「あ、そこ。赤くなってるよ」

自分も、足立さんも、並んでコートに手を突っ込んで、一緒のポーズで歩いていた。
言葉の意味がわからなくて顔だけ隣に向けて首をかしげたら、足立さんは笑っておれの顔を指差した。

「ほら、鼻だよ。トナカイみたいにまっかっかだ」

つん、と指先で鼻の頭を軽く押される。
なんだか子供あつかいされている気がして、
おれはコートのポケットに突っ込んだ手を握りしめてそれにぎゅっとたえたけれど、
気道を抜けて冷気が体中へひろがって、冬の温度は容易くおれの体温をうばっていくようだった。
おれは、体をぶるりと震わせる。
そうすると、少しだけ眉間に皺ができた気がした。

「足立さん、トナカイの鼻は実際には赤くなんかないですよ」
「あー、夢がないね。真っ赤なお鼻のルドルフはトナカイの代名詞みたいなもんじゃない」
「でもあれは歌の中の話ですよ」
「いや‥まあそうだけどさぁー‥‥あー‥、まったく、ホントにこの子は可愛くないったら」

足立さんのあきれた声に合わせて、また白い息は現れてうすらぐ。
くしゃくしゃ、さくさく。
慎重に踏みしめて歩く音が一定のリズムを刻んでいた。

「えーと‥あれだよあれ、赤鼻のルドルフは他のトナカイを先導して走るだろ?あれはね、暗い夜道はルドルフの鼻が役に立つからなんだよ?いいじゃない、赤い鼻」
「でも仮に赤かったとしても、現実的に人も動物も、夜を照らすほどの明かりなんて鼻には灯せませんよ」
「‥あー、もう、うるさいなあ。子供は子供らしいこと言ってりゃいいのにさ。赤鼻の君は黙って僕の夜道でもピカピカと照らしときなさい」
「‥‥‥あの、意味不明なんですが、」

どこかめんどうくさそうに、そうしてむっとしながら言う足立さんに顔をしかめると、ふいに足立さんは立ち止まった。
おれはそれにつられて足を止めて、どうしたのかとじっと見つめる。
足立さんはこちらを見つめ返すけれど、唇をとがらせて、何度かまばたくばっかりで、

「足立さん?」
「‥‥‥‥‥」
「あの、足立さ、っ、え、うわっ!?」
「‥‥‥‥‥」
「ちょっ‥!急に何するんですか!」
「‥‥‥も、いいからちょっと君は黙っときなさい」

しばらく、おしゃべり禁止だよ。
抱き寄せられて、よろめいて。
閉じ込められた腕の中でそんなため息を落とされた。
そんなに体格差はないつもりなのに、こんなふうにされてしまうとどうしたって、埋められない何かを意識させられてしまう。

「ねえ、だってせっかくのデートなんだ。こんな言い合してちゃもったいないでしょ?」

やっぱり、あきれたような物言いで。
だけれど、しっかりなんかしていないくせに足立さんは、
ぼくは君よりずっとずっと大人だからね、なんて、そんな顔をして大人ぶる。
こうやって、こんなふうに。
(自分のほうが、時々なんばいも子供みたいになるくせに、)
ああ、ほら、
考えたそばから言葉を茶化すみたく、
巻きつく腕はぎりりと強さを増していくんだからたちがわるいよ、

「う、わ、くっ、苦し、」
「当たり前じゃん、苦しくなるようにやってんだもん」
「っちょ、ホント‥ぎぶ、ぎぶ!っあ、だち、さ!はなして!ぎぶ!!」
「っく、はははっ!すっごい必死‥!」
「げほ!っや、ホント、無理!っく、るし、」
「あはははっ!ホントだ、なんか苦しそうな声になってるね。顔、見たいけどこの体勢じゃ難しいなあ‥離さないと顔が見れないんだもん」

そんな、ふざけた調子で足立さんは言う。
けれど、腕は徐々にゆるんで囲むだけの檻になる。
それは、きっと軽く押して抜け出ようとすれば、すぐにだって逃げ出してしまえるような危うさで保たれていて。

