「‥志摩くん、」
「‥‥‥ん?あ、はいはい?どないしました、朴さん」

バスを待つ間、隣に座っていた志摩くんはヘッドホンに耳を傾けていたにもかかわらず、耳ざとく私の声を拾い上げると、人好きのする笑みをにこりとこちらに向けて首を傾げた。
だけどまさか志摩くんに聞こえるとは欠片も思っていなかった私は、本に落としていた視線を慌て上げて、気まずい心地で顔を横に振る。

「あ‥えっと、なんでもないの」
「え?あれ?おれ今もしかして朴さんに呼ばれてへんのに返事した?」
「ううん、私、志摩くんのこと呼んだよ、」

でも、本当になんでもないの、気にしないで。
私が笑って言うと、不思議そうな顔をした志摩くんは、ヘッドホンに手をかけたかと思うとシャカシャカと漏れだす音も煩わしいみたいに、ウォークマンの電源を切ってため息を吐いた。

「‥‥志摩くん、曲、聴かないの?」
「あー‥‥‥なんや、今は曲より朴さんの声聴いてたいなあ思て」

へらり、笑って言った志摩くんに私は何度か瞬いてから、自分でも困るくらいにうれしくなって、だけどすぐに胸の奥がぎゅっと痛くなって、私は溺れた時の鼻がツンと痛くなるような感覚を思い出した。

「‥‥っ、志摩くん、今のはずるいよ」
「‥‥‥‥え、?」

だけど言ってから、すぐに後悔。
志摩くんは、いまいちが飲み込めないような顔でぽかんと私を見つめていた。
(どうしよう)
私はそんな志摩くんを苦々しい気持ちでしか見つめ返すことが出来なくて、気まずさから目線を下へ逸らしたけれど、察しのいい志摩くんはどこか間の抜けたような表情を潜めると、ばつの悪そうな曖昧な笑みで私に小さく口を開く。

「‥なんや、おれ知らん間に、気にさわるようなことやらかしてしもうてたかな?」

頭を掻きながら、申し訳なさそうに言われて私はかすかに眉を下げた。
志摩くんの言葉は正解だけど、正解じゃない。
志摩くんが悪いわけじゃなくて、でも、志摩くんが悪いんじゃないかって、思いたくなってしまう自分が居るから。
私が、志摩くんを好きだから。
(だけど、好きになっちゃだめな人だから、)
こうして隣り合って座っているだけでさえ罪悪感を感じてしまう、その、理由なんて。
だいすきな親友の笑顔が頭を過る、それだけで、十分だった。

(ああ、どうしよう、)

泣きそうな私を心配してか、やさしいやさしい志摩くんは私を不安げな表情で覗き込んでくる。

「‥朴さん、なんかあったん?」

そんな、何か、なんて。
(現在進行形で大有りだよ、志摩くん、)
心の中でつぶやきながら、これ以上、卑しい感情が滲みだしてしまうのが怖くて、私は無理矢理に笑顔を作り上げた。

「だいじょうぶ」
「、朴さん」
「なんにも、ないよ」
「‥朴さん、」
「心配してくれてありがとう志摩くん」
「‥‥‥‥」

私が、にっこり笑って真っすぐに見つめながら言うと、志摩くんは、どこか疑うような眼差しで私に小さく苦い笑みを浮かべた。

「‥‥あんま、無理はせんといてね、」

ささやくように、やわらかな声音で言った志摩くんの言葉が、私の耳朶を静かに叩く。
志摩くんはやさしくて、きっと明日明後日も、それは変わることはないのだろう。
困ったように微笑みながらこちらを見つめている志摩くんに私はどうにか小さくうなずきはしたけれど、ずきん、つきん、いたむ胸をどうしたって誤魔化すことはできなくて、私は手元の本に再び視線を戻そうとうつむいた。
こんなの、いくら想ったところで口に出すことなんて叶わない苦しいばかりの感情だ。
上手く笑えなかった顔が歪みそうになるのを堪える私は、彼がもう私を見ていませんようにと、そう願いながら唇を噛み締めて、真新しいインクの匂いがする本のページを震える指で静かにはらり、ひとつ捲った。






















あなたのやさしさがきらいです、






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