!?」



身体が皐を求めて仕方なかった。皐に思い切り抱き付いて皐の背中に腕を回す。
人がたくさんいようが、関係ない。

隙間を無くすようにして、自分の身体をピッタリと皐の身体につけた。



「どうしたの、さち…」



戸惑いを見せながらも、俺の頭をそっと撫でてきた。
俺もわからない。どうしたんだろう俺。

皐の匂いと、体温、声を聞いた途端、堪らなく悲しくなってまた涙が零れ始めた。


皐、
皐。

温かい。
いきてる。

しんでない。



俺でも把握できていないもう一人の”俺”が、
確かに、皐の存在に、喜んでいる。


生きている、と

当たり前の事を、有り得ないことのように喜んでいる。



「さち?泣いてるの?」

「っ…ごめん、ごめん、皐…ごめん、」

「・・・とりあえず、移動しよっか。俺の肩に顔埋めたままでいいから、歩ける?」



俺にいつものように優しく声をかけながら頭を撫でてそう言う皐。
頭を縦に揺らした俺に、皐はゆっくり歩き始めた。

俺の腰に、そっと手を添えながら俺をどこかに連れてってくれている。

歩きづらいよな、これ。
でも、今は、どうしても皐から離れたくなかった。


自分でも理解できないくらい、溢れ出る皐への感情。
離れたくない、ずっと一緒に居たい。


起きた時消される夢の記憶も、
とめどなく流れるこの涙も、
皐を見て切なくなるこの感情も、

きっと、
科学じゃ証明できない事が、関係してる。


そして、俺は、
皐と何かあったのだ。




「大丈夫?さち。…座れる?まだこうしてたい?」



どれだけ歩いたのかわからなかったけれど、皐にそう聞かれて顔をあげた。
どこかの公園。
駅から一番近い、公園…といえば一つだけど、あまりここに来たことはなかった。



「…このまま座るのが一番いいね。あそこの遊具の中なら人目につかないし、その中入ろっか。」



嗚咽が止まらない中、皐の目線の方向を追うと、ドーム状の遊具があった。子供が入って遊ぶようなトンネルが開いてる。

何も言わずに、コテンと皐の肩にまた顔を埋める。
それを肯と見たのかまた歩き始める皐。頭、気を付けて、と言われそのまま雪崩れ込むようにお互いその狭い空間に入り込んだ。


トンネルのようになってる狭い空間。
俺は仰向けに倒れている皐に重なるようにして一緒に倒れている。



「おれ、何もおぼえてないけど、また、夢をみたんだ」



皐のシャツをギュッと握る。
頭が痛い、
それが余計に俺の涙を誘う。



「皐、なにかしってるんでしょ。何も根拠はないけど、わかるんだ。お前が、何かを知ってる事。お前に、一度、会ったことがあること、お前の笑顔、お前の声、全部。」


何も根拠はないけれど。
確かに、俺の中にその記憶はあるのだ。

記憶に封をされてるみたいになっていて、それを思い出そうとすると頭が痛くなる。
この頭痛はそれが原因。



「皐、答えてよ、おねがい。」



皐を見下ろした。
数cmの距離にある、皐の顔。

俺の涙が重力に引かれて、ポタリポタリと皐の頬を濡らしてく


そんな俺に、皐は困ったような悲しげな顔を浮かべた。



「それは、命令ですか?…王子」



そう言って、俺の目元に指を這わせる皐。

突然使われた不自然な敬語と、意味のわからない言葉
それらに身体が動かなくなった。




オウジ


おうじ



王子?




途端に、パキン、と氷柱が折れるような音が頭に響いた
消毒液のような冷たい感覚が、どばどばと脳に浸透していく。



そしてそれが、頭の中全部に広がった途端、
走馬灯のようなものが、一気にかけめぐった




「い゛、ぁッッッ」



頭が二つに割れそうな痛み
ギチギチと、一本一本の血管が悲鳴をあげているようだった。


俺の名前を呼びながら慌てて俺を抱きしめる皐。
けれど、俺は皐の手の感覚すら、わからない




これはなに、
この風景は

あなたは誰
この声は?
王子って、誰の事


みんな俺を見ている

みんな俺を祝っている


17歳おめでとうと。


俺も笑った。
隣にいる剣を持ってる人も笑った。
琥珀色の目を優しく細めて。


でも、


この葡萄色の飲み物は、









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