沸騰する水面には、赤い残骸がふつふつと浮き上がっている。
凝った装飾のティーカップの白磁に純粋すぎるそれはまるで血のように激しく煮えたぎり、やわらかな湯気を立てて毒々しくあたしを誘っているみたいに見えた。

「‥あのさぁ、あたしこんなもん飲みたくもないんだけど」

持ち手に指を滑らせて、どろりとした中身を床へとあたしは流し落とす。
するとテーブルのティーポットをちょうど机に置いたところだったザエルアポロは短息して、折角の研究物が台無しだと大げさな仕草で盛大に嘆いた。
あたしは空になったカップを机に戻しながら、例の如く顔をしかめる。

「ホント、もういい加減こうやってあたしを実験台にするのやめてくんない?」

頬杖をついてぶすくれるあたしにザエルアポロは顎を上げて口角をつりあげる。

「全く‥相変わらず失礼だね。社会的にまるで役立たずな君を有効活用してやってるんじゃないか。新薬開発にでも協力くらいするべきだろう?感謝こそされても、避難されるだなんて心外だよ」
「へえ、あっそ。なんだか有り難すぎてあたしはあんたのその悪趣味な眼鏡をかち割ってやりたい気分だわ」
「ふうん?なら好きにするといい。まあ、君に出来るならの話だけどね」

言って、頬杖をつくあたしの前に片手をおいてにやにやと笑う。
いら、いらり、逆撫でされた神経が殴ってしまえとあたしに唆すけれどそれがこいつの手口なのだ。
我慢よ。
殴ってしまえばあたしの負けなんだから。
そう言い訳じみた毎度の文句で、あたしは自分を諫めてツンとする。
だってそうしていれば、結局その内にきちんとした紅茶が出されることをあたしはちゃんと知っているのだ。
ああ、だけどそれにしたって焦らすなんていい度胸をしてるわね。
思いながら苛々した素振りで髪をかきあげると、見計らったようにニタリと笑う彼と目が合った。
ああ、ムカつく。
うざいきもい。
口に出さずともあたしは内心を顔に曝け出してやる。
あんたなんか今すぐ死んじゃえばいいのよ。
そんな辛辣な思いが伝わったのかどうかはさておき、いい薫りをさせた正真正銘の紅茶はこの後、程なくしてあたしの前に高価なティーカップと共に用意された。
(ホント、最初からそうしていればいいのに、面倒な奴。)










さよならさんかくまたきてばいばい





title:深爪






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