じわじわじわじわ、
体中の毛穴からどうやら、汗という汗が吹き出しているらしい。
それにしても、
蒸し暑い夏のまっただ中である今日という日にこの町中を見渡せそうな川沿いの屋根付きベンチに腰かけて食べるアイスは、格別に美味い味がする、ような、気がする。
と、
そんなことを考えてぼんやりと風に髪を踊らせている俺は、今まさに現在進行形で勤務中だったりするのだが、頭の中がぐにゃぐにゃになりそうなこの暑さ。

(つまり、何が言いたいかって、やる気なんて出るわけがないってことなんだけど、)

「あ、足立さん、アイス、たれてきちゃってますよ」

ふっと、隣からささやくようにいわれて気づき、慌てて指までたれたアイスを舐める。 
そしたらまるで子供みたいだとでもゆうみたく、その子は小さく声を出して笑った。 
木陰の下の風は生ぬるく、しかしそれでも陽の下よりかは幾らか涼しいから汗がするする引いていく。
けれど、アイスは棒を伝い、指先へしとりとたれて不快さの残るべたつきを俺にプレゼント。
ぱたり、掬いそびれて地面に落ちた汁が黒い染みを作る。

「あ、落ちちゃった」

「‥うるさいなぁ。言わなくたって分かってるよ、」

いらいら。
なんだか俺は少しだけ、何か胸の真ん中あたりがむず痒くなるような、腹の底らへんが熱くなるような感覚に陥り、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。
ああ、そうだった。
会話もなしにずっと無言でベンチに二人腰かけていたから、
存在なんてすっかり忘れてしまっていたのに。
そう、
俺はたれつづけるアイスを舐めながら、舌打ちしたい気分でちらりと隣を盗み見た。
隣人は、別に機嫌を損ねたふうでもない横顔で川を眺めていて、さらさらと重そうな前髪を風にゆらして放心している。

(まったく、一体なんのつもりだか、) 

せっかく一人でさぼってゆっくりできると思ったのに、何故だか自転車で通りがかったこの子は俺に気づくと真っすぐこっちへ向かって来て、こんにちはなどと言い放ちずかずかと隣に来たかと思ったら、失礼しますなんて無遠慮にも腰を下ろしてこの状況だ。

(うっとうしい、)

だから近くの木にとまって鳴いているらしい蝉の声をBGMにしながら、俺は口を開いてみることにする。

「‥君さぁ、どこかに出かけてるとこじゃなかったの?」

聞くと、その子は意識を引き戻されたのかゆっくりと俺の方へ顔を向けた。

「ああ、本屋に行くところだったんです」

「ふうん。じゃあ、行けばいいじゃない」

「いえ、足立さんが居るので」

「‥うん?何で僕が居たら本屋に行かないことになるのかなぁ?」

「さあ‥一緒に居たいから、ですかね?」

「うわ、何それ。全然うれしくないんだけど」 

「でしょうね。その顔見れば分かります」

「‥へえ?ああ、そう」

何かを、見透かすような瞳と薄い笑み。
だから俺も横目で笑い返したのだけど、

(ああ、なんて、うっとうしい)

(ホント、うざいね、空気読んでどっか行けよクソガキ、)

使い慣れた笑顔の仮面の下でぶつぶつやって、棒っきれをなぞりながらずるずると下へ移動するアイスを口に含む。
横から感じるのは、冷やっこいグレーの視線。

「‥‥何?そんなに見てもあげないよ?」

「あはは、そうですか。それは残念です」

「‥‥‥‥」

「あ、冗談ですからそんなに嫌そうな顔しないでくださいよ。とゆうかそんな食べかけごめんですし」

「‥‥‥‥‥なんてゆうか、ホント君って、あれだね」

「?あれってなんです」

「いや、だからあれだよあれ。なんか、あれなんだよ」

「はあ‥すみません、意味が分からないです」

「うん、別に分かってくれなくていいしね」

「ええ、なんですかそれ」

「うん、てか、いい加減もう本屋行ったら?」

「あー‥、まあ、それはもう少ししてからで」

どろり、どろどろ、
意図するものがよく分からないその含み笑いは、
まるで醜く溶けて形をかえていくアイスみたいに。

(う わ、)

(き もち、わる い、)

溶けて、
流れて、
それは指と瞳を伝って、
どうしようもない不快感をあたえるばかりになって、
なんだか、気が触れそうな、頭の中が真っ白になる瞬間がやってきて、
とにかく、俺はすべてを舐めとることに集中する。
そうして、
きれいに消失したそいつは冷たいくせにやけに生ぬるく俺の喉をすべり落ちると、
妙な感覚をのこして体内を移動していった。

相変わらず、
視界にはひんやりと灰色がかった瞳と髪が悪怯れなく堂々と居座っている。

「ねえ、君はさぁ、いったい何がしたいの?」

ゆったり、目が細められる。
だけどその薄い唇は、
きっと返事などするつもりは毛頭ないに違いない。

(ああもううざいうざいうざったい、)

(それに小生意気で、)

(まるで得体がしれないよ、ね、)

ぬるい、風。
ゆるめたネクタイとボタンを外したシャツの隙間から入りこむそれは、肌を冷やすどころかべたつかせる一方だ。
そうして、ただ唯一ひやりと俺の頭の中を撫でてゆけるのはもしかしたらこの、世界が透けて見えているみたいな二つの灰色の瞳だけなんじゃないか、とか。

(ははは、残念、)


「‥てゆうかさ。さっきも言ったけど、そんなに見てたって君にはなんにもやんないよ?」

だって、俺はそんなもん冗談じゃねぇんだ、

「だから、本屋でもどこでもさっさと早く行っちゃいなさい」

にじむ汗、
大人ぶった口調で言ったけど、
笑う瞳はだんまりを決め込むことにしたらしい。

それは静かに俺と夏の突き抜けるような空を映して、
そして、
やはり静かにきらきらと、俺にやわらかく、苦い気持ちを味あわせる。


(ああもう、)

(じょうだんじゃねぇよ、)


しかして、
悪態は笑顔の仮面の下、どろついた胃の中のアイスに紛れて、しぶしぶ息の根を止めようと努力する。


(まあ、気まぐれに、おまえもあのアイスのように溶けて舐めて食べられて、俺の視界から消え去る運命にあるのならばきづかないふりをしてやるのもいいけれど、そうだな、悪いね、俺はおまえみたいなのはどうにも虫が好かないから、やっぱりちょっととりあえず、今すぐおれの目の前から消えてくれないもんかなぁ、)

(だって俺は、易い情なんてのは遠慮したい性質なんだ)


つらつら、並べるひとりごとは外へ漏れることなく胸の内で途切れ途切れになっていく。

終わらない苛立ち、
つめたい光は、俺を見つめて未だうっすらと微笑んでいた、























冷 た い 閃 光




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