「‥私のものにならない志摩くんなんか、いらない、」

ひとつ、吐息だけで、そっと私はその言葉を吐き捨てるように音に乗せる。
どれだけ志摩くんが優しくっても、格好良くても、それらは私にとってはただただ邪魔なモノでしかないのである。
私以外を惑わすようなものは、在るべきじゃない。
そんなものは、いらない。
不必要なのだ。
だけど、驚いたような志摩くんの顔に、私の体温はみるみる内に下がっていく。

(‥ねえ、でもね、こんな私をおかしいと言うのなら、もしも志摩くんが本当に私だけのものになったとしたって、私、そんな志摩くんはほんの少しだっていらないの、)

ぐずぐず、ワガママで、子供みたいな横暴理論。
けれどそれだけ不安だし、恐ろしいし、何よりこれは志摩くんという存在が、志摩くんという人間が、欲しくてたまらないことの裏返しなのだとよくよく理解している私は、震えるくちびるを小さく噛みしめて、静かに俯いた。
だって、最初から手に入らなければ、失ってしまうかもしれないと心配することなんかない。
恐ろしくもない。
ならば、そう仕向けて、逃げてしまえばいいだけだ。
(私を好きだと言ってくれた志摩くんに、今すぐ、どうしようもないくらいに呆れられてしまうように、)

「、朴、さん」
「‥なあに、志摩くん」

戸惑う問いかけに、私は作り笑いで小さく首を傾げる。
言葉を探す志摩くんは、微かに顔を曇らせた。
ふるえる手の平でぎゅっとスカートを握り締める。
沈黙が、怖い。
志摩くんは何か考えるように目を細めて、ゆっくりとその唇を開いた。

「‥なあ、ええの?」
「‥‥うん?」
「‥そんなん、言うても、ええの?」
「‥‥‥、え?」

一瞬、
私は、志摩くんの言いたいことがよく分からなかった。
でもその、
志摩くんの少しだけ低い、声。
はじめて見るような真剣な、真っ直ぐに向けられた瞳に射ぬかれた私は、困惑で浮かべた笑みがじわじわと崩れていくのを感じた。

「えっと、志摩、くん‥?」
「‥うん?」
「それって、どういう、意味‥?」
「ああ‥せやから、」
「、」
「おれ、朴さんのものになってしもても、ホンマにええの?ってこと、」
「っ、あ、の。志摩くん、私言ってる意味がよく‥」
「って、まあ、前言撤回させるつもりとか‥別に全然あらへんのやけどね?」
「、志摩、くん、」
「‥あ、せや。でもそしたら、朴さんも同じやで?」

ゆるり、ゆうるり、
やさしい口調で距離を詰めて、志摩くんは私の目の前まで近づくと、どこか無機質にも思えた表情を唐突にくしゃくしゃと歪めて、柔らかく笑った。
そうして手を伸ばして、音もなく、壊れ物を扱うように私を抱き寄せる。

「‥‥おれが朴さんのものになるんやから、ちゃあんと朴さんもおれのものにならな‥アカンよ?」

言い諭すように耳元で囁いて、どろりとした甘やかな声が私の耳に注がれる。
軋む心臓は不自然に心拍数を上げて、身体がぶるり、と微かに震えてしまった。
私を抱き締める志摩くんの腕はやけに熱くて、
身動ぎしようとしてもまるでびくともしない。
動けない。
そこでやっと、思っていたよりも強い力で抱き締められていたのだと思い至った私は、なんだかふっと、怖くなった。

「なあ、朴さん。死ぬまでずぅっと一緒やで」

聞きなれたいつも通りの声で言った志摩くんは、私を抱き締める腕の力を少しだけ緩めると、笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。
人好きのする、くるくるとした瞳。
どこか煌めいて見えるそれをぼんやりと見つめ返していると、
子供のような顔で私の手を取った志摩くんは、小指を結んで、
ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った。
浮かれた声で、楽しげにそれを最後まで歌い上げる。

「‥朴さん、約束な?」

そう、瞬かない瞳を静かに向けて、溶けそうなほどに甘い声で私にキスを落として。
約束は、破ったらアカンのやで、
ニッコリと微笑む顔とは噛み合わないトーンで向けられた志摩くんの言葉に、私は粟立つ肌を無意識に擦りながら、真っ白な思考の中でこっくり、促されるままに頷くことしかできなかった、















きみがモンスターになるというならばぼくはそれを見逃すわけにはいかないのだ


title:深爪

20120912




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