それは盲目で、少々頭の悪い女だった。わだしは、と拙い調子で話し始める声が聴覚を静かに刺激するのを感じながら、王はこれまでにも度々この身の内に忍び寄って来ていた奇妙な感覚に、再びいつの間にか包まれてしまっていたことにはっとして、唇を噛む。一体、これは何だと言うのだ。問うたところで答えは出ず、異常と取れる脈絡のない感情は振り子のように体の中心部分でゆらゆら揺れる。それを振り払おうと掠めるように逸らした視線の先に広がる宮殿外の空は、視覚が伝達した情報が正しければ白に近い青であるようだった。だが女はそれよりも、すぐ傍で囀る小鳥の鳴き声が聞こえることの方にひどく興味を引かれるらしく、柔らかに頬を緩めて笑みを見せている。この女は目が見えない。それ故に、女の行動は至極当然のものと言える事柄の一つだった。だから気に留めることもなく、二つに結い上げられた髪から取り零されている幾つかの髪房を王は見つめて、一体この女は何が楽しいのだろうかと考える。その横で女は、鼻を詰まらせている鼻水のせいで頭の悪い印象を与える話し方のまま、先程からとりとめのない話を続けていた。それはどこかおしゃべり、と言うよりも小鳥の囀りにもよく似ている響きで王は耳を傾ける。女の頬は薄らと赤く染まり、柔らかそうにゆるゆると動いては王を呼んで、わだしは、とまた言葉を紡ぎだす。ゆっくり、ゆっくり、まず初めには、小鳥の声は可愛らしくて、とても好きなのだということを。次に、晴れの日は風が温かくてなんだか嬉しくなってしまうのだということを。その次には、雨の日は優しいざわめきが気持ちを落ち着かせてうっとりするのだと。その、次の次には、曇りの日の静けさが幸せな微睡みをひっそりと誘うのだと、そうふんわり笑って、自身の思考を惜し気もなく吐露してゆく。そうして、女はふいに思いついたように夢見るような笑顔になると、最後にぽつんとこう呟いた。ああ、だけどわだしは、王様の声が一等愛おしい。その、耳奥を擽る声は女が言ったような小鳥の囀りの可愛らしさでじんわりと体内へ拡散し、王のまとまらない頭の中に一つの答えを作り出す。なるほど、つまりおまえは小鳥なのか。王は至極納得して女の赤い頬に手をやると、小さく笑い、そうか、と一言呟いた。再び波のように迫り来る奇妙な感情に見当たるのは安寧と焦燥。コムギ、おまえの声は、心地良いな。言いながら微笑む王の顔を見ることの叶わない女は、それでも王の言葉と声を聞いて、うっとりと恥じらいながら微笑んだ。ああ、よかっだ。安堵の囀りはやはり聴覚を優しく刺激してゆき、王を奇妙な感情の中へと突き落とそうとする。けれどそれも今はもう、不思議と充足感でひたりと満たされて、おかしなことにどうしてなのだか全く気にならない。小さな肩を引き寄せたくなるような気持ちなど、胸の奥へとしまい込むのがいいのである。知らぬ間にとつとつと、静けさに変わりゆくそれと共に王は、女をじっと見つめて緩やかに笑った。他に、おまえの好む物はもうないのか。そう聞けば、女は嬉々として焦ったように語りだす。女のその、唇の動きと囁くように囀る声を愉しむ王は、女をそっと眺めやると小さく微笑み、穏やかなため息を一つ零した。その眼差しはひどく優しく、そして、愛しむように注がれる。こんな、ほんの少しでも加える力を間違えればこと切れてしまうような存在、醜く愚かな生物に向けるような視線ではないだろう。暇潰しの玩具でしかなかったはずだろう。(ああ、けれどおれはもう、小鳥の囀りを愛でるような卑しい感情を、覚えてしまったのだ!)指先の鈍感な神経からは熱いような女の頬の温度が伝い、王は心臓をぐらりと揺さ振られるかのような感覚に満たされる。抱き締めたい。痛みを連れて頭に浮かんだ言葉を秘めて、王は女を無言で見つめていた。けれど目が見えない女は、王の物憂げな微笑みに気付くことがないままに自身の愛しいものを一つ、また一つと、まるで歌うように語りあげてゆくのだった。




















愛 し き は

小 鳥 の 囀 り







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