目をとじると、あたしは大和の夢を見る。
触れてくる手の感触も温度も、息遣いも、抱き込んだ時の髪の手触りも、何もかも違うのに、それでもやはり夢に見る。
あたしは、
大和を手に入れたかった。
大和の隣を手に入れたかった。
あの眼差しに包まれて、思われて、腕に抱かれればどんなに幸せな心地がするだろう。
何度も思い描いては夢に見る。
あたしは、大和が、欲しかった。
頭の隅でそんなことを考えながら律動する体に上がる嬌声は生理現象、
眼前の景色を避けるようにして、閉じていた目をうっすらと開けてみる。
あ、あ、あ、あ。
言葉にならないそれは普段のあたしの声音よりも高く抜けて部屋に響いていた。
明かりを消した薄闇の中であたしと視線が絡んだその瞳は、欲に染まって荒々しいくせをして、今日もひどくやさしい色をしている。
ああ、そう、そうなのだ。
こいつは、いつもこんな目であたしを見る。
あいこ、あいこ、
うわごとのように柔らかくあたしの名前を呼んで口づけて。
余裕がないからか、
歯がゆいキスを何度もくりかえしてはあたしは声を上げていた。
ばか、ばかめ。
一音だけを喉奥から鳴らすばかりのあたしを見る目はいつだって微笑んでいるように見える。
(やまと、)
淡く胸を焼く思い、そして、雅司のやわらかな眼差しに耐えきれなくなり目を閉じる。
ばか、ばか、ばか、ばか。
この、おおばかもの。
なんで、あたしをそんな目で見るんだよ。
瞳の裏で大和を思い浮べながら舌打ちしたい気分になる。
けれどめちゃくちゃな感覚の中で、そんな気分もすぐに掻き消えてしまう。
(あ、あ)
(やまと、やまと、)
その、愛しい名前をあたしは何度も胸の内でくりかえす。
ばかばかしいと理解していながらも、今はこの甘い幻想に溺れてしまいたかった。
けれど。
あいこ、あいこ。
あい、こ。
あ、い。
こ、

「す、き」

熱い息を荒く零しながら、低い声があたしにいう。
つぶやいて、ささやいて、
それは耳に馴染むやさしい声で、どこか泣きそうな声音で、あたしをじりじりと苛む。

「‥っは、あ、いこ、」

ぎゅうと抱き締めてくる腕は熱くて、どうしたってやさしい。
あたしはそれをよく知っていた。
瞼の裏側であたしを抱いている男は大和であるはずなのに、するりと入れ替わる。
(、)
(ま、さし、)
求めるように雅司の首に腕をまわすと、抱き締めてくる雅司の腕の力が強くなった気がした。
ぐら、ぐら、ぐら、ぐらり。
世界が、上下にゆれる。
ゆれている。
快感に呑まれながら、あたしは雅司の名前を口にしながら悲鳴のような声を短い感覚で上げていた。
あたしは、泣いていた。
けれどこれは生理的な涙なのだ。
働かない思考の中どうにか自分に言い聞かせる。
うすく目を開いたあたしは焦点の合わない距離で雅司と目と目がかち合った。
雅司は泣いていなかったけれど、なんだか泣きそうだった。
そんな、顔だった。
たまらなくなって目を瞑る。
そうすれば、何も見えなくなる。
大和を探す。
なのに、頭に浮かぶのは雅司だった。
大和を描こうとしても、泣きそうな雅司ばかりがあたしを見つめる。
加速する律動、鈍い痛みを伴う快感に襲われて、現実にも、夢を見ながらも、あたしは雅司と繋がりながら一際大きな嬌声を上げた。
追うようにして、性急な動きで雅司も大きく腰をあたしに打ち付けると、快感の波が引くのを待つためにくったりとベッドに身をあずける。
あたしの上でぜいぜいと肩をゆらす雅司の髪が、肩に顔を埋めてくるせいで汗の浮いたあたしの首に張りついてくる。
それを気だるい感覚の中、払い除けようと張りつく雅司の髪へと手を伸ばしたのだけれど、少し湿った髪に触れるとなんだか払い除けてしまうのはもったいないような気がしてしまって、行き場に困った手はそのまま無意識に雅司の髪をゆるゆると梳きはじめていた。
そして整わない息の中、ああ、まただとあたしはぼんやりと微かな苛立ちを覚えていた。
そんなことには気付かないで、頭を撫でるようなあたしの手の動きに反応した雅司は肩に頭を押しつけたまま、肩口に軽くキスを落とす。
(、ああ)
(やま、と、)
焦ったように必死で目を閉じて思うのに、名を呼ぶのに、その姿は輪郭を結ぶことはなかった。
気配すらしない。
代わりに見当たるのは雅司だ。
目を閉じていても分かる、少し頭を持ち上げて首に触れるくちびるの持ち主は、雅司。
まぼろしでもなんでもない、あたしのリアル。
(あ あ。)
ねえ、だけどならばあたしの本当は、何だった?
あたしの本当は、誰なの?
なんて、問い掛けるまでもなく、そんな答えなどもうとっくに出ているに等しいということは分かっていた。
雅司のくちびるが、首筋を伝ってあたしのくちびるへと辿り着く。
バードキス、
それに促されるようにして目を開けると、滲んだ瞳の雅司があたしに笑いかけていた。

「‥すきだよ、」

聞き慣れた言葉は、なんの抵抗もなくあたしの中へすとんと落ちていった。
けれど泣きたくなってしまうほどに甘やかな雅司の声はどこかふるえていて、
あたしは、
あたしも、と言いそうになる自分が居るのが許せない。
ごめんね、雅司。
ごめん、ごめん、ごめんね、ごめん。
心の中で言いながら、あたしはなにも言わないまま、言えないまま、雅司の髪を梳き続けた。
雅司は、それに小さく笑うとゆっくりとまばたき、あたしを抱き込みながらその手の感触を確かめるように目を閉じた。
ねえ、雅司。
あんた、あたしが目を閉じてる時ってどんな顔してる?
あたしは、あたしが見ていない時の雅司は知んないよ。
それは当たり前なことだけれど、つまり雅司は、今この瞬間のあたしの顔を知らない、見られることはない。
(まさし、)
だから、心の声でそっと雅司の名前を呼んだ。
少しだけ、自分の顔が歪むのを感じる。
目の端に灯る熱、
それは、今にも泣きだしそうなあたしの体温をそこだけに集めて、体の芯部をふるわせる。
指に当たる雅司の髪はワックスのせいでお世辞にも撫で心地はよくなかったけれど、どうしようもなくいとしかった。
ばか。
ばかめ。
おおばかめ。
雅司に、自分に、悪態をつきながらあたしは雅司の髪を指で梳く。
あたしは、雅司の髪を撫で続ける。
そうして雅司が言葉を発するまで、泣いてしまいそうになりながらあたしは口をつぐんでいた。
ゆっくり、ゆっくりとそれを覚えるような心地であたしは、静かに雅司の髪に触れていた。
































虚 像 と 実 像





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