仕方がない、仕方のない、仕様がない、そのような状況であるのだと淡々自分に言い聞かせる。
そして人一人分の距離を空けながら、ジリジリとした空気の中でたった二人、隣り合う。
目を瞑って、有に人が百は埋まるであろう広間の中心に座して、無音。
瞑想の最中にじりりと耳に滲むのは蝋を溶かす灯りの微かな揺らめきだけ。
で、あったはずなのに。
「‥‥なあ、蝮」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥前から思ってたんやけどな。お前、いい加減にその髪型止めたらどうなんや」
「、‥‥は?一体何を言いだすんか思たら‥‥。なんであんさんにそないなこと言われなあかんのや」
静寂は破られて、精神の統一は長年に渡って培われた反射によって容易く崩れ去ってしまう。
スルリと捲れてしまうのは自身の戒めの脆い唇と短絡的な思考回路。
顔を合わせればいつもいつも言い争いになってしまうせいで、ついに「いい加減に反省しろ」と父さまに放り込まれてしまった広々とした反省部屋には、互いの囁くような声がやけに大きく響いているような気がする。
「なんでって‥そらぁ見飽きたからに決まってるやろ」
しれり、そう言った柔造は、意表を突かれてちらりと目を開け、視線を薄く移動させた私とは対照的にじっと前を向いていた。
「‥は、こっちこそ。見飽きた言うたらその申顔や」
「‥ふぅん?けど、見飽きるほど最近は顔合わせてはなかったやろ」
「小さい時から今日まで、あてはあんさんの顔は嫌になるくらいようよう見飽きてるんや」
「‥へえ。蝮、お前そないに俺の顔見飽きるくらい見つめてたんか?」
「っは、あ!?あてがいつそんなこと言っ、」
「ああ、でも俺なあ、ガキん頃からお前の蛇顔ばっか見て来たけど、全然飽きてないし。なあ蝮、お前、どない思う?」
「そっ‥そないなこと知らへんわ!!」
意味の分からないことを唐突にべらべらと話し始めた柔造は、私の悲鳴じみた声も無視して未だ理解し難い何某かを喋り続けている。
髪型を変えればお前もそれなりに可愛くなるだろうだとか、和服だけでなくもう少し今風な洋服を着てみるだとか、女らしい華やかな着物を着てみればいいだとか。
聞けば聞くほど、こいつは私をおちょくっているのだろうという確信が深まり怒りから顔に熱が集まっていく。
「ッ、申が!!いい加減に黙りよし!!!」
「‥はあぁ?いや、ていうか何でお前はそないに怒ってんのや」
ただ、そうしたらもっと可愛いなる言うてるだけやろ。
そんな戯れ言をいけしゃあしゃあと訝しげな顔で口にする柔造に、何故か目元がじわりと熱くなった私は、無意識のまま、声にならない悲鳴と共に手元の数珠を投げ付けていた。
いらない衝動
title:深爪