「‥どうしたの、いやにおとなしいじゃない?」
「‥別に、子供じゃないんだから反撃なんかしませんよ」
「ふうん。つまんないね」
「‥‥‥。つまらなくて結構です」

ゆらゆら、微妙な均衡の中で続く中身のない言葉のキャッチボール。
解かれない拘束は、それでだって静かに足立さんの温もりを留めていた。
すん、と短く鼻を鳴らすみたく息を吸う。
そしたら空気が冷たいせいで、なんだかとても痛くって、だけど足立さんの匂いで満たされる。

「‥何、君、もしかして泣いてる?」
「ちがいます。寒いから鼻水が出てきただけですよ」
「そ。鼻水つけたりしないでよね」
「とか、言われたらつけたくなるのはなんでなんですかね」
「さあ?あまのじゃくだからなんじゃない?」

ふっと、添えられただけの腕が動いて、髪をさらりと指で梳かれる。
くすぐったい。
だけど、こんなふうにされるのは嫌いじゃない。
でも、それよりもはっとおれの頭に色濃く浮かぶのは、どうしてこの人はおれをちゃんと抱き締めてくれないのだろうかということばかりだった。
ごまかして、ためしたりなんかしなくったって、
もっと、ちゃんとしっかり抱き締めてくれたなら。
確かめるみたいに、きちんとこの腕で抱き締めてくれたなら。

(きっと、世界は、変わるのに。)

なんて、
どうにもばかげた思考をぼんやりと意識の端で広げてみたりして。
ああ、
なんだかちょっとだけ泣きそうになってしまうのは、きっと空気がきりきりと冷たくて痛すぎるせいに決まってる。
顔をしかめて、そろりと様子をうかがうように目線をあげると、ふいに足立さんと目が合った。
なんだか、意地が悪そうに微笑まれる。

(‥あまのじゃくは、どっちなんだか。)

そこに隠された真意は見て見ぬふりでおれが静かにまばたくと、
少しだけやさしげに、
足立さんはますます笑みを深めて目を細めたようだった。
それから、ちょっとばかり悪意も潜ませているような気のする指先で、おれの頬に触れようとする。
囲うだけの腕の中、
なんだか、それはまるで逃げ場のないしたたかな牢、
などと呼ぶには、どうにも拙くて脆すぎるものでしかないのだけれど。
結局、いつもいつもこのへそまがりな体温は、気づいたときにはおれの体の自由を容易く奪い去っていて、抵抗する気すら起きなくなってしまうんだからまったく、
つくづく毒されているよなあ、
そう頭をよぎった言葉は、どうにもじわりと胸に苦くて甘い。
認めるのは癪だし、負けたような気がして、おれはちょっとした反抗心から、足立さんの腕を軽く押した。
ほんの僅かだけ体を引かせれば、予想していたのよりもひどく簡単に、触れていた何もかもが遠ざかる。

「‥‥寒いね、」

ぼんやり、おれが何も言えないまま見つめていると、足立さんはどこか満足げに苦く笑った。
それからふと、目に入る、少しだけ赤くなった鼻。
なんだよ、トナカイみたいだと笑ったくせに、自分だって同じようになっているじゃないか、
そう、頭では思うのに。
(ああ、だめだ、)
足立さんの浮かべた笑みが、どこか、泣きそうに歪んで見えた気がしたなんて。
(ああもう、)
(へたくそ、へたくそ)
(子供は一体どっちなんだよ、)
今すぐにでも悪態を吐いてしまいたいのに、出来やしない。
おれは、ごまかすような笑みを浮かべる足立さんに小さく顔をしかめた。

「‥かえりますよ、」

宙ぶらりんになっていた足立さんの手をとって、おれがそこに滲む熱を感じながらそっと歩きだす。
足立さんは何も言わないままおれのてのひらをぎゅっと握り返すと、静かにサクリ、同じように歩きだした。



























エバーブルー




title:いいこ





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