「あーいこ!帰ろーぜー」
中身の少ない鞄を片手に席を立とうとしたあたしは、気の抜けた声と共に唐突に降ってきたその重りによって体を前へ倒された。
先ほどの声に加えてふわり、なんて詩的にじゃなく当たり前に香った匂い、それからこんなことをあたしにしてくる人物などただ一人しか居ない。
「〜〜っ、ま、さし!!重いんだよ!!」
苛立ちメーターを瞬間的に振り切ったあたしは、俊巡することなく頭を後ろへ振り上げた。
「うぐぁっ!?」
頭のすぐ上にあったらしい雅司の顎に、頭突きは見事ヒットしたようだ。
雅司は声を上げながら大きな音を立てて勢いよく後ろへひっくり返った。
「っい、てぇええ!!ちょ、愛!いきなりなにすんだよ!」
「はあ?それはこっちの台詞だっつーの!」
机や椅子を道連れにして、尻餅をついたような状態であたしを見上げながら雅司が噛み付いてくる。
あたしは足を組むと顎を上げた。
「お前さあ、誰が抱きついていいっていったわけ?」
目を細めながら言えば、雅司は眉を下げてチラチラと気まずげにあたしを見てくるくせに「ちょっとくらい良いじゃんか」なんてぶつぶつ呟いている。
しかもそのついでとばかりにあたしの足に手を痴れりと伸ばしてくるのだからつくづく学習能力がないとしか思えない。
「‥で、今度は蹴られたいって?」
「へ!?あ、い、いや、この手はほら、まあ、なんつーか、ついとゆうか、」
「へえ?つい手が伸びたってわけか?」
言いながら、フシダラなコトってやつを期待してるんだろう骨張った手をあたしは叩き落とす。
そうして睨み付けるようにあたしが顔を近付けると、雅司は微かに頬を染めた。
「‥きっも」
「‥‥だって、そんなの仕方ねーだろ」
あたしは片眉を上げてツンと言ったのに、雅司はますます顔を赤らめた。
しまいには顔を手で覆いだす始末だ。
まったく、どっちがオトメなんだか分かりゃしない。
「‥帰るよ」
「っ、え、あ‥ちょ、あいこ!?」
相手をするのも面倒になって、一人すたすたと教室を後にしてやろうとしたのに、あたしは結局すぐにつかまってしまう。
なんだか毎日同じようなことを繰り返しているのは気のせいだろうか。
ため息を吐きかけたあたしは、そうしてふいに思いつく。
「あ、」
「ん?なんか忘れもんか?」
「や、違う。なあ、雅司」
「うん」
「今日の帰り、ケーキ食べたい」
「う‥わ、分かった」
「んー、てわけで、今日はあたしの奢りな」
「おう、今日もおれの奢り‥って、え?」
いそいそ、財布の中身を確認しようと鞄を漁ろうとしていた雅司は、ぽかんと呆けた顔になる。
それが妙に可愛く思えて、あたしは思わず笑ってしまった。
だから、こんなのもたまにはいいだろう。
状況を飲み込めていない雅司を引きずって、それでもお気に入りのケーキ屋へ向かう上機嫌なあたしの足取りは、少し癪だけれど浮かれたように軽かった。
単細胞になあれ
title:深爪