意識なく目の前に曝け出される、その、とめどない視覚的暴力。
(俺は、時たまこの細く白いうなじをへし折ってしまいたくなるような衝動に駆られる、)
「‥‥‥ねえ、なに?」
触れかけて止めた俺の手に、さつきは不思議そうな顔をした。
「‥なんだと思う?」
伸ばしたままの手を引っ込ませずに聞くと、さつきは少し悩んで答えを返す。
「なんだと思うって‥えーと、髪に埃がついてる、とか?」
「じゃあ、それでいーや」
「ちょっと、じゃあって何よ、じゃあって」
「うるせぇなあ。‥さつき、顔貸せ」
「、え」
間の抜けたような声。
安心しきって警戒のひとつもしていない華奢な手を俺が軽く引くと、それでも容易く縮んだ距離にさつきは目をぱちぱちと瞬かせた。
常々思っていたが、こいつはどうにもおれの前でも他の男の前でも隙がありすぎる。
(そう、だから悪い、)
どれだけ試合で先を読もうがなんだろうが、自分に関してはひどく無防備で何も考えちゃいない。
お勉強というやつで、一つこのままひどいことでもしてやろうかと馬鹿な考えが過るけれど、すぐさま思い直した俺はさつきの髪についてもいない想像上の埃を取って、ため息を吐いた。
「‥‥あ、え、埃、やっぱついてたの?」
「‥‥‥つーか、ねみぃ」
眠くもないのに欠伸を噛んで、おれはさつきに背を向けた。
(ああ、視界から消える姿に名残惜しさを感じるなんて、まったくもってこの上ないくらいにどうかしてる)
「あっ、ねえ青峰君、明日の試合もまた仮病で休んだりしちゃだめなんだからね?」
「‥はぁ?ダリィし、いいだろ別に。どうせうちが勝つんだからよー」
「もう、またそんなこと言って‥」
諦めたように非難する声が聞こえてきたって、そんなのおれの知ったこっちゃない。
「‥あ、そーだ。さつき」
「うん?」
「おまえ、やっぱその髪型似合わねーから髪ほどけ」
「え‥えぇぇぇえ!?何それひどい!!」
言うだけ言って、俺はさつきの文句が更に聞こえて来る前にと、早々にその場を後にした。
あの、長い髪の下に隠された、未だ網膜に張りつく苛烈な白。
手を伸ばせば届く場所で、それであっても近く、遠いような錯覚を覚えるような不可思議な感覚。
そんなものを日常的に感じてしまうのはきっと、この感情があまりにもはっきりとした形を持ちすぎているからだ。
例えばだから、きれいであるだとか、触れたいだなんて無意識に頭の中で考えてしまうような。そんな。そん、な、
(俺の、柄じゃねぇんだよ、)
悪態のように心中に吐き出した言葉、だけどそれだって、どうにも気味が悪くて仕方ない。
いつだって、しつこくついて回る腹の底が熱くなるそれを認めたくなどないくせに、あいつを好きだと嘯くさつきの隣から俺はいつまで経っても抜け出せないままでいる、
飾りつけた距離
title:深爪