ソファに腰かけているせいでいつもより低い位置にあるつむじを上から眺めながら、おれは何も言われないのをいいことに骨ばったくせをしてきれいですらりと長い男の指先をなぞるように撫でていた。
そして見やる、手の甲の傷。
数日前に血だらけであったはずのそこには、慣れた様子でひとつ大きなかさぶたができあがっている。
真っ赤に染まった包帯をまきつけて事務所に静雄が帰ってきたのはついこの間の話で、今日はなにやってきたんだよとおれはきいたのだけれど、静雄はいつもと変わんねぇっすよ、となんでもないようにそう返しただけだった。
だろうな、見りゃわかる。
遠目でも白い面積のほうが少なくなってしまった包帯を眺めながらおれはたしかそんなことを言ったような気がする。
ああ、いたそうだ。
口には出さなかったが、たしか頭の中ではそうも思っていたはずだ。
だからとりあえず、手当てし直すかとおれは救急箱を取りに立ち上がったのだけれど、それを察してか静雄が大したことないんでへいきです、そう言ったことならよく覚えていて、


「‥けど、おまえさあ。手に穴あいててへーきなわけあるかよ、」

「、まあ、でもおれは普通じゃないんで大していたくもないし。トムさんも、そんなこと前から知ってるじゃないすか」

「‥あのな。そうゆう問題じゃねぇんだよ」


おれは顔をしかめてそう言ったが、ひどく不思議そうに首をかしげる姿にため息が出た。
そうだ、そういう問題ではないのである。
しかも聞けばあの時は足にも穴があいていたというし。
(ああ、)
本当に、こいつはなんにも分かっちゃいない。
まったく、なあんにも分かっちゃいないんだ。
感情のパラメーターが振り切れれば容易く凶器となるこの手の、ど真ん中にあいた穴はもう塞がりつつあると言うけれど。
きっと、あと一週間も経てばほとんどその跡も消えてしまうのだろう、けれど。
(なんで、おまえはおれに心配も何もさせてはくれないんだろうなぁ、)
思い、少し憎らしくてわざとかさぶたに触れながら静雄の手を持ち上げてみる。
けれど傷部に何も感じないらしい静雄は、表情の読めない顔でおれを見つめるだけだった。
何も言わない。
だから、何も言われないのをまたいいことに、おれは静雄の手をそのまま自分の口元まで持ってきて、(、あ、どうしよう、)何も考えずにそこまでやった自分を少し殴りたい気分にもなったけれど、熱い指の先端がくちびるにふれた途端、言い知れぬ感覚に満たされておれは気づかぬ内にそれへと歯をあてていた。
すると静雄が、驚きからか一瞬びくりとしたのが指を伝ってよくわかりおれは苦笑した。
ゆっくり、形をたしかめるように少しずつ歯を肉に沈ませると指の骨の太さや人の肌の味を感じる。
この行為への気まずさはなくもなかったが、なんでもないことのように振るまう静雄の態度や言葉を思い出すと、なんだか癪だったから止めてやらないことにした。
そして思う、

(なあ、)
(いたくない、いたくないとおまえは言うけれど)
(もしもこの指のひとつでもおれが噛み切ったならば、おまえは、それでもこのいたみに気づくことはできやしないのか?)

口の中の、抵抗もしない人差し指はやはりどうしたって女のようにやわらかな指ではなく、固い感触をしていたけれどだからこそ安心した。
この体温も、脈動も、なんらおれとは変わりなどなく同じなのだ。
血を流し、生きている。
おれたちはきっとそうであるはずなのだ。
いたみは、たしかにある。
おまえの中のどこかに、おれの中のどこかに、たとえおまえのこの手がいたまなくとも、その手におれが錯覚のいたみを覚えるように、

(なあしずお、)
(どうすれば、おれはおまえの感じる世界にふれられる?)

いたみがない、なんてそんなバーチャルな世界をおれは信じない。
だっておまえは生きている。
脈を打ち、いたみを感じるおれとだって、なんら変わりやしないんだ。
けがをする度、おまえが体のどこか真ん中、奥深い場所で、血以外のそれをひっそり流していることを。
じくじくじくと刺すように、熱をもっておまえのどこかが実はいたんでいるんだってことを、おれはちゃあんと知ってんだ。
ただ、おまえが気づいていないだけで。
いたみは、たしかにあるんだよ。
それはやっぱりおまえの中のどこかに、おれの中のどこかに、たとえおまえのこの手がいたまなくとも、おれが、今この指先に与えている、おまえには感じることのできない微々たる、けれどたしかないたみのように。
きっと、おれたちはそうであるはずで。
(なあしずお)
(だから、いい加減に気づけよ、)
切れた場所から並々と、赤いものが当たり前のごとく流れるように。
いたまぬ傷など、気持ちなど、本当は、あるわけないのだと。



















君、この痛みを知りたもう





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