「あ、神木さんと朴さんや」

校内の移動中、隣を歩いていた子猫さんが唐突にぽそりと呟いた、その単語。
神木さんと朴さん。
神木さんと、朴、さん。
おれは、それを頭で認識した瞬間、それはもう盛大に肩を跳ねさせて、そのままぴたりと足を止めてしまうなどという大失態をおかしてしまった。
ガッデム。

「‥廉造、おまえどないしたんや?」

声のする方へ顔を向ければ、反対隣を歩いていた坊がおれに怪訝そうな眼差しを向けている。

「え?いやいや、いやいやいやいや、どないしたんですか坊、別になぁんもあらしませんよ?」
「いや‥でもなんや志摩さん、すごいビクゥーしてませんでした?」
「え、えぇえ?や、してへんしてへん。子猫さんてば一体なに言うてはるんですか、おれは至っていつも通りですし、ビクゥーとか全然してませんて、ホンマ、いやいや、絶対、」

にこにこ、取り繕うように満面の笑みを浮かべておれが言い切ると、坊は面倒臭そうな顔を短く息を吐いた。

「まあ‥おまえがそう言うんやったらそんでええわ」
「坊‥!」
「つーか、ぶっちゃけどうでもええしな」
「って、ちょ、坊!?それヒドないですか!?言うに事欠いてどうでもええて‥!なんや、涙が出そうな気分になんのは気のせいやろか‥」

いつもの調子で涙を拭うフリをすれば、置いて行くぞとばかりに坊はさっさと歩き出すし、子猫さんは苦笑いでそれについていく。

「‥‥‥あー‥」

なんとも、気まずい。
非常に、気まずい。
多分に坊は気を遣ってくれたのだろうと思う、とはまあ、俺の願望でしかないのだが。
そうは言っても、もしかしたら本当に気を遣ってくれたのかもしれないし、はたまたやはりどうでもよかっただけなのかもしれないが、それにしたってこれだけあからさまに挙動不審であれば、突っ込んでくれと言っているようなものだしこんな調子で学園生活を何事もなかったかのように送れるのだろうかと考えてみても、どうしたって不安しか芽生えない。
どうしよう、ああ、どうしたらいい。
その場にしゃがみこんで、俺は頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。
大して中身の詰まっていない脳内に浮かぶのは、数日前に自分がしたばかりの告白だ。
あの時の、朴さんの驚いた顔。
その後に浮かべた困ったような笑顔が、どうにも頭から離れない。

(ありがとう志摩くん、)

(だけどちょっと、考えさせてもらってもいいかなぁ、)

彼女の小さな声で放たれた言葉を反芻しながら、いっそ、なかったことには出来ないだろうかと俺は情けない思考に走ってしまう。
もしも、あの時こうしていたら。
もう少し、違う言い方にしておけば。
タイミングを選んでいたならば。
何か、違っていたんじゃないだろうか。
それとも、何も違ってはいなかったんだろうか。
たらればを考え始めればきりがなくて、彼女の答えを聞くのが恐ろしい。
なのに、彼女が気になって仕方ない。
彼女に会いたい、彼女の声が聞きたい。
だけどそれと同じくらいに怖くて不安で、彼女に会いたくなくて、喉の奥から漏れる呻き声。

「‥なっさけないなぁ、俺、」

苦いため息混じりの呟きは、人気のない廊下に小さく反響して、俺の気分を明るいそれとは真逆の色へと塗り替えていく。

(‥‥ホンマ、あんなこと言うんやなかった)

考えながら、口元には自嘲気味な笑みが浮かんで、自分でも驚いてしまうくらいに頭の中は憂鬱だった。
彼女と、どんな顔をして会えばいいんだろう。
思えどそれでも彼女を記憶から消し去るなんてことは不可能で、俺は現実逃避と精神統一のために口の中で苦々しく念仏を唱えながら、せめて後ろ向きな思考の波が早くおさまるようにと自分の顔をてのひらで覆って、重い息を吐き出した。












召しませ苦い恋の味







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